第八十三話
「この先にブラックオーク達がいるのか……分かりやすいな」
ブラックオークの住み処を目指して森の中を歩いている最中に俺は周囲を見回して呟く。俺達は今、ブラックオークが住み処からイレーナ達の隠れ里に向かうときに使っているルートを辿っており、周囲にはブラックオーク達によって乱雑に切り払われた草木の残骸が散らばっていた。
「道でも造ったつもりなんだろうがやりたい放題だな」
「ああ、まったくだ……!」
俺と同じように草木の残骸を見ていたイレーナが苛立った表情を浮かべて吐き捨てるように言う。この森はイレーナが生まれ育った土地だから、こんな風に荒らされたら腹も立つよな。
「本当に酷いですよね、イレーナさん。やっぱりブラックオークなんて豚と同じ下等な畜生ですね。いつも泥まみれで不潔だし、頭も弱いし、そんな不快な魔物は早く始末しないと」
「あー、ギリアードさん。それはちょっと違うッスよ」
イレーナに同意するように頷きながら言うギリアードの言葉をダンが否定する。
「違う? 一体何がだい?」
「豚はオークとは違って基本的に綺麗好きな動物なんスよ? 体を泥まみれにしているのは病気を予防するための習慣だし、頭だって結構いいらしいッスよ?」
「え? そうなのかい?」
ダンの言葉にギリアードが意外そうな顔をして驚く。へぇ、そうなんだ。初めて知ったよ。
「そうッス。それに豚は食肉となって俺達の食生活を支えてくれる貴重な家畜の一つッス。それをオークなんかと一緒にするなんて豚に失礼ッスよ」
あー、確かに言われてみればそうだよな。オークの奴ら、豚の頭をしているくせに肉は臭くて軽い毒があるから食えないんだよ。その事を考えると俺達人間に被害を出さず、食肉となってくれている豚の方がオークより上な気がする。
「……それもそうだね」
「ああ、ダンの言う通りやな」
「うむ。我々の食生活を支えてくれている尊き命を無礼な魔物と同じにするのはそれこそ無礼であるな」
ギリアード、アラン、ルークも俺と同じ考えらしく深く頷いて賛成する。……ちなみにオークでも余裕で食べられるナターシャ達魔女六人は「オークも美味しいのですけどね」とか言っていたが当然無視だ。あんなのが食えるのはお前達だけだ。
「そうなのか……。ダンと言ったか? 私は豚というのを見たことがないが、お前は随分と詳しいのだな?」
イレーナが感心したように言うと、それにダンが照れたように頭をかきながら答える。
「いや、大したことないッスよ? 以前読んだ『金の匙』っていう漫画……物語に豚についての説明があって、それをそのまま言っただけッスから」
「そうなのか? だがやはり森の外から来た人間は多くのことを知っているんだな」
ダンを羨ましそうな目で見るイレーナ。そういえば彼女って、昨日もナターシャ達に王都の話を聞いていたけれど、もしかして森の外に出てみたいのか?
「そ、そうッスか? そう言われるとなんか照れるッスね。アハハ……」
「…………………………うん。本当にダンは物知りだね? 今度ボクにも色々教えてくれないかな?」
イレーナからの羨望の視線を受けてダンがまんざらでもなさそうに笑っていると、そこに笑顔を浮かべた(ただし目は笑っていない)ギリアードが近づいてきた。……いや、うん。予想はしていた。予想はしていたんだけど……。
もうヤダ。コイツ、キモい。
そう思った俺は決して悪くないだろう。
「ヒッ!? ヒイッ!? ギリアードさんの目からハイライトが消えているッス! し、師匠、助けてほしいッス!」
ギリアードの目から底知れない殺気を感じ取ったダンがこちらに逃げてきて……って!? 俺を巻き込むな! ギリアードも俺を睨むな。
「……ダン、耐えろ。これはあれだ、試練だと思え。お前が将来複数の魔女を侍らせた時、他の男から嫉妬の視線を受ける訓練だと思うんだ」
実際、俺がナターシャ達を連れて王都を歩いていると、周囲から他の男達からの嫉妬の視線が飛んでくるからな。……今のギリアードほどではないが。
「そんなのに耐えられるのはハーレム力五十三万の師匠だけッス! ハーレム力一万ちょっとの俺には無理ッス!」
森の中にダンの悲痛な叫びが響き渡った。
というよりハーレム力って何だよ?




