第八十七話
長老の屋敷を出た俺達は、隠れ里から少し離れた場所にある石造りの古い建物に案内された。この建物は隠れ里を築いた初代族長のエルフと、エルフ達に階級上昇の儀式を教えた魔物が出会った場所らしく、隠れ里のエルフ達はここを「神殿」と呼んでいるらしい。
「ここでナターシャの階級上昇をしてくれるのですか?」
「そうじゃ。儂らは代々、この神殿で階級上昇の儀式を行っておる。さあ、入るがよい」
長老に呼ばれて俺は、肩に「人が入りそうなほど大きな袋」を担いで神殿の中に入った。神殿の中は大きな広間となっていて、広間の中央には何やら魔法陣らしきものが描かれており、神官のような服を着た三人のエルフの女性が魔法陣の回りに立っていた。
「彼女達は?」
「階級上昇の儀式を行う術者じゃ。階級上昇の儀式はこの里にとって重要なものじゃからな、祭祀を司る神官が行うことになっておる。ちなみにあの三人は儂の娘でもある」
「え? 長老さんの娘ってことは、あのエルフの神官さん達、イレーナさんのお姉さんか妹さんってことッスか?」
俺と長老の会話を横で聞いていたダンが少し驚いた様子で言う……って!?
「ばっ!? おい、ダン!」
「……あっ! し、しまったッス!」
俺は慌ててダンを叱り、ダンも自分の失言に気づいて口を塞ぐが……遅かった。
『んーー! むーーー!』
ダンの口から「エルフの神官」、「イレーナの姉か妹」という単語がでた途端、俺が肩に担いである袋……「ギリアード」が暴れだした。
ちぃっ! ギリアードの奴、もう復活しやがったか。ナターシャの麻痺の魔眼で気絶させたあと、全身をロープと鎖で何重にも縛り、目隠しと耳栓と猿ぐつわをしてから袋に押し込んだっていうのに。しかも……、
「おいアラン! お前から貰った眠り薬、全然効いていないぞ! どうなっているんだ!」
「嘘やろ!? あの眠り薬、オーガだって余裕で眠らす強力なやつやったんやで!?」
袋に押し込む直前にアランから貰った眠り薬を大量に飲ませたのに「エルフ」の単語を聞いた途端に復活するなんて……どれだけエルフが好きなんだよこの魔術師は!?
『んむーーー! むがーーーーー!!』
ブッ、ブチッ! ギギ、ギッ!
袋の中のギリアードの抵抗は次第に激しくなっていき、同時に聞き覚えのない二種類の異音が聞こえてきた。何だ? この音?
「こ、この音は……!?」
「ダン、知ってるのか?」
「片方の音は知らないッスけど、もう片方の音は……ロープを無理矢理引きちぎる音ッス!」
何だと!? ロープを無理矢理引きちぎる音!? じゃあもう片方の音は鎖を無理矢理引きちぎる音か? ロープと鎖を引きちぎろうとするだなんて、ギリアードの奴、本当に魔術師か?
俺達が袋の中のギリアードを驚愕の目で見ていると、ルークが小さく息を吐いて口を開いた。
「ギリアードのエルフ好きもここまでくれば天晴れであるな。しかしこのままではいつまでたっても儀式を始められん。……ゴーマンよ、そのギリ袋を床に下ろしてくれんか?」
「ギリ袋って……。まあ、いいけど」
ルークの言葉に従ってギリ袋を床に捨てると「むがっ!?」と、何やら抗議するような悲鳴が聞こえたが全員が無視した。ルークはギリ袋に近づくと自分の武器であるメイスを空に掲げ……、
「眠れぇぇい!」
ゴズン!
『むごっ!?』
一切の躊躇なくギリ袋の中心に降り下ろした! メイスの直撃を受けたギリ袋は「V」の字となって一、二秒固まった後、ぐったりと横になってそれから動かなくなった。
「ふむ。これでしばらくは静かになるであろう」
動かなくなったギリ袋を見て満足げに頷くルーク。普通の人間だったら重傷か、下手したら死亡すると思うのだが、今のギリアードだったら気絶程度だろうという根拠のない確信が俺達全員の胸のなかにあった。
ギリアード編(?)はあと二、三話くらいで終わる予定です。もう少しだけギリアードのウザすぎる奇行におつきあいください。




