第九十五話
「買い物に来たのではなければ、一体どの様な用件で来たのであるか?」
「その事なんだがお前、ノーマン・イスターって人のことを知らないか?」
「ノーマン・イスター? ……確か師匠の知己にそのような名前の方がいたようないなかったような……?」
俺の質問にミストンは首を傾げて記憶を探りながら答える。
「師匠?」
「そうである。小生の師匠にして、この店の先代店主である」
ミストンの話を聞いてみると、この店はノーマンさんの冒険者時代の仲間が建てた店で、ミストンはそれを受け継いだ二代目店主らしい。
ミストンがこの店にやって来たのは五年前。当時、旅の錬金術師だったミストンは「ある噂」を聞いて王都までやって来たのだが、王都についた時点で路銀を使い果たして行き倒れてしまい、そこを先代店主に拾われたのだとか。
先代店主はミストンが後生大事に持っていた研究資料、つまりマリアの設計図を見つけると強い興味を持ち、これをきっかけに二人はすぐに意気投合。こうして先代店主はミストンを弟子兼店の従業員として迎え入れたのだが、一年もしない内に先代店主は彼に店を譲り引退することを決めたそうだ。
「………何て言うか無茶苦茶だな。いくら気に入ったと言ってもよく知らない人間に自分の店を簡単にやるか?」
俺が話を聞いた感想を言うとミストンも否定できないのか肩をすくめて苦笑した。
「まあ、それは仕方がないのであるな。師匠は商売のためではなく、自分が開発したアイテムの詳細なデータをとるためにこの店を始めたらしいので」
つまり店に買いに来た客の全てがモルモットということか。……質が悪いな、先代店主。
「ちなみにゴーマンが愛用しているあのポーションの基礎を構築したのも先代店主であるぞ」
何? あの馬鹿苦い、あるいは馬鹿辛いポーションの開発者だと? ……最ッッッッッ高に質が悪いな、先代店主!
「……………まあいい。とにかく、先代の店主がいないのであればこれはお前に渡した方がよさそうだな」
俺はノーマンさんから先代店主に渡すように言われていた手紙をポケットから取り出すとそれをミストンに渡す。
「手紙であるか? どれどれ? …………ふむ」
手紙に書かれていた文章に目を通して頷くミストン。
「何て書かれていたんだ?」
「無駄を省いたひどく簡単な文章で、師匠とノーマン殿が冒険者時代に使っていた馬車をお前達に譲れと書いているのである。……この手紙に書かれている馬車とは間違いなく『アレ』のことであろうな。ついてくるのである」
そう言うとミストンは店の奥へと入っていき、俺達も彼の後を追って店の奥へ入った。
☆
「ここである」
店の一番奥、頑丈そうな錠前が取り付けられた扉の前につくとミストンは錠前を操作しながら言った。錠前は鍵を使って開くタイプではなく、0から9の数字が書かれた複数のダイアルを操作して決められた数字を並べて開くタイプで、それを見たダンが呟く。
「アレとよく似たやつ、俺知っているッスよ」
「お前が生まれた世界にもあったのか?」
俺が聞くとダンは首を縦に振って答える。コイツが生まれた世界って本当に色々な物があるよな? 今度機会があれば詳しい話を聞いてみてもいいかもしれないな。もしかしたらその話の中に記憶の手がかりがあるかもしれないし。
ガチャン!
「開けるであるぞ」
何時ダンの話を聞こうかとを考えているとミストンが扉を開き、部屋の中に入るとそこには長年使われていなかったとは思えないほど立派な馬車と、馬車に繋がれた二頭の馬の姿があった。
「これは凄いな。この馬車、まるで新品みたいじゃないか。それに馬までいるし……。馬の飼育なんて大変だったんじゃ……ってあれ?」
馬車に近づいてよく見てみると、馬車に繋がれた二頭の馬は本物の馬ではなかった。遠目から見ると本物の馬のようだがこれは何かの金属で造られた……、
「馬の……像?」
「像ではなくゴーレムである。この馬車は二体の馬形ゴーレムに牽かれて動く、世にも珍しき魔動馬車なのである!」
ミストンは自慢気に胸を張って俺の間違いを訂正する。
魔動馬車? 馬のゴーレムに牽かれて動く馬車? そんなものがあったのか?
 




