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Peace World  作者: 黒糖パン
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つながり

 川が太陽の光を反射し、まばゆく光っていた。雪の残滓はところどころに見られる。先日までは雪に覆われていた木も、今は枯れた枝を露わにしている。どこか、冬の終わりのように感じられた。

 力也とミル、そして篠川は、河川敷を歩いていた。さきほどから何も話そうとしない三人の横を、ジョギングをしている男性が追い抜いて行く。

 篠川が場所を変えた理由は力也にもわかっている。政府が、「『ACC』は日本国民全員に埋め込まれた」と発表した以上、もし例外がいたのなら、大問題になるからだ。だから、近くに智明がいたあの場所から移動した――そういうことだ。だが、そうだとしたのなら、なぜ休日になれば人が多くなる河川敷に来たのだろうか?

 前を歩く篠川の横顔は、どこかノスタルジーに浸っているように見えた。横を歩くミルは、飛んでいく鳥を目で追いかけたりしている。

 やがて、十分ほど歩いたところで人だかりが見える。

「もう九年か……」

 ふと、篠川が呟いた。

 人々は、テント設営をしたり、灯篭を並べたりしている。

 そう。後二日で九年だ。

 力也の祖母とミルの祖父母が亡くなった、駅爆破テロ。『日本改変による影響』の一つだ。爆破テロは全てで五つ起きたが、その内で一番被害が大きかった駅爆破テロが起きた日付、十二月二十五日には、爆破テロで亡くなった人を弔う灯篭流しが行われることになっている。そして、力也の右側に広がるこの川が、その会場だ。この川は、事件が起きた駅の近くを通っており、毎年、この辺りがスタート地点で駅を過ぎたところがゴールとなっている。

「先日、駅の慰霊碑にお参りしてきたのだが、なんだか寂しい気持ちになったよ。周りの人は誰も慰霊碑になんて目もくれない。……明後日になれば、思い出してくれるのかなあ」

 篠川のその言葉は、どこか自嘲しているように聴こえた。

「俺の罪もみんなみんな、思い出してくれるのかなあ……」

 篠川が小さく呟いた言葉を力也は聴き逃さなかった。

 そうか。篠川は、爆破テロが起きた原因が自分にあると思っているのか……。確かに爆破テロを起こした組織の目的は、「ACC」の廃止だ。だが、だからと言って篠川が責任を感じるのはどうだろうか? 篠川は何も悪いことをしていない。むしろ、いいことをしたのだ。ならば、感じるべきは責任ではなく、名声なのではないだろうか?

 と、そこで力也は、慰霊碑の場所に行った時に見た男を思い出す。あの時、男の顔を見たのは一瞬だったので気付かなかったが、今思い返してみると、あの男は篠川だったのだ。

 ふいに篠川が立ち止まったので、力也とミルも立ち止まる。

「この先に――ほら見えるかい? あのビルだよ。あのビルで、娘は亡くなったんだ」

 そう言って、篠川は、三十メートルほど向こうのビルを指差す。そのビルは、この距離から見ても廃れているのがわかった。いわゆる、廃ビルというやつだ。

 その時、力也は隣に体温を感じる。見ると、ミルが力也の右腕に抱き付いていた。

(……ミル、震えている……?)

 ミルの顔面は、蒼白していた。「驚愕」に充ち満ちた表情で、ミルはビルを凝視している。

 一体、どうしたのだろうか?

「……ミル?」

 声をかけてみるが、返答はない。

「おい! ミルッ」

 力也は、ミルの肩を掴んで揺さぶっていた。

 突然大声を出した力也に篠川だけでなく周りの人々までもこちらを見たが、周りの人々に関しては、やがて自分たちの生活に戻っていった。

「……急にどうしたんだい?」

 篠川が心配そうな口調で声をかける。

「あっ、いえ……すみません。ミルの体調が悪そうだったので……」

 力也がそう言うと、篠川はミルの顔を心配そうに見つめる。

 やがて、ミルの肌は雪が溶けるかのように元の色に戻っていく。

「……ミル……? 大丈夫?」

「う、うん。ごめん。急に気分悪くなっちゃって。貧血かも」

 ミルは苦笑いを浮かべる。……だが、果たして、ただの体調不良であんな顔を見せるのだろうか? あれはそう……信じられないような事実を知ってしまった時の顔だ。

「……すまんな。近くに来たので、つい……。……さあ、引き返そうか」

 どうやら、篠川は、ミルが急に体調不良になった理由が、自分がこんな話をしてしまったからだと思っているらしい。だが、力也にはそれが、なんだか違うように思えた。……言うなれば、話をしたこと自体に原因があるわけではなく、その内容に原因があるような……。だが、すでにミルは笑顔を取り戻していて、何も聴けそうにない。

 さっきとは逆方向に河川敷を歩きながら、力也はミルの顔をずっと見つめていた。ミルはさっきから自分の足元をずっと見ている。やはり、ミルの中で何かあったんだと力也は確信した。

(あとで、聴き出さないと)

 一人で抱え込むのは、もうやめてほしかった。ミルの悲しみは、自分も背負う。それは、力也が自分の中で決めたことだ。

 二十分ほど歩いたところで、川のかなり上流に来ていた。人の数は徐々に減っていき、太陽も傾いてきている。

 やがて、河川敷にぽつんと建っていた東屋で篠川は足を止める。

 ベンチに座り、力也とミルにも座るように勧める。

 周りに人は見当たらない。どうやら、ここで話すつもりらしい。

 力也とミルが篠川の向かいのベンチに座ると、篠川は大きく息を吐いた後、話し始める。

「……ミルさんの脳に、『ACC』が埋まっていないのは、俺の責任なんだ。……俺は、ミルさんの手術を行うことができなかった。……もう気付いてるかもしれないが、それはミルさんが雫花に似ているからだ。俺はどうしても、雫花によく似たミルさんの頭にメスを入れることができなかった……」

 やっぱり……と力也は思う。

 だが、その後に篠川が発した言葉は、力也の仮定を証明し、力也の予想を遥かに上回っていた。

 篠川が今どんな表情をしているのかは、陽光の反射のせいでわからなかった。

「……だが、ミルさんにメスを入れられなかった理由は、単に雫花と似ているってだけじゃないんだ。……雫花は……雫花は……あのビルで――――」

 ――ハンマーで頭を殴られて死んだんだ。

 篠川は、涙ぐんだ声でそう言った。

 その時、力也の中に電撃が走る。

(まさか……まさかッ)

 力也の中にある可能性が生まれる。何かに導かれるように力也はミルに目を向ける。

 ミルは、手で口を押えながら嗚咽を漏らしていた。

 その光景を見た時、力也の中の可能性は確信に変わっていた。

(そうか……そうだったのか……)

 ビルを見た時にミルの顔が蒼白になっていたのは――。

「だから……雫花が頭を傷つけられたから、どうしてもミルさんを傷つけられなかったんだ」

 篠川の言葉は、力也の耳には入っていなかった。

 力也は、いつかミルが話してくれたことを思い出していた。


『ミルの両親って、どうして亡くなったの?』

『私のお父さんとお母さんは十年前に死んじゃったってことは言ったよね?』

『うん』

『私の家は元々貧乏だったってことは言ったっけ? ……まあいっか。でね、借金取りが毎日アパートに取り立てに来るもんだから、早くお金を返さなきゃってなったの……そこで、お父さんが考えたのが――誘拐……。馬鹿だよね。ほんとっ。……私が家で寝ている間、町で一番のお金持ちの家の娘さんを誘拐して、ビルに立て籠もったの。身代金一千万を要求して……。そのビルはね、すぐに包囲されて、たくさんの機動隊員が配備された。……それで、立て籠もってから五時間後、突撃命令が出されて、SATが突撃。大混乱の中、お父さんとお母さんが銃殺で死亡。人質になっていた娘さんは、お父さんが持ってたハンマーで頭を殴られて死亡。……最悪な結果だったみたいだよ。警察も、銃を持っていない相手にどうしてあんなに手こずったのかわからなかったんだって』


 つまり、篠川の娘が亡くなった事件こそ、ミルの両親が起こした事件なのだ。

さあ、いよいよ物語もクライマックスです!

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