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第八十八話

 ルークの一撃でギリアードが完全に気を失ったのを確認した俺は、階級上昇の儀式をしてもらおうとエルフの神官達に話しかけた。この魔術師のせいで時間が無駄になったからな。手早く済ませるとしよう。


「騒がせてすみませんでした。ナターシャ……このラミアの階級上昇の儀式をお願いできますか?」


「え……あ、あの、そこの袋の人はいいんですか? な、仲間? の方なんですよね?」


「あ~……姉様? ギリアード……あの袋の中の人間はどういう理屈かは分からないし、分かりたくもないが、私達エルフが近くにいると得体の知れない特殊な力を発揮するらしい。だから、その……大丈夫だと思うぞ?」


 ドン引きの表情でギリ袋を指差しながら尋ねてくるエルフの神官の一人に、イレーナが言葉を選びながら説明する。ああ、このエルフの神官ってイレーナのお姉さんだったんだ。


 それにしても良かったな、ギリアード? エルフのイレーナに名前を覚えてもらって。目を覚ましたら教えてやるとしよう。


「そ、そうなの……分かったわ。よく分からないけど分かったことにしておくわ。……………昔に来たノーマンさんは普通だったけど、人間って変わっているのね」


 イレーナの説明を聞いたエルフの神官は若干混乱した表情で頷いた後で小さく呟き、その呟きはかろうじて俺の耳に入った。


 どうしてくれるんだ、ギリアード? お前のせいでまた人間の評判が落ちたじゃないか。目を覚ましたらおぼえてろよ。


「それではナターシャさん。儀式を行いますので、魔女の姿に戻ってこの魔法陣の中央に来てください」


「分かりました」


 エルフの神官に言われてナターシャは魔女の姿に戻る……前に着ている水着の下の方とサンダルを脱ぎ始める。


『えっ!?』


 突然のナターシャの行動に神殿にいるエルフ達が目を丸くして驚く。そりゃそうだろうな。


 服(水着)を着たまま人間の姿から魔女の姿に戻ると服が破けるので先に服を脱いでおく。このナターシャの考えは分かるのだが……いくらなんでも堂々としすぎだろ? しかもこれまでに何回も「人のいない所で着替えろ」と言っても全く聞かないし……魔女には羞恥心というものがないのだろうか?


「みぎゃあああ!?」


 俺がナターシャの脱衣に額を押さえて頭痛を堪えていると、突然後ろから悲鳴が聞こえてきた。後ろを振り返ってみると、そこには両目を手で押さえて悶絶するダンと右手の指を二本立てているアルナの姿が。……何をやっているんだ?


「目が、目があぁッス! あ、アルナ!? いきなり何故俺に目潰しをするんスか!?」


「決マッテイマス。ナターシャサンノ着替エヲ見セナイタメデス」


「だったら口で言えばいいじゃないッスか! いくらなんでもあの勢いがありすぎる目潰しは反則ッスよ!?」


「コレハ躾デス。着替エヲ前ノメリニナッテミヨウトスルダン様ニハ、目ヲエグリ出スクライノ目潰シデ丁度イイノデス」


 ……本当に何をやっているんだ? 魔物を従わせる魔物使いが魔物に躾をされてどうするんだ? ほら、エルフの神官達も呆れて固まっているぞ。


『………………』


「アノ、ソロソロ儀式ヲ始メテモラッテモヨロシイデスカ?」


「えっ!? あっ、はい。分かりました」


 突然のダンとアルナのやり取りに固まっていた三人のエルフの神官達だったが、魔女の姿で魔法陣の中央に立つナターシャに呼び掛けられたことで三人とも我にかえり、足元に置いてあった角笛のような楽器を手に取った。


「儀式を始めます。ナターシャさん、目を閉じて心を落ち着けてください」


 神官の一人がそう言うと、三人の神官達は手に持った楽器を吹き始め、楽器から獣の鳴き声のような音色が聞こえてきた。


「何だ? この音は?」


「これが儀式の呪文なのじゃよ」


 俺の呟きに隣に立つ長老が説明をしてくれた。この楽器の演奏(?)が儀式の呪文だって?


「元々階級上昇の儀式とは魔物の間に伝わるもので、本来の呪文は儂ら人間の口では唱えられん言語なのじゃよ。その為、階級上昇の儀式を授けた魔物は、儂らエルフにも儀式の呪文を唱えられるようにする道具を作った。それがあの角笛じゃ」


 長老の話を聞いている間にもエルフの神官達の演奏のような呪文は進み、ナターシャが上に立つ魔法陣が光を放ち出す。魔法陣の光は徐々に強くなっていき、やがて彼女の姿を包み込んでいく。


「これは……」


「うむ。儀式が終わりに近づき、あのラミアの階級上昇が成されようとしているのじゃ。……ああ、そうそう。お主ら、目をつぶっていたほうがよいぞ?」


「え? それってどういう……うわっ!?」


 カッ!


 突然ナターシャを包み込んでいた光が弾け、視界が一瞬白く染まる! 光が収まり視界が戻ってくると、目の前には階級上昇を終えて姿が変わったナターシャが魔法陣の上に立っていた。


 外見は普段のナターシャと変わっていなかったが、両腕と胸の辺りに何匹もの蛇が絡み付いたような刺青があり、額には小さな角が二本生えている。


 それに何よりナターシャの全身から感じられる気配が今まで何倍もある! そんな彼女の姿を見て長老は満足そうに一つ頷いた。


「うむうむ。無事に儀式が成功してラミアの一つ上の階級の種族、レイミア(変幻蛇女)になれたようじゃな」


「レイミア……」


 それがナターシャの新しい種族名か。

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