第六十八話
「ほう……。これがラミア族の族長から授かった槍、『蛇骨槍・双頭の毒蛇』か」
ノーマンさんが「蛇骨槍・双頭の毒蛇」を両手で持って珍しそうに見る。
ラミア族の集落から王都に帰ってきてからすでに三日。俺達は今、ノーマンさんのお宅に来ていた。ラミア族の集落での出来事の報告と、ノーマンさんに一つ質問があったからだ。
「ええ。それをナターシャの母親、ラミア族の族長から受け取った時、言われたんです。『ナターシャはもう階級上昇できるほど強くなっている』って。ノーマンさん、セバスワンとミュンヒワンゼンってコボルトから階級上昇したんですよね? 魔物が階級上昇できる場所がどこかご存じありませんか?」
「ふむ、魔物が階級上昇できる場所か。確かに知ってはおるが……」
ノーマンさんはそこで難しい顔となって何やら考え始めた。
「あの、ノーマンさん? 一体どうかしたんですか?」
「うむ、魔物が階級上昇できる場所がどこか教えてやってもよいのじゃが……。その前にゴーマン、その場所のことは世間に話さんと約束してくれんか? あそこの住民達は世間に知られることを嫌っておるからの」
言われてみれば魔物を階級上昇させて強くする場所なんて世間に知られたら、世間がどういうか分からないからな。
「分かりました。……やっぱりギリアード達にも黙っていたほうがいいですか?」
今から一ヶ月くらい前に俺はギリアード達を連れてノーマンさんのお宅に訪れたことがあり、ノーマンさんはギリアード達の顔を思い出して苦笑を浮かべる。
「いや……あのおぬしの仲間達なら教えても大丈夫じゃろう。というか、おぬしの仲間達なら話したほうがよいじゃろうな……」
「え?」
その後、俺はノーマンさんから階級上昇できる場所がどこかを聞き、今の発言の意味を知ったのだった。
☆
「ご主人様! 早く行きましょう!」
ノーマンさんのお宅を出た後、俺達は大通りを歩いていた。先頭を歩くのはいつになく上機嫌のローラで、いつも冷静な彼女がこの様にはしゃいでいる姿はとても珍しいのだが、今日は仕方がないだろう。
何故なら今日の買い物はローラが主役なのだから。
俺達が向かった先はルイ店長の武器屋で、店に入るとルイ店長とセラディスさんか笑顔で迎えてくれた。
「やあ、ゴーマン君にローラちゃん。それに皆もいらっしゃい」
「よく来たな」
「こんにちは、ルイ店長、セラディスさん。約束の品はもうきていますか?」
「もちろんきているよ。ほら」
俺が聞くとルイ店長は店に置かれている最近作られたばかりだと分かる新品の甲冑を指差す。ただしその甲冑は人間が着るものではなく、軍馬が身につける馬用の甲冑だった。
「うわぁ……!」
馬用の甲冑を見てローラが感動の声を上げる。それもそのはず、この甲冑は以前俺がローラのためにこの店で注文した甲冑だからだ。
ローラの甲冑は基本的に馬の胴体全体を守る大きな鎖帷子で、前面には両前足の動きを阻害しない形の装甲が、背中には鞍を初めとする馬具が取り付けられていた。素人の俺から見てもその甲冑は一流の職人達が装着者、ローラのためにデザインから機能性までこだわり抜いた一級品だと分かる。
「それじゃあローラちゃん。さっそく着てみるかい?」
「はい!」
元気よくルイ店長に答えたローラはサントールの姿に戻ると、ルイ店長とセラディスさんに手伝ってもらって甲冑を身につけていく。
「格好いいじゃないか。似合っているぞ、ローラ」
甲冑を身につけたローラは軽装の女騎士のような凛々しい姿で、俺が素直な感想を言うと彼女は顔を赤くして嬉しそうに笑った。
「本当デスカ? ……ウ、嬉シイデス」
うん。馬の尻尾を振るくらい喜んでくれるのを見るとこっちまで嬉しくなってくるな。
「コンナ素敵ナ甲冑ヲ用意シテイタダイテ……。私、今日カラハゴ主人様ノ騎馬トシテモ頑張リマス!」
「………………はい?」
何やら新たな決意を誓ったローラの言葉を俺は一瞬理解できなかった。
今何て言った? 騎馬としても頑張る? ローラが馬になるってこと?
「えっと、それってどういうことだ?」
「言葉通リノ意味デス。今日カラハ私ガゴ主人様ノ『足』トナリマス。ソノタメノコノ鞍ナノデスカラ」
ローラは一度だけ自分の馬の背中にある鞍を見て当然のように答える。
確かに俺は魔物との戦いで何回かローラの背中に乗って戦ったことがあったが、これからは通常の移動時もローラの背中に乗ることになるのか?
……マジで? それなんて羞恥プレイ?
ポン。ポン。
俺が呆然としているとルイ店長とセラディスさんが肩に手を置いてきた。
「ゴーマン君。少し恥ずかしいのは分かるけど、ここはローラちゃんに乗ってあげた方がいいと思うよ?」
「ここが主人としての器の見せどころだぞ、ゴーマン」
ルイ店長とセラディスさんに言われ、その後俺はローラの背中に乗って家に帰ることにした。
その時のローラの乗り心地は……………新手の羞恥プレイを受けたような乗り心地だったとだけ言っておく。
 




