表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Peace World  作者: 黒糖パン
14/30

こころ

――はっ

 いつの間にか、力也はベッドで仰向けになっていた。天井は真っ白で、ベッドの周りを囲むように、白いカーテンが引かれている。

(ここは……?)

 力也は身体を起こす。

 少し頭が痛んだ。

 とりあえず、ここにいても仕方がないので、力也は手の甲で頭を押さえながらベッドを降り、カーテンを開ける。

「あら、富良くん。目が醒めた?」

 白衣を着た女性教員――改め、養護教諭は、椅子に座ったまま、こちらを向かずにそう言う。どうやら、何かの作業をしているようだった。

「ええ……まあ」

 力也は、何が起こったのかまったく理解できなかった。何せ、さっきまで教室にいたはずなのだ。それがなぜ、今は保健室にいるのだろうか?

 まさか、全て夢だったのだろうか? 保健室で寝ていた理由はわからないが、そうとしか考えられなかった。

「教室で突然倒れたそうよ。……何かあったの?」

 そこで作業を止め、養護教諭は力也を心配そうな目で見る。

(……)

 やはり、夢ではなかったようだった。もしかしたら、力也が夢だと思いたかっただけなのかもしれない。

「いえ……何も……」

 力也は手を強く握り、必死に堪える。

 全てを話したい気分だった。話して、楽になりたかった。

――でも、できなかった。

 力也の脳裏に、智明のあの目がフラッシュバックする。

 力也を見下したようなあの目。たった一日会わなかっただけで、智明は変わってしまった。その理由は、明白だ。

 ふと思いつき、力也は養護教諭に訊ねる。

「あの……昨日、集会がありましたよね? 友達から聴きました。どんな感じだったんですか?」

 嘘だ。本当は、一昨日の時点で、集会が開かれることを知っていた。

 それを聴いた養護教諭は、不思議そうに首を傾げる。

「あれ? 富良くん、休んでたの?」

「ええ。家の事情で……」

「そう。……集会の内容は、君と同じクラスの石谷さんの話だったわ……」

 養護教諭は、目を少し上に向ける。どうやら、昨日の集会の内容を頭の中で整理しているようだった。

 それを見た力也は、慌てた様子でその思考を断ち切ろうとする。

「ああ、いえ! そんなに具体的に話さなくていいですッ。……その……いじめがどうとかっていう感じじゃなかったですか?」

 力也が慌てた理由は、詳しく話されると、昨日力也が休んだ意味がないからだ。……と言っても、質問したのは力也自身なのだが……。

 そんな力也の様子を見た養護教諭は、さぞ不思議がっているだろう。

 力也は恐る恐る養護教諭の表情を窺がう。

 すると、やはり養護教諭は首を傾げていた。

「いじめ……? 何の話?」

 しかし、幸いなことに、養護教諭の疑問はそのことではなかったらしい。

 力也は、気付かれないように、ふうと溜め息を吐く。

 しかし、安心している場合ではなかった。

 やはり、どうやらいじめのことは明らかになっていないらしい。無視をするだけなので、証拠はないし……そもそも、冷静に考えれば、力也が今日、いじめを受けたじゃないか。いじめが明らかになっているのなら、あのクラスはなんらかの処分を受けているはずだった。

 しかし、ならば、石谷が自殺した理由は、何と説明されたのだろうか?

「い……いえ。なんでも。石谷さんが自殺したことは、友達から聴きました。……自殺の理由はなんだったんですか?」

 できるだけ不自然にならないように気を付けながら、力也は問う。

「自殺の理由は、思春期によくある、悩み……だったわよ。私が話を聴いていれば、あんなことにはならなかったのかもしれないのに……ね」

 養護教諭は、目を伏せる。そして、とても悲しそうな表情を見せた。

 まさか、自分の責任だと思っているのだろうか? ……いや、そこまで思っていないとしても、顔を一度や二度見ただけの人をそこまで思えるものなのだろうか?

 そう思った時、力也の中に何かがふつふつと湧いてくる。

 第三者がこんなにも悲しんでいるというのに、当人たちはまったく反省の色を示さず、標的を変えてまで、また浅はかな行為を繰り返している。

 そうわかった時、力也の中に湧いてきていた何かが、爆発しそうになる。

(ああ、これは……)

 それは、あの時抱いた感情と同じものだった――。

「さっ、そろそろ帰りなさい」

 しかし、力也が答えを出す前に、養護教諭によって思考が遮られる。爆発しそうだった感情も、養護教諭のやさしい雰囲気に消化されてしまう。

 そして、その代わりのように力也の頭に湧いてきたのは、疑問だった。

「えっ? 授業はいいんですか?」

「授業? さっき終わったわよ?」

「えっ……」

 力也は一瞬養護教諭が何を言っているのかわからなかった。だが、保健室の壁にかけられた時計は、午後四時を示していた。授業は二十分前に終わっている。今は、終礼をやっているか、もう解散しているかのどちらかだろう。

 どうやら、八時間ほど寝てしまっていたらしい。どうりで、寝過ぎで頭が痛いわけだ。……いや、頭が痛いのは、それだけが理由ではない……か。

「わかりました」

 普通、同級生が倒れて、放課後まで寝込んでしまったとなれば、荷物を持ってきてくれるものだろう。だが、それをあのクラスに期待するのは、滑稽なことだ。

 つまり、荷物は自分で取りに行くしかなかった。

「ありがとうございました」

 力也がそう言って保健室の扉を開けると、「お大事に」と言って、養護教諭は作業に戻っていった。

 廊下の空調は、保健室と同じくらい効いていた。非常に心地の良い温度だ。

 空調によって、外気温と内気温は、かなりの差があるはずだったが、学校の廊下に空調が設備されると同時に、窓ガラスに結露防止ガラスが採用されたため、結露は起こっていない。よって、外の景色をしっかりと確認することができた。

 天気予報の通り、大雪だ。大量の雪が、ガラスにぶつかって、白い粉と化していく。

 ふと、力也は寒気を覚える。空調はあいかわらず適温を保ち続けていた。

 疑問に思いながらも、とりあえず教室に向かう。校舎を移動し、二階へ。

 すると、再び寒気を覚える。さらに、歩を進めるごとに、寒気は強くなっていた。そして、それは悪寒に似たものになっていく。

 そうして、教室に着いた時、力也は寒気の正体を理解する。

(智明……)

 今の時間、部活に行っているはずの智明が、教室でぽつんと一人、座っていたのだ。

 ここから見受けられる限りで、智明は何やら深刻そうな顔をしていた。

 正直、このまま逃げ出したい気分だったが、バッグの中には傘が入っているし、何より、ミルが作った弁当がある。なので、そういうわけにはいかなかった。

 大きく深呼吸し、扉を開く。

 扉が鉛のように重く感じたのは、この時が最初で最後だっただろう。

 扉が開く、重低音を聴いた智明が、力也に目を向ける。その目は、さっきの力也をねめつけるようなものとは違っていた。例えるなら……そう、これから自殺しようとしているような人が見せる、絶望に蝕まれた目だ。

 だが、力也は智明とできるだけ目を合わせないようにした。どうせ、あんな目になった原因は、彼女にフラれたとかだろう。力也には、関係のないことだ。

 力也は足早に自分の席に行き、素早く荷物をまとめる。

 そして、バッグを背負って、教室を後にしようとする。だが、そこで力也は智明を見てしまう。智明は、口をぱくぱくさせて、何かを言おうとしていた。目も、まるで力也に、「待ってくれ」と言っているようだった。

 思わず、力也は足を止めてしまう。

 二人の間に異様な雰囲気が流れる。雪が窓ガラスを叩く音が、妙に大きく聴こえた。

 力也は、知らぬ間に固唾を呑んでいた。

 やがて、唾を呑み込んだ智明は口を開く。

――その直前

「忘れ物しちゃった」

 と言いながら、金髪でピアスをつけた女子生徒が教室に入ってくる。

 それを見た智明は咄嗟に口を閉じ、荷物を掴みとって力也の横を無言で通り、足早に教室を去って行った。一体、何がしたかったのだろうか?

 力也は智明に追いつかないように、わざとゆっくりと昇降口に向かった。

 教室を去る時、教室内の女子生徒が、嗤っているように見えたのは、おそらく気のせいだろう。

 昇降口を出て、校門に向かう。雪の勢いは少し収まっていた。小雪くらいだろうか。

校門まで歩いている間、力也は前方で妙なものを見る。校門の右端のところに傘を差した生徒たちが数人群がっているのだ。

 何をしているのだろうか? と思いながらも、自分には関係ないことと判断し、力也は校門を通り抜ける。

「あっ、力也! ちょっと待ってよ」

 突然、聴き覚えのある声が聴こえ、力也は振り返って傘を少し傾けさせる。

 そこには、男子生徒や女子生徒に囲まれたミルの姿があった。ミルは笑顔を絶やさずに、生徒たちの間をすり抜け、力也のところまで走ってくる。

「もう! 遅いよ!」

 赤の傘には雪が積もり、すっかりと白くなっていた。

「待っててくれてたんだ。ごめん」

 力也は傘を肩に掛け、両手を胸の前で合わせる。

 一体、どれだけここで待ってくれていたのだろうか?

 ミルが力也のところに行ったのを見ると、数人の生徒たちは、それぞれ帰路に着いていく。

「寒い……。お詫びに――――……やっぱり後で言う。バス来たよ」

 ミルは、先頭を切って、ドアが開くと同時にバスに乗り込む。

「う、うん」

 力也はミルに続いてバスに乗り込む。「お詫び」の内容がとても気になった。しかも、力也は何だか嫌な予感がしていた。だが、それもバス内の窮屈さにもみくちゃにされてしまう。豪雪となればバス利用者が増えるのは、必然的なことだろう。

 ミルとろくに会話することもままならず、バスは家の近くの停留所に着く。

 そして、そこで力也は嫌な予感が的中したことを知る。

「じゃあ、お詫びに、力也の傘に入れてね。ずっと待ってて、寒かったし」

 バスを降りた途端にミルが提案したのは、むちゃくちゃな要求だった。確かに、二人でより添い合えば、温まることができるだろう。だが、そんなことが力也にできるわけもなかった。

 力也は、紅潮する頬を雪の冷たさで和らげ、何がなんだかわからなくなっている思考を冷たい風で冷ます。そして、空咳してから答える。

「狭いから、雪が当たっちゃうよ?」

 冷静になって出した答えなので、しっかりと筋が通っていた。いくら寄り添い合って温め合ったとしても、この豪雪ではすぐにそれを冷ましてしまうだろう。

(よしっ……完璧な答えだ。ミルも反論できないはず――)

 だが、ミルは傘を閉じていた。

 力也は顎がはずれてしまうかというほど口を開き、愕然としていた。

「ん? どうしたの?」

 首を傾げながら、ミルはちゃっかりと力也の傘に入ってくる。こうなってはもう、ミルを跳ね除けることはできなくなっていた。

「はあ……」

 力也の溜め息は、雪に溶けて地面に落ちていった。

 力也は自分の肩に雪が積もるのを承知で、傘をミルのほうに少し傾かせる。これで、ミルが雪をかぶる心配はないだろう。

 すると、ミルは力也にいっそうへばりついてきた。正直、歩きにくい。それに、さっきから、通り過ぎていく人の視線が痛かった。

 雪が傘の上に積もっていく。小さな雪が重なり合い、大きな雪に変わっていく。

 雪を踏む感触が、なぜか気持ち悪く感じた。

 ミルは満足そうに力也にへばりついている。ミルの微笑む顔を見ていると気持ちが穏やかになった。なのに、力也は気分が悪かった。ミルが笑顔でいることを心のどこかが拒絶していた。

この気分の悪さは、ミルが笑っていることに対しての……嫉妬だ。

 なぜなら、ミルが今、笑えているということはつまり――

「ミル、学校はどうだった?」

 平常を装って、力也はミルに問う。だが、力也はその答えをほとんど知っていた。

「あのね! みんなね、私と仲良くしてくれたの! 『前はごめんなさい』って言ってくれたし!」

 その質問を待っていたかのように、ミルはハイテンションで答える。

 それを聴いた瞬間、力也の頭の中は黒い何かに急速に蝕まれる。

 視界が歪む。ミルの満面の笑みも、どこか力也を嘲笑っているかのように思ってしまう。

(……あぁ……駄目だ……。出てきちゃ駄目だ。……ミルが笑っているなら、いいじゃないか……そうだろう?)

 力也は自分にそう言い聴かせる。深呼吸で冷気を気管に入れ、気持ちを落ち着かせようとする。

――だが、力也は再びミルの笑顔を見てしまう。幸せに浸った、その笑顔を。

 力也の頭の中が黒い何かに食い尽くされた時……

「なんでなんだよ……ッ」

 力也の口から、意志に反した言葉が絞り出されていた。足も雪に埋もれてしまったかのように重たく、動かすことができなくなっていた。

「えっ?」

 きょとんとした顔でミルは立ち止まる。

 雪が再び強くなっていく。周りの人々は足早に家に帰っていく。

 力也は必死に口を塞ごうともがいたが、無駄だった。

「ミルは楽しい思いをしてるのに、どうして僕は辛い思いをしなくちゃいけないんだよッ」

 それは、とてもか細い叫び声だった。すぐに雪の音にかき消されてしまう。

 力也はそれでよかった。だって、今の言葉がミルに聴こえていたら……

 ミルの顔から笑顔は消えていた。その代わり、力也を心配そうに見ている。

「……何かあったの? あったなら、話して」

 だが、ミルには届いてしまっていた。

――ぷつん

 何かが切れた音がした。

 そして、力也の口から出たのは、雪を真っ黒に染めてしまいそうなほど黒く汚れた言葉だ。

「なんなんだよ! 僕のこと何にもわかってないくせに心配なんてしやがって!」

(なッ! なに言ってるんだ、僕はッ)

 自分の意志に反して、口が動いていた。

 その言葉を聴いたミルは、握りこぶしをぎゅっと握る。

「ちがっ……そんなんじゃ――」

「自分がちょっと友達と仲良くできたからって、上から目線で言うなよ! 偉そうにしやがって!」

「偉そうになんてしてないッ」

 雪にまみれて、ミルの両目から流れた涙が地面に落ちる。

 力也の胸は誰かに握られているかの如く、締め付けられていた。

 だが、口は、まるで意思を持っているかのように動く。

「だいたい、僕にもうかかわらないでくれよッ」

「なっ――」

 ミルは顔を引きつらせ、絶句する。

(やめろッ。これ以上はもう――)

 どれだけ止めようとしても、力也の口は何かに操られているかのように勝手に開く。

「――迷惑なんだよ」

 一瞬、雪が止んだように錯覚した。

 力也から吐き出されたその言葉は、一面真っ白な世界に奇妙なほど響き、二人の関係を黒く染め上げていった。

 ミルはくやしそうな顔で唇を噛み締る。

 もう、ミルの顔は涙でくちゃくちゃになっていた。

「力也の馬鹿ッ」

 ミルはそう言い残して、傘から飛び出す。雪が積もった道を何度もこけそうになりながら、それでも走って力也から離れていく。

 力也の手から自然と傘が零れ落ちていた。大量の雪が力也に降りかかる。その痛みは、まるでミルに叩かれているかのようだった。


そうして、力也が正気を取り戻した時、全ては終わっていた。


気持ちのずれ……。あらあら

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ