ACC
………………。
沈黙が流れる。雪だけが、静止せずに動いていた。
「「えっ?」」
二人の素っ頓狂な声が澄んだ空間に流れる。
存在していた。どれだけ待とうとも、ミルはこの世界に存在していた。
「どうなってるの……?」
当人である、ミルが一番驚いていた。
力也の表情は固まってしまっていたが、思考は冷静に今の状況を把握しようとしていた。
(……まさか、「ACC」の不具合? ……いや、違う。全国民の「ACC」は、管理センターが遠隔で定期的にメンテナンスを行っているから、不具合が起きるわけがない……じゃあ、どうして?)
時だけが、雪とともに流れて行った。二人はまるで、時間が止まってしまったかのように動かない。
「まさか……正当防衛……」
ふと、ミルが呟く。
(……そうなのか? …………いや、違う)
思考の中で力也はミルの言葉を否定していた。
(確かに、僕たちは襲われた……。でも、一方的にミルが殺したのだ。……なら……)
「過剰防衛……だよ。……立派な犯罪だ」
驚くほど冷徹な言葉が力也の口から漏れていた。頬に当たる雪が一段と冷たくなったのは、気のせいだろうか?
「で、でも! 私は死んでないんだよッ。じゃあ、今の行為が犯罪じゃなかったってことじゃん!」
ミルの声も身体も震えていた。怯えているのだ。怖いのだ。人を殺してしまったのに、自分が死なないことが。もちろん、ミルが人を殺したのは初めてではない。財布を盗むために、今まで三人の人を殺した。――だが、今は状況が違っていた。前はミルが直接的に手を汚したわけではないのだ。
と、そこで力也の頭に電撃的にとある予想が去来する。
『死者に悪口を言っても名誉棄損にならないように、死者のものを盗んでも、窃盗にならないんだよ?』
ミルが三人の人を殺したことを発露した時の言葉が蘇る。
――果たして、本当にそうなのだろうか?
あの時は、ミルが生きていたことから、信じてしまっていたが、この状況に陥った今、力也はそれを信じられなくなっていた。
力也はポケットからホロタンを取り出し、ネット検索をかける。
薄青色のホログラフィック画面に書かれている文字は……
『例え、遺体から物を盗んだとしても、窃盗する意思があったのなら、窃盗罪罰せられる。また、またまた遺体を見つけ、物を盗んだ場合であっても、占有離脱物横領罪に罰せられる――』
力也にとっては難しい言葉ばかり羅列していたが、おそらく、ミルの場合は前者だろう。
そして、力也は確信する。
(やっぱり、ミルの行為は犯罪なんだ)
力也は雪に冷やさせた空気を気管に吸い込み、なぜか高ぶっていた気持ちを落ち着かせる。
力也は『予想』を打ち明ける。
「――たぶん、ミルの頭の中には『ACC』が埋め込まれてないんだ」
ぴんと、空気が張り詰めた。
あまりにも現実離れした話だ。何せ、「ACC」を埋める手術を受けることは、日本に住んでいる者の義務だ。それに、「ACC」が全国民に埋め込まれていることは、国が認めている。
だが、そうだとしても、この考えが今までのことを立証していた。ミルは、窃盗を行っても死ななかった。人を殺しても死ななかった。……なら、考えられるのは、それだけだ。
「そ……そんなわけ……。だって私、ちゃんと手術受けたんだよ?」
ミルは激しく狼狽していた。
ミルが狼狽する理由は、力也にもよくわかる。なぜなら、それを言った力也でさえ、心臓がばくばくと鼓動していて、今にも心臓が口から飛び出しそうなのだから。
「うん。……そうなんだよ。どうしてもそれが謎なんだ。どうして手術を受けたのにもかかわらず、ミルの頭には『ACC』が埋まってないんだろう?」
力也は首を傾げる。力也の考えだと、どうしてもその部分が矛盾していた。手術を受けたというのなら、ミルの頭に「ACC」がないことはおかしい。
力也の肌には、べったりと汗がへばりついていた。
では、こう考えてはどうだろうか? 手術中に何かあり、ミルの手術は中断され、結局そのままになってしまった。
考えられなくはないだろう。むしろ、一番可能性があると言ってもいい。
ともかく、ミルの手術を担当した医師に話を聴けばいい話だ。もし、まったく意味がわかっていない様子ならば、力也の考えはあっけなく否定される。お茶を濁したり、誤魔化したりしたのなら、力也の考えが当たっていたということだ。もし、後者だったとしたならば、手術を止めざるをえなかった理由が非常に気になってしまうところだが、教えてくれなければあきらめるしかないだろう。深入りしてしまえば、犯罪となってしまう可能性もあるからだ。
力也は五年前の記憶をさぐっていた。もちろん、この町の手術を担当した医師の名前を思い出すためだ。
すると、思ったよりもすんなりと力也はその名前を思い出す。
――篠川 研路
この町出身の医師であり、「ACC」の創造者だ。当時こそバッシングを受けたものだが、今となっては、日本に平和をもたらした英雄とされている。だが、全ての手術を終えた後、医学界から引退し、今は行方をくらましているとのことだった。一体、何があったのだろうか?
ちなみに、これらの情報は全て、力也が響歌から聴いた――というか、会話をしてくれなかった力也にすねた響歌が無理矢理聴かせたことだ。
だが、行方をくらましているということは、篠川に会うのは困難になりそうだった。できるだけ早急に解決しておきたい問題だが、難航しそうだった。
沈んだ空間に雪が舞い落ちる。わずかな雪のカーテンがミルの顔を少しだけ見えにくくしていた。
「……でもまあ……そっかそっか。理由はわからないけど、私、犯罪を行っても死なないんだね」
「えっ」
力也は目を見開く。刹那、背中に悪寒が走る。ミルの自嘲を含んだ言葉に力也は気圧されていたのだ。どうしてかはわからない。だが、嫌な予感がした。それを唆すかのように、雪の粒が力也のうなじに舞い降りる。力也の全身が何かを伝えるように総毛立っていた。
ミルの目は、ただ茫然と、どこか遠く――虚空を見つめている。
(ミル――何考えてるッ?)
そう思考した直後、力也の頭には衝撃が走っていた。
ミルがいつの間にか持っていた鉄パイプで殴られたということ気付いたのは、意識が途絶える直前だった。ミルが離れていく。
「あぁ……」
(駄目だよ――ミル。そっちに行っちゃ駄目だ――)
力也の思考は雪に凍らされ、重くなって地面に落ちる。決して、ミルに届くことはなかった。
そうして、そこで、力也の視界は黒い闇に包まれた。
急展開! 一体どうなってしまうのかァ!




