一月の恐怖・(旅の男と小さな人形)
昔々、とある少女がお人形を持っていました。
それはそれは可愛いお人形でした。
真紅の布であしらわれた少女服を着せられ、薄絹で作られたヘッドドレスを被せられた金髪のお人形です。
少女はいつもそのお人形で遊んでいました。
しかしお引越しのときに、少女の知らないうちに間違って捨てられてしまいました。
少女は嘆き悲しみました。
そしてある雪の夜、お人形を探しにこっそりと家を出た少女は、誰にも知られることなく、真っ白で真っ暗な世界の中へと消えていきました。
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ある寒い夜のことでした。
北の道のどこかで、無人の小さな駅に人がいました。
「エンガル行は……7時?」
腕に巻いた時計に目を落とすと、すでに17時58分でした。
とっくの昔に発車してしまった後です。
「なにここ、上下一本しかない訳」
その男は真冬の……とかくこんな時期に極寒の中を歩いて旅しようなんて思った人でした。
国道沿いに歩いてきてはヒッチハイクを繰り返し、ようやくここまでたどり着いたのですが、今度は電車がないのです。
男がため息をついて、駅を去ろうとしたときでした。
ポケットの中の携帯電話がぶるぶると震えます。
手に取って見れば、非通知でした。
不審に思いながらも男は電話に出ます。
『私、いまマエデンの自販機の前にいるの』
「まえでん? 前○商店?」
それはここから歩いてすぐに見える場所です。
男は変に思いながらも、電車が来ないのならここにいる必要はないと歩き始めました。
まっすぐ歩いて国道にあたると、ついでに目の前にある建物と、その下にある自動販売機を眺めました。
雪が積もっているだけで誰もいません。
男は暗い道を歩き始めました。
ここから先にはしばらくの間は何もありません。
しばらく歩いたころです。
道路標識に○○まで43kmと書かれたのを見たのと同時に、携帯電話が震えました。
またも非通知でした。
『私、いま真っ暗な道を歩いているの』
振り返ってみても誰もいません。
街灯に照らされていながらも、闇夜に慣れた目が暗黒の中を見通します。
動くものはありません。
なんなのだろうか?
男はいたずら電話だろうと思って、三キロメートルほど何もない国道沿いの歩道を進んでいきました、
橋をこえて、それからも歩くと郵便局が見えてきます。
また電話です。
『私、いま橋の上にいるの』
追いかけられている。
そんな気がした男は、歩く速さを上げました。
郵便局の前を早歩きで通過し、交差点の信号に引っ掛かりました。
また電話です。
『私、いまハクタキの前にいるの』
「はくたき? はくたき……しらたき、白滝?」
信号が変わると、男は走り出しました。
明らかに何かが追いかけてきている。
まっすぐ進んで、次は信号なんて気にせずに道路を渡って、緩い上り坂を駆けていきます。
そして電話がかかってきます。
今度は出ませんでした。
それなのに電話からは勝手に声が流れます。
『私、いま橋の上の足跡を踏んでいるの』
男は思いました。
これは都市伝説でよくある『メ○ーさんの○話』だと。
街路樹のある歩道をそこそこの全力で駆け抜けると、なぜか雪の壁がありました。
「好都合」
次の電話がかかってきました。
男はあることを試してみたくなりました。
雪の壁を背に、電話に出ます。
『私 ロザリー 今 あなたのう……まっているの』
「もしもし〝F〟の協力者の〝K〟です」
『私 ロザリー 今 あなたの後ろで埋まっているの』
「だからなんでしょうか? 後ろに出るとかいうありきたりすぎるのは簡単に逆手に取られると思うんですよね」
『私 ロザリー 今 とても寒いの』
「だからなんでしょうか? そもそも人形を捨ててもいないし、捨てたのは少女だと聞いたのですが」
『私 ロザリー 今 お人形を探しているの』
「…………?」
人形を探している? と、男は疑問に思いました。
男が知っているストーリーは捨てられた人形が追いかけてくるものだからです。
『私 ロザリー 今 身体が動かないの』
「だからなんでしょうか? いくら人形とは言え、この雪の量だと凍って押しつぶされると思いますよ」
『私 ロザリー 今 助けて欲しいの』
「なんでも言うことを聞きますか?」
『私 ロザリィィ 言うこと聞くから 今すぐに 助けてほじぃのぉ おねがいじますなのぉ』
なんだかよく分からないうちに、都市伝説の怪異が泣き始めたので、男は背負っていたリュックからアイスピックを取り出すと、積もり積もって固まった雪を崩し始めました。
ついでに『○リーさんの○話』でもないだろうと思いました。
例のおきまりの文句ではないからです。
そして、電話から聞こえる声は自分が人形を探している、つまり自分は人形ではないと言っているからです。
ガツガツ、ザクザク、ボロボロ。
五分ほど掘り続けた頃でしょうか、懐中電灯の明かりに照らされて、汚れた紅の布地が見えてきました。
長い間、野ざらしで放置されていたような汚れ方でした。
男は、布地が見ると言うことは人形もすぐに見えるであろう距離にある、そう判断して傷つけないように周りをガツガツと掘り始めました。
「こういうところで出てくると言ったら雪女とかイエティとか、雪に関係のあるようなものだろうに」
と、愚痴をこぼしながらも掘削作業を続けていきます。
仕掛けてきておきながら、勝手に埋まった上に助けを求めるとはどういう精神をしているんだと、男は思いました。
とくに、雪の壁があると言うのに後ろに出現したあたりにです。
ボロリ、氷と化した雪の塊が崩れ落ちると、手の平の上に収まるほどの、小さな少女が現れました。
着ている服は汚れ、擦り切れて、それは雨風に長い間さらされた雑巾のようでもありました。
男は手早く、周りの氷を掘り崩すと、小さな少女を引き摺りだしました。
氷そのもの、零下と変わらない冷たさでぐったりとしていました。
抱いた第一の感想は、小人の女の子。
とても人形やモノノ怪とは思えなかった。
「おーい、寝たら死ぬぞー」
ぶっきらぼうに言いながら、とりあえず温めなければと、マフラーを解いて自分の首元に入れ、もう一度マフラーを緩めに結びました。
ふと気が付くと、さっきまであったはずの不自然な雪の壁がなくなっていました。
男はそれに驚くこともなく、後ろから近づいてくる車の光に気付き、乗せてくれと手を振りました。
「おい兄ちゃんこんなとこでなにしとるか」
「歩き旅ですよ。まあ、こんな時間まで泊まるところを確保できなかったもんでして」
「はぁああ? なにやってんのあんた? 死にたいの?」
「そういうわけではないんですが……ガソリン代払いますんで、近くのコンビニまで乗せてもらえませんかね」
「しゃあねえな、乗りな」
「ありがとうございます」
車に揺られることしばらく経った頃でした。
男は首元でもぞもぞと動く気配を感じました。
運転手に見られないよう、外の景色を見るふりをしてそっとマフラーを解いてみると、女の子が震えていました。
ようやく大丈夫な域まで回復したようです。
寒いのに震えてすらいないのは、すでに危機的状況。
震えているのなら、あとはマフラーと男の体温と、女の子の生命力次第でしょう。
「あんたぁ、なんでこないなとこほっつきあるいとーっかね」
「たまには一人で歩きたくもなるもんですよ」
「そーかい」
暗い景色を眺めるうちに、コンビニが見えてきました。
オレンジ色のカラーが特徴、この辺りでは最多のシェアを誇り、そこらの7と11などのコンビニにはない店内調理なども備えるコンビニです。
「じゃあな兄ちゃん、酒飲んで寝るんじゃねぇぞ」
「飲みませんよ」
結局ガソリン代を請求されることもなく、男はマフラーの中で丸まっている存在を確認して店内に入っていきました。
温かい飲み物となにか食べるものを買おうと思ってのことです。
適当に選んでレジへと向かおうとすると、マフラーの中の女の子がちょこんと顔を出して、ぐいぐいと指差すのです、ちょっと変わった携帯電話やカバンにつける人形を。
緑色のあいつです。
いつか有名になったけど、気付けば消えていった緑色のあれです。
男はまだ残っていたのかと思いながら、手を伸ばしました。
「ほしぃ」
こんなもののどこを気に入ったと言うのか分からない男ですが、さきほど浮いたガソリン代と思って買うことにしました。
会計を済ませて店の外に出ると、男は適当に雪を固めて座りました。
小さな女の子はマフラーの中で温まりながら、買ってもらった緑のあれをきゃっきゃ言いながら持ち上げ、はしゃいでいます。
「それで、お前はいったいなんなんだ?」
ホットドリンクを一口飲み、キャップに注いで女の子に渡します。
女の子はそれを一気に飲み干すと、マフラーの中から身を乗り出しました。
「お人形をくれてありがとう、お兄さん」
「はい?」
そして強い風が吹いて、目を閉じた一瞬のすきに、緑のあれと共に女の子の姿は消えていました。
「いったいなんだよ……はぁ」
食べて飲んで、ゴミを捨てると男はまた歩き出しました。
「まあ、いろんなものに出会えるから一人旅は楽しんだけどね」
一期一会の旅はまだまだ続く。
毎月の○○月の○○と冬の童話祭2016の提出作品を兼ねます