姉よ。 (8)
姉よ。
よもやわざと間違えた訳ではあるまいな。
「姉さん。」
「何だよ。」
「昨日買い物行って来たわよね。」
「おう、行って来たぞ。 ……あれ? アレが無いな。」
と、朝食のトーストに付ける、アレを冷蔵庫の中で探して居る姉さん。
「はい、これ。」
ことん、と、キッチンカウンターに置かれる瓶。
「ん? いや、それじゃなくて、パンに付けるアレだよ。 白いヤツ。」
「それを買ってと昨日頼んだら、これを代わりに買って来たのよ姉さんは。」
「え? いや、それ、マーガリンだろ?」
「違うわ。 これはマーマレードよ。」
「あっ!」
ようやく自分の間違いに気が付いたようである。
「わざわざメモに、パンに付けるヤツって書いたのに。」
「それもパンに付けるじゃん。 だから……さ。」
「マ〇レードボーイがマーガリンボーイになったら途端に油ギッシュになるわ。 これは全く違うものよ。」
「あー。 そういや、あの続編微妙かと思ったら、意外にいけたな。」
「そうね。 そんなに悪く……って、漫画の話はどうでも良いのよ。」
「あーあ。 今日、白いの無いのか……。」
「色とかで覚えてるから駄目なんじゃない。 ちゃんと名前で覚えなさいよ。」
「マーガレットだろ。」
「それじゃ他の漫画雑誌っぽいわ。 それとも花のつもり?」
はっ、と、口を押さえる姉さん。 また本気で間違えたらしい。
ちなみに、姉のこういう間違いは日常茶飯事である。 ドルチェ=グス〇はドルチェ=ガ〇トだと思って居るし、マルシェはフランス語でチョコレートの事だと思って居る。 カンツォーネはパンの一種だと思って居るし、ゴルゴンゾーラは戦車の名前だと思って居る。 ちなみにパパラッチは戦闘ヘリの名前だそうだ。 あの時は戦場のカメラマンが戦闘ヘリに乗って撮影してるのを想像して、麦茶吹いたわね。
「マーガリンよ、マーガリン。」
「なんでそんな紛らわしい名前なんだよ!!」
全然紛らわしく無いと思うのだが。
「マルガリータとか、マックスウェルとか、アフマダーバードとか、ごっちゃになる!」
最後の二つは私も知らないのだが。 それに全く似ていないと思うわ。
「姉さん、ちなみに、マルガリータって、何?」
「えっと、ヨーロッパの下あたりにある、島?」
し、島。 島と来たか。 姉さん、新しい伝説をまた一つ作ってしまったわね。
で、ヨーロッパの、下。 ……あっ!! マルタ島の事か!!
マルタ島の事を知って居てマルガリータと間違えるのは高度だわ姉さん。 ほんとの事は教えてあげないが。
「ところで、パン食べないのか?」
「ああ、忘れていたわ……さて、どうやって食べようかしらね。」
「それ付けないのか?」
ママレードの瓶を指す姉。
「嫌よ。 苦いもの。」
「えっ。 お前、それ苦手なのか?」
「私にだって嫌いな物の一つや二つあるわ。 って、なんでそんなに嬉しそうなのよ姉さん。」
その笑顔に、イヤな予感しかしない私。
同時に、さっ、と、トーストを隠す。 ちっ、と、舌打ちする、既にママレードの瓶を手に取って居た姉さん。
私のトーストに、ママレード爆弾を落とすつもりだったのね……。
「何もしねーよー、バーカ。」
そう言いながら、ママレードの瓶の蓋を開け、自分のトーストにたっぷりと塗りたくる姉さん。
うっわ。 凄いイライラするわね。
「うんめー! ママレードトーストうんめー!」
人の目の前で、美味しそうにトーストを食べる姉。
……仕方ない。 目玉焼きでも乗せて食べるか。
と、立ち上がり、キッチンに向かう私。
「何か作るのか?」
「目玉焼きよ。」
「あたしタマゴ一個な。」
食べるかとは聞いてない。 そして焼いてやるとも言ってない。
とは思うものの、作る手間は一緒なので、結局焼いてあげる私。
「おっと。 しっこしっこ。」
言わなくていい。 黙って早く行って来い。
熱したフライパンにタマゴを二個割って入れ、水を少し掛けて蒸し焼きにする。
私も姉も半熟が好きなので、あと少しで出来上がりだ。
ふと、姉のママレードトーストが視界に入った。
あれに――――ケチャップをぶっ掛けたらどんなに気持ちが良いかしら。
しかし、私から手を出してしまえば、それこそ母に言い訳が出来ない。 夕食の後のアイス抜きの結果に終わるだろう。
あ、しまった。 つい気を取られて焼きすぎたかもしれないわ。
蓋を開けて、目玉焼きの状態を確認する私。
ちょっと……焼きすぎたわね。 まあ、でも、気になる程じゃないわ。
二つの皿にそれぞれ一個づつ目玉焼きを分けて、ダイニングテーブルに持って行った時に、姉が戻って来た。
――――両手にマラカスを持って。
これは、突っ込むべきなのか、そうではないのか。
しかも、姉、それをシャカシャカと鳴らしながら、
「へい!」
と、雄叫びを上げて椅子に座るではないか。
普段から壊れている姉だが、今日の姉はスクラップ寸前らしい。
「ありのー〇まのー!」
やばい。 歌い始めた。
ママレードもマーガリンも、もう記憶の彼方に飛ばしたらしい。
「すがたー〇せーるーのーげふ! げふげふっ!!」
むせたらしい。 歌いながらママレードトースト食べるからよ。
「一度だけ聞くわ。 何がしたいの、姉さん。」
「マ〇レードボーイの主題歌、めっちゃ頭の中で流れててさ。」
「3年前に一緒にDVD借りて見たわね。」
あっ! 焦げかけのトースト齧ったら何故か不意に胸がときめいたのね……。
「直美。 あたし、歌いたい。」
何故か急に素直になる姉さん。
そんな、歌えなくなったアイドルがまた歌いたいみたいな感じで言われても困るわ。
「地球ーはまーわー〇ー。 きーみーをのーせてー。」
意外に美声だから困るわ姉さん。 〇ピュタは良いわね。 ええ。
私が目玉焼きをパンに乗せたのが悪かったわね。 ええ。
「ねぇ、姉さん。」
「……なんだよ。」
「もしかしなくても、カラオケ行きたいの?」
ぐっ! と、親指を突き出す姉さん。
よろしい。 ならばカラオケだ。
◇
「じょ、冗談よね。」
「何がだ。」
「小学生料金通ったのよ姉さん。」
自分がその料金で通ったのが当たり前だと、薄い胸を張って居る姉さんのが凄いわ。
っていうか、そうだ。 突っ込む時間が勿体ないわ。 早く曲を入れて歌わないと。 たった1時間しか私達に与えられた時間は無いのよ。 金銭的に。
ぴぴ、ぴっ、と。
前奏が始まる。 私は、『勿体ないから〇足りないから――――』そう歌い出そうと息を吸い上げて――――
「この曲知らない。」
ぴっ。
……姉に演奏を停止させられた。
「何でいきなり喧嘩を売るの、姉さん。」
「だってこんなん知らないし。 マ〇レードボーイ歌うんじゃないのかよ。」
嘘だ。 絶対嘘だ。 きゃりーぱみゅ〇みゅを知らない女子高生が居るなんて有り得ない。
「なら早く好きなの入れてよ。 時間が勿体ないじゃない。」
だが、口争いをして時間を浪費するのは本意ではないので、そう姉を急かす私。
「おし。 なら、これだ。」
ぴぴ。 ぴっ。
てってててててーてれてて、てーてててて。
「きっみのてーでー! つーらぬいーてー! 〇おいひーのーきおーくーをー!」
ぴっ。
強制停止する私。
「何すんだよ! これから良いとこじゃんか!」
「〇魂? 金魂? だったかしら、の、中華女みたいな声で歌われたら、鋼の錬〇術師が銀やら金やらに錬成されてしまうわ。」
「なんねーし! もっとぎゅっと深いし!」
何がぎゅっと深いのかどうかは分からないが、強制停止は否定しない私。
「なら直美。 一緒に……歌おうぜ。」
「良いわ。 何を歌うの?」
「ありの――――」
「それを全部言ったら、勘定は姉さん持ちよ。 何故そんなに聞き飽きた曲を歌わなければならないの。」
「一応お約束かと思ってさ。」
「こんなところでコントの真似事させないで頂戴。」
「え? じゃあガチで行くのか?」
何を持ってガチなのか意味が分からないのだが。
「いいわよ。 ガチで。」
早速手早い動作で次々と入れられる曲目。
「ね、姉さん。 確かにそれ全部、一緒に歌う系だけど……。」
「ガチだろ。 生き残ろうぜ。」
そう、ニヒルに呟いた姉だった。
◇
〇クロスフロンティアの曲を、いくつ歌っただろうか。
姉妹でもう声が枯れるくらい歌って、その後で、ノンストップで物語シリー〇まで歌って、本当に喉が枯れそうになってしまった私達。
姉よ。
そういえば、私達、マーガリンは買わなくて良いのかしらね。
何故かマーガリンがママレードになって、全然関係無い筈のカラオケに来てしまったある休日の昼間に、私は一人、ツッコミを入れるのだった。