第六十五話
「アノ……」
「ん?」
ナターシャの説明を聞いて「鶏が先か卵か先か」と考えていると、この集落に来て最初に出会ったラミアが三人の外見が十歳で中身は半年の幼ラミアを連れてきた。
「どうした? 俺に何か用か?」
「エエ。コノ子達ガ自分達デ作ッタ料理ヲゴーマン様ニ食ベテホシイトイウノデ。……ホラ、貴女達」
『ハイ』
三人の幼ラミアが前に出て。その内の一人が手に持っていた木のお椀を俺に差し出してきた。
「ア、アノ……。コレ、ドウゾ……」
「うん。どうもありがと……う?」
幼ラミアが差し出したお椀をありがたく受け取った俺だったが、お椀の中身を見て思わず固まった。
何故ならお椀の中に見えたのは、沼地の泥水のような真っ黒でドロドロなスープとよく分からない葉っぱ、それに羽をもいだ虫だったからだ。……アレ? 今スープ(?)の中で何かが動いた気がしたんだけど気のせいか? 気のせいだよね?
てゆーか何コレ? こんなのどう見ても人間の食べるものじゃないよね? 子供のイタズラか? それとも本当にこれがラミア族の料理なのか? 個人的には子供のイタズラであってほし……、
「中々イイ味デスワネ。貴女達、頑張リマシタネ」
子供のイタズラであってほしいと思う俺の隣で、先に俺と同じ料理(?)を一口食べたナターシャが幼ラミア達をほめていた。……そっかー。コレ、ラミア族の料理なんだー。
「人間ノ料理モ独特デ美味シイノデスガ、久シブリニ食ベル故郷ノ料理モヤハリイイモノデスワネ。ゴーマン様モ一口ドウデスカ? 美味シイデスヨ」
え!? そこで俺に話を振らないでくださいよ、ナターシャさん。マジで? マジで俺もコレ食べなきゃいけないの?
『………………』
三人の幼ラミア達が期待と不安が入り混じった瞳で俺を見てくる。これが厳ついオッサンだったら「こんなの食えるか!」と叫んで逃げ出しているのだが……、
『………………』
「…………………………いただきます」
幼ラミア達の純粋な瞳に耐え切れなくなった俺は静かにラミア族の料理を口に運んだのだった。
味については聞かないでほしい……。
☆
宴が終わると俺達は来客用に建てられた家の一つにと案内された。
「うっぷ。あ~気持ち悪い。……それにしてもやっぱりここで一晩泊まるのか。俺、生きてられるのかな?」
「ダ、大丈夫デスヨ、ゴーマン様。コノ集落ハ、サンダースヲ初メトスル十匹ノ母上ノ使イ魔ガ守ッテイマスカラ、外敵ニ襲ワレル心配ハアリマセンヨ」
床に倒れるように寝ながら命の心配をする俺にナターシャがフォローを入れてくれるが……目が泳いでいるぞ?
「いや、俺が言ってる命の危険はそういう意味じゃないからな? というか分かっているんだろ、ナターシャ?」
それに確かにこの集落はサンダースみたいな巨大な蛇が守っているんだけど、アイツらって明らかに集落の警備だけじゃなく俺達の監視も仕事だよね? 昼間外を歩いていたら思い切りこっちを見ていたし。
「あと、明日には会うナターシャの母親、ラミア族の族長も怖いんだよな。……会っていきなり襲われたらどうしよう?」
『…………………………』
この意見には誰も反論できないらしく、ナターシャを含めた全員が目をそらした。
「デモオ兄チャン。ソンナニ怖インダッタラ、コナカッタラヨカッタンジャナイノ? ト言ウヨリ今カラオ家二帰ル? ルピー達ダッタラ、アンナ蛇ヤラミア達ナンテ楽勝ダヨ?」
「イケマセン、ルピー。ソンナ事ヲシタラアノ母上ノコトデス、更ニ執念深ク、ソシテ手段ヲ選ブコトナクゴーマン様ヲ連レテコヨウトスルデショウ。最悪、ソレガ原因デ関係ノナイ人間ガ巻キ込マレルカモシレマセン。……ラミア族ノ、“蛇”魔女族ノ執念深サヲ甘ク見ナイホウガイイデスヨ?」
非常に説得力のあるご説明ありがとうございます、ナターシャさん。俺もその説明を受けたから渋々ながらもここに来ることを決めたんだが、いざ会うとなるとやっぱり怖いんだよなぁ……。
「大丈夫デス、ゴーマン様。ワタクシモコノ集落ヲ出ル前ト比ベテ強クナリマシタシ、ルピーニローラ、ステラトテレサモイマス。例エ母上ガゴーマン様ニ毒牙ヲ出ソウトシテモワタクシ達ガ守ッテミセマス」
「そ、そうか……」
そうだな、言われてみれば俺の周りにはこんなに頼りになる魔女の僕達がいるんだ。そんなに不安になることもないかもしれないな……。
☆
「気持チノイイ朝デスワネ」
「天気モイイシ、雨ガ降ッテイルト体ガ重ク感ジルンダヨネ」
「アア。太陽ノ光ガ気持チイイナ」
「…………………………オイ」
朝日を見上げながら朗らかに会話するナターシャ達に、俺は床に寝ながら呼びかけるが無視された。
「今日~ナターシャ先輩の~お母様が~来るんですね~」
「どんな方なのか少し楽しみね」
「……………………………………………………ヲイ」
再び床に寝た状態でこちらに背を向けて話す魔女五人に呼びかけると、今度は五人ともぎこちない動きでこちらを振り返った。
「お前らなぁ……。昨日の話を聞いていなかったのかよ?」
さっきから俺は床に寝ながらと言っているが、これは別に起きるののが面倒というわけじゃない。……起きれないんだよ! 昨晩、この魔女五人に搾り取られて起き上がる体力すら残っていないんだよ!
「分かっているのか? 今日、ラミア族の族長に会うんだぞ? こんな状態でもし襲われでもしたらいくら俺でも本当に死ぬ自信があるぞ」
昨日、俺をラミア族の族長の毒牙から守るって言っておいて、自分達が俺に毒牙を出すなんてどういうつもりだよ!?
『ゴ、ゴメンナサイ……』
揃って頭を下げて申し訳なさそうに謝る魔女五人。
はぁ……。あーもー、何で俺が危険だと分かっていながらこのラミアの集落にのこのこ来たのか分かったよ。
ラミアの集落に行っても行かなくても夜に搾り取られて命がヤバイのは同じだって心のどこかで開き直っていたからなんだ。違いがあるとしたら、ナターシャ達に搾り取られるかラミア族の族長に搾り取られるかの違いだけだもんな……。
……まぁ、そんなことを言いながらも毎回毎回調子にのってしまう俺も悪いんだけどな。




