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Peace World  作者: 黒糖パン
29/30

ハッピーバースデー

 力也は一心不乱に駆け出していた。

 ビルの端から下を覗き見る。

 だが、暗くて何も見えなかった。

 暗闇に手を伸ばす。

(ああ……ああ……ミル……)

 ミルを掴むために暗闇で必死に手をまさぐらせるが、結局何も掴むことはできなかった。

 そして、力也の涙が一粒暗闇に吸い込まれていった時だった。

 ふいに視界が明るくなり、同時に歓声が上がる。

何事かと思い、少し視線を上げる。最初、それが何なのかわからなかった。だが、やがて力也の目が実像を結んだ時、眼下に緋色の光が広がっていた。その光はまるで黄泉に導かれるかのように暗闇を進んでいく。

そして力也は、呆然と思う。

(ミルもあれに導かれたのかな……)



 気付けば力也はビルから地上に降りていた。

 手で何かを掻き集めている。

 そして、掻き集めていたそれが、ミルの脳味噌だとわかった時、力也は吐いていた。胃液と混ざった嘔吐物がアスファルトにぶちまけられる。

 だが、力也はそんなことどうでもよかった。

緋色に照らされた綺麗なピンク色のミルの脳味噌を力也は愛おしそうに抱きしめる。

(ミル……ミル……)

 力也は気付いていない――いや、あるいは気付いていて、あえて見ていないふりをしているのかもしれない――が、目の前のミルは、すでにミルの原形を留めていなかった。足はありえない方向に曲がり、腹部は破裂。頭はスイカを高いところから落としたかのように粉々になっている。そして、紅い液体がミルだったものを綺麗に染め上げていた。

「綺麗だね……」

 ふと、そんな声が聴こえてくる。若い女性――ちょうど、ミルくらいの歳の子の声だった。どうやら、斜面の先の河川敷から聴こえてきたみたいだ。

 女性はおそらく灯篭に対してそう言ったのだろう。だが、力也にはそう思えなかった。自分の手が体液と血液にまみれるのもかまわず、もう一度、ぎゅっとミルのそれを抱きしめる。


(ミル……綺麗だよ……。

 ミル、君は僕のことを何もわかっていないよ。僕は、ミルがいないと駄目なんだ。他の人なんて好きになれないよ。僕は、ミルだけを愛したかったんだ。

 だから、僕はミルの後を追うよ。

 ……理由? それなら、これから探すよ。ミルを死なせた僕だ。理由なんてたくさんあるだろうよ……)

 とその時だった。ホロタンがメールの着信を知らせる。

 響歌からだろうか?

 特になんとも思わず、力也は体液にまみれた手でポケットからホロタンを取り出す。メールが届いたことを知らせて、ホロタンの一ヶ所がちかちかと光っていた。

 だが、ホログラフィックを展開させて、メールを開いて差出人を見た力也は、目を見開いていた。そして、それと共に身体が震え出す。

(ほ、ほら、どうだい? ……死ぬ理由が見つかったよ。……言った通り、あっただろう?

 僕は――)

 メールの差出人名は、『智明』となっていた。何度見返しても、その文字は変わらない。死んだはずじゃ? ……だが、そんな疑問はすぐに解決された。メールの備考欄には、『日時指定メール』と書かれているのだ。つまり、智明が死ぬ前に今日、この時間を指定してメールを送ったということだ。

 そして、メールの本文は――

『まず、ごめんな! 俺、お前のことを無視なんてしたくなかったんだ。でもよ、お前が休んだあの日に……ほら、金髪でピアス開けた女いるだろ? あいつにさ、「妹さん可愛いわねえ」って言われたんだよ。あいつが爆死してないってことは、脅迫罪ぎりぎりの行動だったとは思う。……でさ、俺、妹がいじめに遭うのとか耐えられなくてさ、力也のことを無視しちゃったんだよ。まじでごめん! ……お詫びといっちゃあなんだけどさ、一緒に初詣行かね? もちろん、俺が全部奢るからさ!        PS.金ねえから、ちょっとは遠慮しろよ!』

 今ならわかる。あの時――教室で智明と逢った時、智明が言おうしたのは、このことだったのだ。

(僕は――大親友を殺したんだ。その罪を償うよ)

 力也はゆっくりと立ち上がる。そして、ミルだったものを見据えて――

「じゃあね、ばいばい。ミル。……今行くよ」



 力也は自宅に戻っていた。

 家の中には誰もいない。どうやら、力也たちが先に行ったと思って、響歌と昌也は行ってしまったらしい。

 力也はリビングに入り、棚からメモ帳を取り出し、ペンで何やら文字を書き、机の上に置く。

 その紙には、力也とミル――二人の思いが載せられていた。

『幸せだったよ。ありがとう』

 そして力也はホロタンを取り出し、電話をかける。

 何度かのコールの後、ホログラフィックに現れたのは、篠川だった。

『やあ、こんばんは。力也くん。どうしたんだい?』

 篠川の口調はどこか悲しそうだった。

 篠川の後ろを見ると、どうやら河川敷らしかった。篠川も灯篭流しに参加しているのだろう。そして、口調が悲しそうだったのは、おそらくそのためだ。

「すみません。少し話せませんか? ミルが話したいことがあるって言ってるんです」

 ――嘘だ。

『ミルさんが? ……わかった。どこで逢おうか?』

 力也は、篠川に適当な場所を伝え、電話を切った。

 そして、キッチンからあるものを取り出し、家を後にした。




「やあ、力也くん」

「こんばんは」

 簡単な挨拶を済ます。

 力也と篠川は、河川沿いの東屋に来ていた。この辺りに来ると、さすがに今日であっても人はいなかった。

「あれ? ……ミルさんは?」

 当たり前だが、すぐにミルがいないことに気付いたらしい。

「ミルならいないですよ」

 そう言って、力也はコートの内側からキッチンから拝借したもの――包丁を取り出す。

 包丁は、街灯に反射して、銀色に綺麗に輝いていた。それはまるで、力也を祭り上げているかのようだ。

「おいおい。……どういうつもりだ」

 篠川は、両手を前で振って後ずさる。

 力也は何も答えない。

(ミルが、「ACC」で死ねないのなら、代わりに僕がその方法で死んであげよう。ミルを嫌ったこの世界を造った人物を殺して、ミルのこの世界への復讐を達成しよう。だから――)

 力也は地面を蹴って駆け出し、一瞬にして距離を詰めると、包丁を篠川の腹部に突き刺し、肉を抉り取るように包丁をぐるりと回す。

 篠川の口から鮮血が吐き出される。

「どうし……て」

 やがて、篠川の体重が力也にのしかかり、篠川が絶命したことを知らせた。

 力也の――ミルの復讐は達成された。


 ――そして、その直後――

 力也が微笑んだのを見計らったかのように、力也の身体は四散。

 力也の意識は、そこで途切れた。





 ねえミル。今日はミルの誕生日だったね。

 ――誕生日おめでとう。

 ――この世界は、今日も恐ろしく平和だったよ。


一応は、ここで完結ですが、おまけを次回投稿し、この話の本当の完結としたいと思います。

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