第六十六話
ポーションと回復魔術でなんとか体力を回復させて外に出ると、何故か集落中のラミア達から注目を集めた。
昨日集落に来た時からも注目は集めていたのだが、今日のラミア達の視線は昨日よりずっとギラギラしているというか、獲物を見つめる大型肉食獣のようというか、より具体的に言うと夜のナターシャ達の目によく似ていて……ぶっちゃけ物凄く怖いです。
「一体どうしたんだアイツらは?」
俺が首を傾げながら呟くと、隣を歩いていたローラが言い辛そうに口を開いた。
「イエ……、ドウヤラ昨晩私達ガ肌ヲ重ネテイル様子ヲ見ラレテイタラシクテソノセイカト……」
あー、そういうことか……。確かにあんなテントのような家だったら中の音もだだ漏れだろうし、覗こうと思ったらいくらでも覗けるよな。要するに昨晩の俺達の姿を見て発じょ……いや、欲情したと。
「ソレデ今、ナターシャガ集落中ノラミア達ニ説明ヲシニ行ッテイルトコロデス」
「説明?」
「ハイ。昨日ノアノ行為ハ相手ガゴ主人様ダカラデキタコトナノデ、他ノ人間デハ真似デキナイカラクレグレモ人間ヲ襲ワナイヨウニト……」
ナターシャには是非とも説明をがんばってもらわないと。もし俺達のせいでラミアが人間を積極的に襲うようになったら両種族に対して申し訳が立たなさすぎる。
「これは俺も話をしに行ったほうがいいのか? いや、それはそれで俺の命が危ない気も……」
どうしようかと考えていた時、不意に視界の端に妙な物が見えた気がした。気になって調べてみると集落と森の境界線、そこに数本の蜘蛛の糸のような細い糸が張り巡らされていた。
「何だこの糸?」
試しに糸の一本に指で軽く触れてみる。すると……、
カラン。カラン。
どこからか軽い音が聞こえてきた。ああ、なるほど。これは侵入者を知らせるための仕掛けか。糸に触れると糸に繋がっている木の板か動物の骨が鳴るというわけ……か……?
ババッ!
仕掛けの音がなった次の瞬間、その場にいた全てのラミアが音の鳴った場所、つまり俺達の方を凄い勢いで振り向いた。……まさかこの仕掛けって、侵入者を知らせる仕掛けじゃなくて俺を逃がさないための仕掛けなのか?
………。
……………。
…………………うん、決めた。
「………………ローラ、今すぐナターシャを呼んで来い。今すぐここから逃げ……帰るぞ」
「エ? ヨロシイノデスカ?」
いいんだよ! これ以上ここにいると本当に、真剣に命がヤバイ! 後で色々と不味いことになるかもしれないけど、後のことは後で考える!
「いいから早くナターシャを呼んでこい! 一刻も早くここから……」
「帰る、だなんて言わないでね? 折角こうして会えたんだからお話くらいしましょうよ?」
「……はい?」
声がした方を見るとそこには輝くような銀色の髪と褐色の肌が印象的な女性が立っていた。
年齢は二十代後半から三十代くらいだろうか? 格好はいくつもの首飾りや腕輪と腰に巻いた長めの薄布だけなのだが、その堂々とした態度と、体の各パーツが魔女と比べても規格外の大きさでありながらもバランスがとれたスタイルのお陰で下品には見えなかった。
顔立ちがナターシャに似ていたから彼女の姉妹かと思ったのだが、足下を見てみると蛇の下半身では人間の足だし……一体誰だ?
「え~と、誰ですか?」
「ああ、ご紹介が遅れたわね。わたくしはこのラミア族の族長。……そして貴方の僕となったラミアの母親なの」
…………………………マジですか?
☆
「ごめんなさいね。昨日留守にしちゃって。集落の近くに三百匹くらいのリザードマンの集まりがあったから、ちょっと味見に……じゃなくて偵察に行っていたから」
ナターシャの母親が笑いながら言うが、リザードマン三百匹って……ナターシャの時よりパワーアップしてないか?
「いや、それはいいんですけど……それより何で下半身が人間なんですか?」
「この足? わたくし達魔女は階級上昇したら人化の術が使えるからね。貴方と話すのだったら人間の姿の方がいいでしょ?」
人化の術。そういえばノーマンさんのセバスワンとミュンヒワンゼンも人化の術が使えるからって、俺に人化の指輪をくれたんだっけ?
「それにしても貴方、凄い匂いね。いくつもの魔女の匂いに混じって逞しい雄の匂いがしてくるわ」
「に、匂い?」
なんか昨日も似たようなことを言われなかったか? 俺?
「ええ、本当にいい匂い。……本当に美味しそう」
「……………………………………………!?」
ナターシャの母親が微笑んだ瞬間、全身に言い様のない悪寒が走った。
蛇に睨まれた蛙ってこんな感じか? 顔は笑っているんだけど目は完全に獲物を狙う獣のそれなんだけど。
「ふぅ……、残念ね。昨日リザードマン達の相手をしていなかったら貴方に相手をお願いしていたのだけど……」
三百匹のリザードマン達、本当にありがとう。お前達の尊い犠牲のお陰で助かったよ。
俺は心の中で天に召されたリザードマン達に黙祷を捧げた。
 




