デート……?
午前十一時頃
力也とミルは、車に乗っていた。雪が降っていて、とても歩いて駅まで行ける状態ではなかったので、送ってもらうことにしたのだ。運転しているのは、たまたま仕事が休みだった響歌だ。
力也はさっきから座席の上でもじもじしていた。
別にトイレに行きたいとかではない。
冷静に考えてみると、ミルと二人でショッピングに行ったり水族館に行ったりするということは、デートみたいだった。力也は、それでさっきから落ち着かない。
力也は隣に座っているミルのほうを向く。
ミルは、腰より少し長い丈のベージュのセーターにそれとほぼ同じ丈の青いチェック柄のワンピース、細い足を隠すための黒いタイツ、茶色のブーツ。そして、薄ピンクのニット帽という服装をしている。ニット帽は、包帯を隠すためだ。この服装も響歌のものだと言うから驚きだ。
ミルは一段とかわいく見えるので、力也の緊張感はさらに上がっていた。
「そういえば、ミルちゃんってホロタン持ってるんだっけ?」
ハンドルを回して、カーブを曲がりながら、響歌はミルに訊ねる。
「ホロタンですか? もちろん持ってませんよ。ホロタンの電話代を払うことができませんから」
ワイパーがフロントガラスに薄く溜まった雪を掻き落とす。
「だよねー。じゃあ、ちょっとホロタン屋さん寄ろっか」
「えっ? いや、いいですよ! 迷惑かけられません!」
ミルは遠慮するが、その遠慮は響歌に妨げられる。
「迷惑がかかるのは私たちだよ。もしミルちゃんが誘拐されちゃったらどうするのよ? 今のホロタンにはGPS機能が付いてるから、持っているだけで安心だよ? それに、ミルちゃんとの連絡手段もほしいしね」
「そうですけど……」
ミルは、反論できないようだったが、やはり納得いっていないようだった。何も遠慮することはないというのに……。
「さっ、ついた」
響歌は駐車場に止め、傘を持って外に出る。
力也も、まだ尻込みしていたミルを無理矢理外に連れ出し、店内に入る。
「いらっしゃいませ」
店内に入るや否や、若い女性の営業スマイルに迎えられる。
店内には、ずらりとホロタンが斜めになった棚に並んでいた。新発売のものや、小学生用、簡単ホロタンなどもあったが、正直、力也にはどう違うのかわからなかった。
「ミルちゃん。どれでもいいから選んでね」
響歌は棚に並べられたホロタンを持ち上げては眺め、元に戻す。という行為を繰り返している。
「わ、わ、私はいらないです」
ミルは力也の背中に隠れながらそう言う。
(まだ観念してなかったのか……)
それに呆れた響歌が、店員さんに声をかえる。
「おすすめはありますか?」
すると、近くにいたさっきの女性店員が、新発売と書かれたゾーンから一つのホロタンを手に持ち、両手で差し出してくる。
「女の子でしたら、こちらの、新発売の赤いホロタンがおすすめですよ」
「じゃあ、それで」
即決だった。店員も少し驚いている。
「は、はい。わかりました。……新規契約ですよね?」
店員はカウンターのほうに入り、響歌に席に座るように促す。
「ええ。そうです」
響歌は席に座り、そう答え、契約の書類を書き始めた。
そして、十数分後、契約完了ということで、ホロタンが入った箱が響歌に手渡された。
「ありがとうございました」
という声を背に、車に戻る。
「はい。ミルちゃん」
「あっ……ありがとうございました」
ミルが響歌から箱を受け取ると、響歌は車を発進させる。
ミルは遠慮がちに箱を開け、赤いホロタンを取り出す。
「……私のホロタン……」
ミルはそのホロタンを慈しむように見ながら、そう呟く。
「初期設定しようか?」
力也がそう提案すると、ミルは、「うん」と頷く。
力也はミルからホロタンを受け取り、ホログラフィックを展開させて、さまざまな設定を素早く終えていく。
その間、ミルはその作業を、目を輝かせながら見ていた。
「IDはどうする?」
「なんでもいいよ。力也が考えて」
「いいの?」
「うん」
なんでもいいと言われたので、力也は適当に考えてみる。
(一番簡単なのといえば……)
「ミルの誕生日っていつ?」
「……十二月二十五日……クリスマス」
ミルはなぜか言いにくそうに話していた。
でも、力也はあまりそれを気にしなかった。それより、ミルの誕生日がすぐだったことに驚いた。
「クリスマス!? もうちょっとじゃん。……じゃあ……」
力也はホロタンに、「miru1225」と入力し、送信する。
「これでおっけー」
「ありがとう」
力也は、ホログラフィックを消して、ミルにホロタンを渡す。
と、そうこうしている内に駅に着いたようだった。車がゆっくりと停止する。
「はい。着いたよー。楽しんできてねー」
後ろを振り向いて、響歌はにこやかにそう言う。
「うん。ありがとう」
「ありがとうございました」
力也とミルは傘を持って、車から降り、傘を差して改札に向かう。
隣町までの切符を買って改札を通ると、ちょうどリニアモーターカーがホームに入ってきた。
二〇二五年頃に電車は姿を消していて、磁力の反発力などを使って車体を浮上させ、リニアモーターの力で車体を動かす、磁気浮上式リニアモーターカーが、今は線路を走っていた。
乗車し、およそ二分後、隣町の駅に着き、力也とミルは下車する。かなりの速度が出ているはずだったが、車内はそれを感じなかった。
雪はもうすっかり止んでいた。傘も不必要だったということだ。信号機の上や、屋根などに雪が積もっていた。その雪が太陽の光を反射させ、幻想的な風景を創り出していた。
「じゃあ、まずはショッピングセンターに向かおっか」
力也は、ショッピングセンターまでの道を調べるためにホロタンを展開する。
と、そこで、響歌からメールが来ていることに気付く。車内では、音が鳴らないようにしていたため、気付かなかったのだ。
メールを開くと、そこには……
「力也、楽しんできてねー。遅くなってもかまわないからー。……あっ、朝に帰ってきてもいいのよ」
最後には、ハートマークがつけられていた。
(……)
力也の頭はぼふっと音をたてて沸騰していた。いろいろと変なことを想像してしまったのだ。変なこととは、具体的にどういうことなのかは説明しないが……。
「力也、どうしたの?」
力也がまったく動かないことを不審に思ったミルが力也の顔を覗き込んでくる。
「……ん? あ、いや、なんでもない」
力也は無理矢理、思考を払い落とす。幸い、その思考は、地面の雪が溶かしてくれた。
力也は、気を取り直して、この地域の地図を出す。そして、目的地を指定すれば、後は、ホログラフィックディスプレイ越しに前を見るだけだ。それだけで、目的地までの道しるべが、矢印となって表れてくれる。
ナビに従って歩くことおよそ十分。目的のショッピングセンターに着く。
中に入ると、ほどよい温度の暖房が、力也とミルの身体を温めていく。
店内の客層は、平日ということで、主婦が多かった。力也とミルのような若い人はほとんどいなかった。
「とりあえず、お昼ご飯にしよっか」
店内に設置されていた時計は、十一時四十五分を示していた。
「うん。お腹空いた」
入口にある、この建物の情報が全て書かれた看板には、飲食店は四階と書かれていたので、近くにあったエレベーターで四階に上がる。
「ミルは何が食べたい?」
目の前には、たくさんの店が軒を連ねていたので、店選びに迷いそうだった。
「ラーメン! 食べたことないの」
ミルは元気な声でそう言い、某ラーメン店を指差す。
一瞬、力也はミルを憂いの目で見そうになるが、それを堪え、微笑む。
「そっか。じゃあラーメンにしよーう」
「へいらっしゃい」
店内に入ると、むっとした空気と共におじさん店員が笑顔で迎えてくれる。営業スマイルなんてとても言えない、素敵な笑顔だった。
店内はがらがらだった。客もスーツの男性が一人しかいない。
力也とミルは、おじさんの前のカウンター席に座る。
「何にしましょう?」
おじさん店員に言われ、力也は、焼き飯セットを注文する。
「そちらのお嬢さんは?」
ミルは、メニューを見ながら、「うーん」と唸っていた。
「あのー……おすすめはありますか?」
どうやら、ミルは響歌作戦で行くらしい。
ミルに上目使いでそう言われたおじさん店員は、ただでさえ赤かった顔をもっと赤らめる。
「お、おすすめね。わかった。おじさんがとっておきのものを作ってあげるから」
「ありがとうございます」
おじさん店員は、ミルのとびっきりの笑顔をわざと見ないようにして、調理を始めた。
数分後、まず力也の焼き飯セットができあがる。
力也が焼き飯のおいしさに感銘を受けながら半分くらい食べ終えた頃、ミルが頼んだ、おじさん店員おすすめのメニューが出てくる。
一見、チャーシューが乗っているだけの、ただのラーメンに見えた。でも、おじさん店員いわく、このチャーシューは、国産最高級豚なのだという。
ミルはチャーシューを一口食べる。すると、『ほっぺが落ちる』という形容が似合いそうなほど、もふもふとそれを味わっていた。
十数分後、力也が食べ終わり、その数分後にミルも食べ終える。
「千円になります」
「えっ? 今なんて?」
レジでその値段を聴いた力也は思わず訊き返していた。
「千円です」
おじさん店員はにこにこ笑顔で答える。
(やすっ)
力也の焼き飯セットで、八〇〇円くらいだった。それで、ミルが食べたやつは、国産豚のラーメンというやつだろう。メニューには、一五〇〇円と書いていた。なので、合計すれば二三〇〇円のはずだった。
力也は、そのことを伝えることにする。
「あの――」
「お嬢さんがかわいいから、特別価格ね」
力也の言葉を遮ったおじさん店員は、ミルに微笑みかける。
「ありがとうございます」
ミルが再び笑顔を見せると、おじさん店員は、また赤くなっていた。
「じゃあ……これで」
ここはおじさん店員に甘えさせてもらうことにして、力也は千円札を差し出す。
「はい。どうもー」
力也とミルは、おじさん店員の笑顔を背にして、店を後にした。
力也は、ホロタンを取り出し、この施設の施設案内情報を展開させる。
(レディース服は、二階か……)
エレベーターに乗り、二階まで降りる。
力也もミルも、どの店から入ればいいのかわからなかったので、とりあえず一番近くの店に入ることにした。
白を基調とした造りの、清楚な店だった。服も、派手なものはなく、健全な若者といった雰囲気がする服ばかりだ。
店に入るや否や、若い女性店員が二人に近づいてくる。
「いらっしゃいませ」
営業スマイルとは思えない笑顔に迎えられ、力也は苦笑いするしかない。
ミルはというと、服を飛びつくように見ていた。
「かわいい彼女さんですね」
女性店員が、ほほえましい目でミルを見ていた力也に話しかけてくる。
「えっ…………いえ……」
そこで、なんと言っていいものか、と力也は逡巡する。彼女だと言うのはミルに悪いし、かと言って、本当のことを言うのは、はばかられた。
なので、力也は思い切った嘘をついてみた。
「妹です」
(そうだ。……うん。うちの家族になったんだし、年も一個下だから、いいよね?)
と自分を無理矢理説得する。
ミルには後で謝ればいい。そんな気持ちだった。
「あっ、すみません。妹さんだったんですか。……かわいらしい妹さんですね」
力也の『嘘』を聴いた店員は慌てて言い直す。
「ははは」
力也は、なんと答えていいのかわからず、また苦笑いするだけだった。
ミルは、いろいろな服を手に取り、自分の胴体に当てている。
力也は、改めて、「やっぱり女の子なんだな」と思う。
どれだけ辛い思いをしてきても、心はまだまだ女の子なのだ。オシャレをしたい気持ちはなくならないだろう。
そう思うだけで、力也の胸は苦しくなっていた。この九年間、ずっと我慢してきたんだろうと思うだけで、ミルがかわいそうに思えてきた。
でも――同情はいけない同情は、時として侮辱と同じになるからだ。
今、ミルが幸せなら、それで力也はよかった。後は、力也がミルに過去を忘れさせてあげればいい。
「ねえねえ、力也! これ着ていい?」
ミルの弾んだ声が力也の耳に心地よく響く。
「いいと思うよ」
力也がそう答えると、女性店員が、補足するように、「いいですよ。こちらへどうぞ」と言って、ミルを連れて行く。
ミルが試着室に入ってから数分後、試着室のカーテンが開く。
「ど、どう?」
少し頬を赤らめ、上目使いにミルは力也に訊ねる。
ミルは、紺のダッフルコートにデニムパンツ姿だった。もちろん、ニット帽は取っていない。
「かわいいよ」
正直な感想だった。さっきとは雰囲気が違っていて、とてもいいと思う。……いや、そもそそも、ミルは何を着てもかわいいのかもしれない。
「ほ、ほんとッ?」
ミルの顔がぱあっと明るくなる。
「うん。……買う?」
力也がそう訊ねると、ミルは上目使いに力也を見る。
「本当に、買っていいの?」
(うっ……その目で見ないで)
「う、うん。いいよ」
元々断るわけがない。それに、そんな目で見られて、断ることができる男がいるとは思えなかった。
「やったー」
ミルは再びカーテンを閉め、元の格好に着替える。
会計を済ませ、店の外に出た時、ミルは突然、すねたように頬を膨らませる。
「どうしたの?」
次の店――といっても、行く店は決まっていないが――まで歩きながら、力也は訊ねる。
突然、どうしたのだろうか? 何か、力也が悪いことをしただろうか?
「私のこと、妹って言ったでしょ」
「あっ……聴いてたんだ?」
「聴いてたよ。なんで私が力也の妹になってるの?」
「だってさ、他にミルとの関係を説明する言い訳が見つからなかったんだもん。恋人って言ったら、ミルに悪いと思ったし……」
いろいろと力也が言い訳を並べていると、ミルはぼそっと何かを呟く。それは、「別に私はいいけど……」と言っていたような気がした。
「えっ? 今なんて?」
でも、それはやっぱり気のせいだったようで、ミルは、「ばかばか」と言いながら、力也を叩いた。
その後、力也とミルは、数軒の店で多くの服などを買い、買い物を終えた。力也の手には、持ちきれないほどの袋が持たされている。
(重い……)
時刻は、午後三時すぎ
次なる目的地は、水族館だった。
一度、駅まで戻り、ロッカーに荷物を詰め込んで、水族館直通のバスに乗る。
「ミル、水族館のチケット持ってる?」
ホロタンでイルカショーの時間などを調べながらミルにそう訊ねる。
でも、返事はなかった。
「ミル?」
力也は不審に思って、隣に座っているミルのほうを向く。
ミルは俯いたまま固まっていた。
バスが赤信号で停車する。
「ミル?」
ミルの顔を覗き込もうとした時、ミルは、はっとして顔を上げる。
「な、なに?」
青信号となり、バスがゆっくりと進み始める。
(ぼうっとしてただけかな?)
と力也は思い、あまり気にしないことにした。
「水族館のチケット持ってる?」
そう訊ねると、ミルは慌てた様子でポシェットの中からピンクの長財布を取り出し、その中からチケットを二枚取り出す。ちなみに、「財布も買う?」と提案したのだが、ミルに断られた。どうやらミルは、ぼろぼろでも、その財布を気に入っているらしかった。
「ありがと」
ミルからチケットを受け取る。と同時にバスが停車する。どうやら、着いたらしかった。
下車して、入口でチケットを渡していよいよ館内へ。
館内は、藍色の空気に包まれていた。その藍色が、入ってすぐにある大きな水槽の水と反射して、神秘的な光景を創り出していた。水槽の中ではたくさんの生き物が優雅に泳いでいた。亀や小さな鮫、小魚の群れなど。力也はそれらの名前を当てようとするが、果たして無理だったので、ホロタン越しに水槽を見る。すると、ホログラフィックディスプレイのエリアに入って来た生き物の名前や主食などが表示される。
「ミルもやってみたら?」
水槽の中の生き物たちに見惚れていたミルに力也は提案する。
「う、うん」
ポシェットからホロタンを取り出したミルは、ホロタンを展開させ、力也と同じようにする。
「わあ! すごい! ……でも、私は名前わからなくてもいいから、普通に見たいな」
ミルの正直な感想だった。
(それを言ったら終わりなんだけどなあ)
「うん。……まあね」
その後、そこで十分ほど魚を観賞し、力也とミルは次のエリアに進んだ。
今日は平日だが、平日の割にたくさん客がいるように思えた。その中でも、カップルがよく目立つ。
(僕とミルも恋人同士に見えてるのかな)
と、力也は考えてしまう。ふとミルを見てみると、ミルは少し寂しそうな顔をしていた。
どうしたのだろうか?
次のエリアのテーマは、「深海」ということだった。そこに一歩足を踏み入れると一段と照明が暗くなった。深海を表現するための演出だろう。
そのエリアの水槽には、奇奇怪怪な生き物たちが泳いでいた。顔が変な魚や、胴体がとても長方形の魚。小さな水槽には、ピンク色をしたクラゲがいた。そこにいるどれもが、初めて見る生き物ばかりだ。
経路を進むと、さらに暗くなり、トンネルに入る。床に埋められた藍色の蛍光ランプが、トンネルを淡く照らし出す。
そこは、深海魚を下から見るためのトンネルだった。トンネルは、二人が並んで歩けるのほどの広さしかなく、上もそれほど高くない。しかし、狭いからこそ、自分は今深海にいるのではないか。と錯覚させた。
トンネルを抜けると徐々に明るくなってきて、深海エリアを抜ける。
と、そこで館内放送が入る。
「只今から十五分後の四時より、イルカショーを開始いたします――……」
エリア名はショーエリアということだった。力也は入口でもらった地図を広げて、場所を確認する。
(すぐ近くか……)
ホロタンによると、前の席に行けば、イルカが水をかけてくれるとのことだったが、この時期に好んで水をかけられる人などいないだろう。それに、いくら人が多いとはいえ、今日は休日だ。満席になることはないだろう。
(急ぐ必要もない……か)
力也は、この近くの淡水魚エリアを見てからショーエリアに行くことにする。
淡水魚エリアでは、ドラドやピラルク、ピラニアなどを見ることができた。しかも、ピラルクに至っては、餌を貪り食っているところを観賞できた。
そして、そうこうしている内に、四時になってしまう。
ミルの腕を掴んで急いでショーエリアに行くと、まだトレーナーの挨拶とイルカの紹介をしている最中だった。
思っていたより人はいたが、やはり前の席に座っている人はいなかった。どちらかといえば、中央に人が集まっていた。
力也とミルは一番後ろの席に座り、イルカに目を向ける。
大きな円形の水槽には、三匹のイルカがいた。トレーナーの話を聴いていると、どうやら――それぞれ、マイルくん、ハーちゃん、サクラちゃんという名前らしい。
イルカたちがひれをぱたぱたさせて挨拶を終えると、音楽が流れ始め、ショーが始まったことを知らせる。
音楽に合わせて、水中から二匹のイルカが横にジャンプで交錯。その勢いを殺さないまま、今度は真上にジャンプし、上に吊り下げられていたボールを鼻でタッチし、回転しながら着水。大きな水しぶきが上がる。自然、どっと拍手が沸いていた。続いては、残りの一匹の出番だった。イルカが水に潜った直後、トレーナーの一人が水に飛び込む。そして数秒後、水を切って現れたのは、イルカの鼻に乗ったトレーナーだった。水を切った状態のまま数秒間泳ぎ続け、フィニッシュとしてイルカがトレーナーを跳ね上げさせる。空中に浮いたトレーナーはくるくると回転しながら落下。着水の寸前に態勢を整え、手から綺麗に着水する。
その後、三匹だったイルカがいつの間にか五匹に増え、そこから神業とも言うべきわざの数々を見せ、大盛況でショーは幕を閉じた。ショーの時間、十数分が、力也にはたった数分に思えた。それは、ショーに見惚れてしまって時間を忘れてしまったが故だろう。
ミルもショーが圧巻すぎて、言葉も出ないようだった。
数分、その場でショーの余韻に浸った二人は、次のエリアに向かうことにした……。
二時間ほどでほぼ全てのエリアを回って、最後に来たのは、メインエリアと呼ばれる場所だった。
メインエリアは、今までの比ではなかった。上下左右――三六〇度全てがガラス張りになっており、床にも魚が泳いでいた。
「わぁ……」
力也の口か感嘆の声が漏れていた。まるで自分が海の中にいるようだ。力也の下を鯛が泳いでいく。
一歩踏み出そうとした時、左手がぎゅっと握られる。
「えっ……」
見ると、ミルが力也の手を握っていた。俯いていて、ミルの表情は見えない。
ミルの後ろを鰯の群れが泳いでいく。ミルは、自分を強く見せようとしているのだろうか?
「握ってて」
放っておくと、水に溶けてなくなってしまいそうな、それほどか細い声だった。
力也は、何と声をかけていいかわからず、ただただ手を握る。でも、今はこれでよかったのかもしれない。
力也とミルは手を繋ぎながら中央までゆっくりと歩く。周りの魚たちが二人に泳ぐスピードを合わせているように思えた。
ミルの手は妙に冷たくて、震えていた。力也はその冷たさを温めるように、その震えを誤魔化すように、ぎゅっと握り返した。
中央に来て、力也とミルは足を止める。二人の前をジンベエザメが通り過ぎる。
力也は、この海に二人だけ取り残されているかのように思った。この幻想的な空間の中でただ二人だけ……。
「あのね……」
そうして、ミルはゆっくりと語り出す。
いやあ……水族館行きたいですなあ




