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Peace World  作者: 黒糖パン
7/30

ミルの家族

――はっ

 そこで、力也は目を醒ます。

 真っ暗だった。額に汗をかいている。エアコンを高く設定しすぎたのかと思い立ち、力也は「二十一度」と呟く。すると、エアコンはピッと音をたて、温度を変更する。

 いつもよりベッドが狭いように感じられ、寝返りを打つと、目の前にミルの顔があった。

 あまりに近くてどぎまぎしたが、ミルは穏やかな顔で寝ている。ミルからシャンプーのいい香りがした。包帯はまだ巻いている。

 力也は再び寝返りし、上を向く。

(また、九年前のクリスマスの夢を見ちゃったなあ……)

 そう後悔し、今度は楽しいことを考えながら眠りについた。


「ん……?」

 力也はお腹に違和感を覚え、目を醒ました。外は黒い雲がかかっていて、雪が降っているが、どうやらもう朝のようだった。

 違和感があるお腹に手を当てる。手の感触からすると、細い腕のようなものだと思われた。

 力也は、布団をめくる。

「……」

 力也は絶句してしまう。

 ミルが、力也に抱きついて寝ていたのだ。ミルの寝顔は、どこか、安心といった表情だった。

 あまりにかわいすぎるミルの顔を見ないようにしながら、力也は上体を起こして、起こすために、ミルの身体を揺さぶる。

「んん……」

 ミルはゆっくりと目を開ける。

「……おひゃよう」

 ミルは上体を起こして、寝ぼけ眼で力也を見つめる。

 どうやら、噛んだことに気付いていないようだった。

「うん。……おはよう」

 力也は笑顔で返す。

(かわいいなあ……)

 ミルの寝ぼけ眼も乱れた髪も力也にはかわいく見えた。

 力也は、枕元に置いてあった横一センチメートル、縦五センチメートルくらいの小さく細長い物体を取る。

 力也がその物体の右端を押すと、画面型のホログラフィックが展開する。

「九時……か」

 薄青色に光る画面には、「12/18 9:03」と表示されていた。

 平日の九時と言えば、いつもは学校に行っている時間だ。それに、今の時間に起きたのであれば、確実に遅刻になる。もちろん、今日は学校を休むので遅刻も何もないのだが、それでも力也にとっては少しショックだった。

「わわ! 力也、それ見せて!」

 寝ぼけ眼を大きく見開かせて、ミルは力也に飛びつく。

「ああ、もう! わかった」

 飛びついてきたミルをベッドの上にしっかりと座らせて、力也はその端末を見るに渡す。

 それを受け取ったミルは、どこか郷愁に浸っているように思えた。

「どうしたの?」

 なぜか目を潤ませていたミルが心配になって、力也は訊ねる。

「あの……ね。よくお父さんが私に見せてくれたなあ……って思ってた」

 ミルはホログラフィックディスプレイではなく、どこか遠くを見つめているような気がした。

「……そっか」

 ここ十年で日本の技術はほとんど進歩していない。それは、『犯罪撲滅法』の制定や、それによる日本の混乱のせいだ。なので、二〇四〇年の技術は二〇三〇年の技術とほぼ変わりがない。

そのため、十年前まで生きていたミルの父親が見せてくれた端末と力也が見せた端末が似ていたのだろう。それで、ミルは郷愁に浸っていたのだ。

 と、そこで力也はある質問を思いつくが、果たしてミルに訊いていいことなのか、

と逡巡する。

「……い。力也……聴いてる?」

 ミルに呼びかけられ、力也は我に返る。

「へ? ……な、何?」

 変な声が出てしまったが、力也は気にしないことにした。

「これありがとう」

 そう言って、ミルは力也に端末を渡す。

「ああ、うん」

 力也はミルから端末を受け取り、右端を押して、ホログラフィックを消す。

 そこで、力也は端末を持っていないことに気付く。昨日までスラムに住んでいたのだ。持っているわけがなかった。

「……で、どうしたの?」

 力也を試すような口調でミルは問いかける。どうやら、ミルは力也が何か言おうとしたことを見抜いていたらしい。

「あ……いや……なんでもない」

 力也がお茶を濁すと、ミルは頬をぷーと膨らませる。

「気になることがあるんだったら、ちゃんと訊いて! 私が気になるから」

 ミルは真剣な顔で力也を見つめる。

 それでも、力也は迷っていた。なぜなら、その質問をすれば、もしかしたらミルを傷つけてしまうかもしれないからだ。

「白状しろぉ」とミルの顔が近づく。

 そして、数秒後、力也はミルに負ける

「わかった。……言うよ。でも、答えたくなかったら、答えなくていいから」

「うん。わかった」

 ミルが頷くのを見て、力也は一度深呼吸をする。

「ミルの両親って、どうして亡くなったの?」

 この言葉がもしかしたらミルを傷つけてしまうかもしれなかった。

 でも、少し悲しそうな顔を見せた後、ミルは微笑んだ。それはまるで、自分の両親を慈しむような笑みだった。

「私のお父さんとお母さんは十年前に死んじゃったってことは言ったよね?」

 確か、診療所の病室でミルと話した時にそう言っていた。

 力也は頷く。

「私の家は元々貧乏だったってことは言ったっけ? ……まあいっか。でね、借金取りが毎日アパートに取り立てに来るもんだから、早くお金を返さなきゃってなったの……」

 ミルは両手で布団を強く握っていた。必死に耐えていた。自分の過去と向き合うために。

 力也は知らぬ間に唾を呑み込んでいた。

「そこで、お父さんが考えたのが……」

――誘拐

 ミルは苦笑いしながらそう言った。

「馬鹿だよね。ほんとっ。……私が家で寝ている間、町で一番のお金持ちの家の娘さんを誘拐して、ビルに立て籠もったの。身代金一千万を要求して」

 ミルはそこで口を閉じる。震える唇を噛み締め、涙を堪えていた。

 雪が勢いを増す。窓を叩き割りそうな勢いだった。部屋の中は、一段と暗くなる。

 力也が、もう止めようと動こうとした時、ミルが口を開く。

「そのビルはね、すぐに包囲されて、たくさんの機動隊員が配備された。……それで、立て籠もってから五時間後。突撃命令が出されて、SATが突撃。大混乱の中、お父さんとお母さんが銃殺で死亡。人質になっていた娘さんは、お父さんが持ってたハンマーで頭を殴られて死亡。……最悪な結果だったみたいだよ。警察も、銃を持っていない相手にどうしてあんなに手こずったのかわからなかったんだって」

 言い終わった後、ミルは安心したように、ふうと肩の力を抜いた。

「そうなんだ。……話してくれてありがと」

 力也は、頑張って話してくれたミルに本当に感謝する。

(……でも、やっぱり訊くべきじゃなかったな……)

 訊いてしまってから、力也はまた後悔する。ミルを悲しませないと誓ったのに、辛い思いをさせたのは、これで何回目だろうか?

 力也は、自分が不甲斐なく思えてきた。

「私が何度も自殺しようとした心の底には、罪悪感があったんだと思うの。お父さんが殺してしまった娘さんの両親に対する、罪悪感。それがね、貧困の他の私の自殺の理由だったんだよ……きっと」

 ミルは窓の外に目を向ける。雪はまだ降り続いていた。でも、さっきより勢いは収まっている。

(どうしてッ)

 力也の心の中に怒りが生まれていた。それは、犯罪を犯したミルの父親に対してでもあり、父親の罪を自分の罪として生きているミルに対してのものでもあった。

 感情を抑えきれなくなり、力也はミルの肩を掴んでいた。

 驚いたミルは、再び力也のほうを向いて、力也を不思議そうに見つめる。

「ミルは何も悪くないッ! 罪の意識なんて感じる必要ないんだよッ」

 心の底から叫んだその言葉は、ミルをきょとんとさせただけだった。

「えっ? どうして?」

 とぼけているわけではない。本気でミルはそう思っているのだ。親の罪は自分の罪だと、そう思っているのだ。

(くそっ。くそっ)

 行き場のない怒りが、力也の中に溜まっていく。

「だって、罪を犯したのは、ミルじゃないだろう? だったら、ミルが責任を感じる必要なんてないんだよッ」

「でも……でもね。私には、そう思うことはできないんだよ。……きっとこの気持ちは、力也にはわからないよ。……さっ、そろそろ顔を洗いに行こうよ」

 ミルは微笑みながらそう言って、ベッドから降りる。

「……」

「どうしたの? ……先に行っておくね」

 そうして、ミルは部屋から出て行った。扉が静かに閉まる。

 この閉鎖された空間に振動するように、力也の頭の中では、ミルの言葉がずっと響いていた。

『力也にはわからない』

 そう。ミルと力也は違う。だから、力也の言いたいことはミルには伝わらないし、ミルの気持ちは力也にはわからない。

 でも、力也には絶対的な自信があった。

(ミルの両親の罪がミルの罪なわけがないッ)

 結局、この時、力也はそれを伝えることができず、ぎゅっとその感情を心の奥に押し込めた。


 顔を洗い、リビングに行くと、甘くておいしそうな匂いが力也のお腹を鳴らせる。

 リビングには、椅子に座ってテーブルの上のハニートーストに目を輝かせているミルと、ホログラフィックディスプレイ端末――略してホロタンで新聞を読んでいる昌也がいた。そして、響歌がキッチンからコップを二つ持ってくる。

「おはよう、力也」

「……おはよう」

 ミルのおかげでかなりよくなってきたが、ほんの数日前までは、力也は挨拶すらろくにできなかったのだ。……と言っても、声がとても小さかっただけだが。

 成長したな。と力也は我ながら思う。

 席に座り、コップを受け取ってミルの分も牛乳を入れる。

「ああ、おはよう」

 昌也は、どうやら、今気付いたらしい。

「おはよう。……父さん、仕事は?」

 少し冗談を言ってみると、返ってきたのは、思わぬものだった。

「……昼からするよ」

 新聞から目を離さず、昌也は素っ気なく答える。

(あっ、仕事あるんだ……)

 そこで力也は昨日、昌也が出かけていたことを思い出す。あれは、仕事の話だったのかもしれない。

「ねえねえ、力也。早く食べようよッ」

 ミルは力也の肩をぽんぽんと叩く。ミルの声は弾んでいた。

 もしかしたら、このような朝食を食べるのは、初めてなのかもしれない。

「先に食べていたらよかったのに」

 力也がそう言うと、ミルはなぜか頬を膨らませる。

「むー。せっかく待ってたのに……もういいもん」

 ぷいっとミルはハニートーストのほうを向く。

「ああ……ごめんごめん」

 力也が申し訳なさそうに謝っても、ミルは見向きもせず、ハニートーストをナイフで切ってフォークで食べている。……と思っていたら、次の瞬間、力也の前のハニートーストに乗っていた苺をフォークで刺し、ぱくりと食べる。

「これで許してあげる」

 もふもふと口を動かしながら、ミルはそう言う。

 その顔が、力也にはリスのように見えて、とても愛おしく思えた。

 ミルの辛い過去なんか、本当はなかったんじゃないかと思うほど、ミルはうれしそうに微笑んでいた。

「ミル」

 力也が呼ぶと、ミルは「うん?」と、口にクリームをつけながらこちらを向く。

 力也は、ミルの口のクリームを取ってあげ、それから微笑む。

「僕のも食べる?」

「えっ? いいの?」

 ミルの顔が、一段と明るくなる。

「うん。今日は牛乳だけでいい」

 そう言って力也は、空っぽの胃に牛乳を流し込んだ。

「やったー」

 ミルはわかりやすく両手をあげて喜ぶ。

(……かわいいなあ……)

 ふと目を向けると、テーブルを挟んだ左前方に座っている響歌が、にこやかに力也とミルを見ていた。

 そこで、力也のお腹がぐうっと鳴る。でも、どうやらミルには聴こえていないようだった。

(ああ……お腹空いた。お昼はいっぱい食べよ)


ミルの過去がだんだんと明らかになっていきます。同情せずに聴いてあげてください。

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