第七十二話
旅の準備を整えたり、嫉妬に狂ったナターシャ達に搾り取られたり、余計なことを口走ったダンを殴り倒したりしているうちに三日という時間はあっという間に過ぎていき、旅の準備を整えた俺達は早速エルフの隠れ里を目指して旅立つことにした。
「そろそろ昼か」
日の出と同時に王都を後にして、すでに太陽が空高くに昇っているが、今のところ旅は順調で道中も穏やかだった。
「……ーマン」
ふと空を見上げる。空には太陽が力強く輝き、いくつもの雲がゆっくり流れていく。
平和な風景だ。全ての世界の人々がこうやってのんびりと空を見上げていれば戦いなんて起こらないのではないだろうか?
「ゴーマン」
少し離れたところでギリアードが呼んでいる気がするが多分気のせいだろう。俺は空を見上げたまま隣にいるダンに話しかける。
「ダン。今日はよく晴れているな」
「そうッスね。雨が降る様子もないし絶好の旅日和ッスね。……あっ、あの雲、熱の風亭のホットサンドに似ていないッスか?」
ダンが空に浮かぶ雲の一つを指差す。言われてみれば確かに熱の風亭のホットサンドに形が似ている雲があった。
「そういえば熱の風亭のホットサンドなんスけど、俺が前にいた世界にも『ハンバーガー』って名前のよく似た料理があったんスよ。向こうにいた時はよくハジメ……友達と一緒に食べに行っ……」
「ゴーマン! それとダン!」
ダンの言葉を遮ってギリアードの怒声が飛んできた。会話を中断させられた俺とダンは視線をゆっくりと空からギリアードの方に向ける。
「あんたら二人共、何を呑気に空を眺めとんねん!? 今は戦闘中やぞ!」
ギリアードの隣に立っていたアランが手に持った短剣で地面に転がっているゴブリンの死体を指し示しながら言う。
そう、アランが言う通り俺達は今、少し前に三十匹くらいのゴブリンの群れに襲われて戦闘の真っ最中なのだ。……でもなぁ。
「そうは言うけどアラン? もうゴブリンのほとんどは倒したし、俺達が出なくてもいいだろ?」
「そうッスよ。それにアランさん、俺達がサボっているように言っているッスけど、俺達ちゃんとノルマは倒したッスよ?」
襲ってきたゴブリンは三十匹前後、対して俺達は十一人。一人あたり三匹ゴブリンを倒せば余裕で全滅させられる計算で、俺とダンもすでにノルマのゴブリン三匹を倒している。
「誰がお主らに戦えと言った? 拙僧らはお主らに『アレ』を止めてくれと言っておるのだ。……恐ろしいのは分かるがそろそろ現実を見よ」
同情するような顔をするルークが指差した先、そこには…………阿鼻叫喚な地獄の光景があった。
「………フフッ」
グシャアアアッ!
『ギギャアアッ!』
蛇の胴体で三匹のゴブリンを締め付けて身体中の骨を砕き、ゴブリン達の断末魔と苦痛に歪むを見て静かに笑うナターシャ。
「アハハハッ! ホラホラッ! 早ク逃ゲナイト殺シチャウヨ!」
ドガッ! ドガッ! ドガッ!
「ギッ!? ギャッ! ギャアア!」
ネズミをいたぶる猫のような嗜虐の笑みを浮かべながら、鋭い爪が生えた足で二匹のゴブリンを蹴り、その身体の肉を削っていくルピー。
「貴様貴様貴様ッ! ヨクモ私ノ鎧ヲ汚シテクレタナ!」
ザクザクザクザク!!
『………………』
買ったばかりの鎧を汚され、般若のような顔で鎧を汚した三匹のゴブリンを剣で滅多刺しにするローラ。(ゴブリン達はとうの昔に死亡)
「ふん~ふふん~ふふふん~」
ミシメキボキバキッ!
『………………!』
鼻唄まじりに三匹のゴブリンの関節を折り曲げ、花冠ならぬゴブ冠を作るステラ。
「へぇ、この魔術だとこういう反応なんだ? じゃあこの魔術だったら?」
ドゴォン! ビキィン! バチバチバチッ!
『……! ……!? ……!!』
虫を潰して遊ぶ子供のような無邪気な顔で三匹のゴブリンで攻撃魔術の実験をするテレサ。
「………」
ガガガガガガガガッ!!
マウトポジションをとって返り血を顔に受けても表情一つ変えずゴブリンに拳の豪雨を降らすアルナ。(その周囲にはミンチになったゴブリン二匹分はある挽き肉が散らばっている)
………………………………。
そこで繰り広げられていたのはまさしく六人の魔女による血の狂宴だった。
「……ダン。今日は空が綺麗だな」
「そッスね、師匠。それに色々な形をした雲があるッスね?」
「って! そうじゃないだろう二人共!?」
再び空を見上げた俺とダンの肩をギリアードが掴む。一体何をするんだギリアード? 俺達には珍しい形の雲を探すという使命があるんだから邪魔しないでくれないか?
「いいから二人共! ナターシャ達を止めてってば! いくら相手がゴブリン達といってもあれは酷すぎるよ!」
マジで!? マジで俺達にあの地獄に飛び込んでいけと!? しょ、正気かギリアード?
「い、イヤだい! イヤだい! 現実は怖いんだい!」
「い、イヤッス! イヤッス! 現実は怖いッス!」
俺とダンが止めるとナターシャ達は虐殺をすぐに止めてくれたが、その時浮かべた彼女達の拗ねた表情はメチャメチャ怖かった。
 




