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Peace World  作者: 黒糖パン
9/30

二人の過去

 ミルは一筋の涙を頬に伝わしていた。その涙が、藍色に反射にとても輝いて思えた。

「私ね、一度ここに来たことがあるの」

「そう……なんだ」

 力也は、なんとなく、そうなんじゃないかと思っていた。バスに乗った時から、ミルの様子がおかしかったからだ。でも、それは勘だったので、その時は何も気にしなかった。それに、一度来た場所にもう一度来るというだけで、どうしてミルの様子がおかしかったのかもわからなかった。だから、気にする必要はないと思ったのだ。

 ミルは何回か鼻をすすった後、鮫が通りすぎるのを待ってから、再び話し出す。

「それはね……九年前のクリスマスだったの」

 その言葉を聴いた途端、力也の全身に電撃が走る。頭を殴られたような、そんな感覚だった。

 九年前のクリスマスと言えば……

「力也は覚えてないかもしれないけど、その日は、この近くの駅でテロがあったんだよ? 今日降りた駅じゃなくて、もう一つ向こうの大きな駅」

 力也が忘れるわけもなかった。だって、そのテロは――

「その日、私の誕生日とクリスマスを兼ねて、おじいちゃんとおばあちゃんと水族館に来て、ここで手を繋いで一緒に魚を見たの。……で、その帰りだった。突然、爆発音が聴こえて、いつの間にか私は瓦礫の下敷きになっていた」

(あぁ……)

 力也の気管から無理矢理空気が吐き出されていた。でも、苦しくはなかった。それがなければ、力也は胸に送られた空気に胸が圧迫されそうだったからだ。

「どれくらいか経った後、私は救出された。おじいちゃんとおばあちゃんの手は私の手に握られたままだった。手から先はどこにいったんだろう? って思った私は、私を抱きかかえようとした救急隊員を振り切って、一心不乱に走っていた。……でも、見つからなかったよ。私が埋まっていた場所を探せば、見つけられてたかもね。……でも、その時の私はそんなこと考えられなかったんだよ。おじいちゃんとおばあちゃんは鬼ごっこのように、逃げたんだと思った。本気でそう思った。冷静になれなかった。……馬鹿だよね? 私」

ミルの顔には、自嘲の笑みが浮かんでいた。そして、それを隠すように、涙が頬を伝っていく。

 力也は不思議な感覚に襲われていた。それは、自分の中の何かが覆されるような、そんな感覚だ。この感覚の原因をあえて単語にするのであれば……運命……だろうか。

(そう……だったのか)

 そうして、力也の中で全てが繋がる。力也が倒れていたミルを助けた理由も力也がミルの前でだけ明るくいられることも、全ては……

「ミルは馬鹿なんかじゃないよ。賢くて、強い子だよ」

 力也が静かにそう言う。

 ミルは、過酷な中で必死に生きたのだ。それに、テロの時は頭が混乱していただけだ。それなのに、自分のことを馬鹿なんて言ってほしくなかった。

「私は賢くないし、強くなんかないッ」

 ミルの声と共に、ミルの涙が下に落ちて海に沈んでいく。

 ミルの言葉に気圧されたのか、魚たちがぶるっと震えた気がした。いや、もしかしたらそれは、周りの人が驚いて二人を見ただけなのかもしれない。

 力也はゆっくりかぶりを振る。

「賢くて、強い子だよ」

 力也は、微笑みながら囁くようにそう言った。

 ミルは力也の手を強く握り、涙に潤んだ目を閉じていた。それは、力也の言葉を噛み締めているように見えた。

 少し経った後、ミルは目を開ける。ミルの頬には、笑顔が浮かんでいるように見えたのだが、気のせいだろうか?

 力也はミルの手をぎゅっと握り返す。

「あのね、ミル。……僕の話も聴いてくれる?」

「……力也の話?」

「うん」

 ミルは何回か鼻をすすって、腕で涙を拭った後、「聴く」と答えた。

「実はさ、僕ね、ミルに会うまでは、人とあまり関わらないようにしていたの。性格も暗くして、家族以外の人をできるだけ遠ざけようとしていた。どうしてか、わかる?」

 ミルはぶるぶるとかぶりを振る。

「おばあちゃんが死んだからなんだ。僕がわがまま言ったせいで、おばあちゃんが死んだからなんだ。自分のせいで死んだんじゃないかって思うと、自然と人と関わるのが怖くなっていたんだ。また、僕のせいで誰か死ぬんじゃないかって」

 力也がこのことを話したのは、ミルが初めてだった。家族には、何も話していない。おそらく昌也と響歌は、学校で何かあったと思っているだろう。でも、そのことを今言おうと思ったのは、聴いてくれているのが、ミルだから(・・・・・だ。

「わがまま?」

「映画を観た帰りだった。僕は駅の売店でほしかったお菓子を見つけたんだ。でも、おばあちゃんは『駄目』って言って、買ってくれなかった。僕はどうしてもほしかったから、駄々をこねたんだ。……でも、それがいけなかった。僕が駄々をこねたせいで、元々乗る予定だったリニアに乗り遅れたんだ。……で、散々駄々をこねた結果、お菓子を買ってもらったんだけど、次の瞬間にはもう、僕たちは瓦礫に埋まっていた」

 ミルが目を見開く。

「それって……」

 ミルの口から、水に溶けてしまいそうなほどか細い声が発せられる。

 そう――それは……

「おばあちゃんが死んだ日は、九年前の二〇三一年十二月二十五日……だよ」

 力也はゆっくりとした口調で告げる。ミルは、何も言葉を発することができず、ただただ目をしばたたかせていた。

――九年前、二〇三一年十二月二十五日の駅爆破テロは、『日本改変の影響』で起きた五つのテロの内、最も死傷者、行方不明者が多かった。死者一二〇人、重傷合わせ、負傷者三〇〇人以上、行方不明者九人だ。

 そうして、毎年クリスマスの日には、死者を弔うために灯篭流しが行われている。

「力也も、テロの被害者だったんだ……」

 ミルはまだ、驚きを隠せないようだった。それはそうだろう。だって、九年前にミルの祖父母が亡くなったと聴いていた力也でさえ、ミルから全てのことを聴くまで信じられなかったのだから。

「うん。……でね、僕とミルが同じテロの被害者だったからこそ、全てが繋がったんだ」

「繋がった? 何が?」

 力也の遠回しな言い方にミルは首を傾げる。

 力也は自然と大きく深呼吸していた。手に汗が滲む。緊張のあまり、周りの海水を吸ってしまったように錯覚してしまう。

「僕ね、その日、ミルを見たんだ」

「えっ?」

「両手に手を掴んで立ち尽くすミルを」

 力也の記憶がフラッシュバックする。

――救急隊員に運ばれる僕……その途中で見た、手を持って立ち尽くしていた長い黒髪の少女――あれが、ミルだったのだ。

 ミルは手で口を押さえていた。

 ミルも、気付いたのだろうか? 力也とミルがずっと前から繋がっていたことに。

「……でさ、その時僕は、自分の状況も忘れて思ったんだよ……」

 力也はミルを見つめる。

 ミルは、口を手で押さえながら、目を潤ませていた。それでも、しっかりと力也を見つめる。

刹那、全ての魚が泳ぎを止めた。水も流れを止め、力也の言葉を待っている。

「――この子を守ってあげたい――って」

 力也は、ミルに出逢い、守りたいと思った。九年前の力也は、見知らぬ少女を守りたいと思った。この二人が同一人物だと知った時、力也の身体に電撃が走った。その電撃の感覚は、他の誰にもわからないだろう。

 魚たちはまだ制止していた。それはまるで、「まだ終わっていないだろう?」と力也に言っているようだった。

 ミルは、潤んでいた涙を頬に流していた。一筋、また一筋とミルの頬に涙の筋ができる。

「だからさ、僕はその時から、ミルのことを――」

 力也は、胸の鼓動を抑えるために、深呼吸をしようとした。……でも

(あれ? どうしてだろう? 全然どきどきしていない。……なんだ、こんなに伝えることは簡単だったのか。……だったら、もっと早く伝えればよかった)

 それに、今この世界にいるのは、二人だけだ。何も恥ずかしがることはない。

「――好きだったんだ」

 魚たちが泳ぎ出した。水も流れ始める。

 てっきり、ミルは驚くと思っていた。でも、力也の予想に反して、ミルは涙しながら微笑んでいた。

 それはまるで――

「知ってるよ。……九年前から私のことを好きだったってのはびっくりしたけど、今の力也が私のことを好きなことは知ってるよ」

「えっ?」

 思わず力也は素っ頓狂な声を出してしまう。周りの魚が力也を嘲笑するように笑った気がした。でも、それはやっぱり気のせいで、魚たちは元気に泳いでいて、当たり前だが、力也たちを気に留める者――魚はいない。

「ばればれだよ。力也、わかりやすいし。私にゾッコンだったでしょ?」

 まだ涙の筋が残る頬でミルは悪戯っぽい笑みを浮かべていた。

(くそやろぉ)

 力也の今の気持ちを訳すと、「ばれてたのかよ」だ。

 ミルはずっと繋いでいた手を放す。そして、後ろ手を組んで、少し前かがみになり、力也を見つめる。

「ありがと」

 ミルのその言葉に力也の胸は撃ち抜かれていた。思わず、手で胸を苦しそうに押さえてしまう。

 その行動を見たミルは、あははと笑う。ミルの頬の涙の筋はいつの間にか消えていた。もしかしたら、自分たちの周りに広がる水に溶けてしまったのかもしれない。

――でも、この時力也は気付かなかった。ミルが、自分の気持ちを言っていないことに。そして、それをあえて言おうとしなかったことに。

「さっ、次の場所行こーう」

 ミルは元気よく片手をあげて、力也を誘導するように行進する。

 いつの間にか、周りに人がいた。いや、ずっといたのだろう。でも、それを二人は忘れていただけだ。


なんと……二人にはそんなつながりがあったのですか!(驚)

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