第六十二話
次の日。俺達はサンダースの案内でラミアの集落に向かっていた。
「集落ニ帰ルノモ久シブリデスワネ」
「………………そうか。それはよかったな」
久々の帰郷が嬉しいのか表情が明るくて足取りが軽いナターシャに対して、俺の表情は死人のように青ざめていて足取りは鉛のように重かった。
だってさぁ、これから行くラミアの集落ってナターシャの故郷なんだぜ? ナターシャみたいなラミアが何十人もいるんだぜ? 向こうについたら俺にどんな運命が待っているか余裕で想像……いや、予知できる。
今まで辛うじて命の危機を逃れてきた俺だが今回こそ死ぬかもしれん。
「ゴーマン様、ソンナ不安ソウナオ顔ヲシナイデクダサイ。集落ニツイテモトッテ食ベラレタリシマセンカラ」
ナターシャ……。今までのお前の行いを考えるとその言葉、全然信用できないからな?
ちなみにラミアの集落へ向かうメンバーは俺とナターシャとサンダース、そこにルピー、ローラ、ステラ、テレサを加えた六人と一匹だ。他の仲間達は色々と理屈をこねていたが要約すると「死にたくない」という理由で留守番をしている。
行きたくない気持ちは痛いくらいに分かるが、それでも薄情な留守番組に「後で覚えていろよ……」と怨み言を残した俺は悪くないと思う。
「安心シテ。オ兄チャンニハ、ルピーガツイテイルヨ」
「エエ、ゴ主人様ノ貞操ハ、コノローラガ守リマス」
「私もいますから~きっと大丈夫ですよ~」
「そうですよ。それに危なくなったらすぐに逃げちゃいましょう」
ルピーの言葉を皮切りにローラ、ステラ、テレサが口々に励ましてくれて、彼女達の優しさが心にしみる。
……でも何故だろう? こんなに頼りになる魔女の僕達が周りにいるというのに嫌な予感というか胸騒ぎがおさまらないんだけど。
☆
ラミアの集落は王都から南に二日歩いたところにある森の中にあった。位置的には以前、あのワガママ貴族イメルダのニセ依頼で訪れた遺跡のすぐ近くにある。
「魔女の集落って案外人里に近くにあるんだな。俺はもっとこう、人が滅多に立ち寄らない山奥とかにあるものだと思っていたんだが」
こんなところにラミアの集落があったら、今までにラミアが発見されたという噂が出てもおかしくないと思うんだが……。
「イエ、ワタクシ達ラミア族ダケデナク、魔女ハ決マッタ場所デ暮ラサズ大陸中ヲ移動シナガラ生活ヲシテイルノデス」
俺の呟きを聞いたナターシャがすかさず疑問に答えてくれた。なるほどな、そういえば魔女は人間だけでなく魔物からも厄介者扱いされていると言っていたし、決まった場所に暮らしたら色々と面倒なことが起こるかもしれないな。
「……ドウヤラ前ニコノ場所ヲ使ッテイタノハ、ハーピー族ノヨウデスワネ」
ナターシャが周囲を注意深く観察した後に呟く。見てみればいくつかの木や岩には動物の爪痕のようなキズがあった。
「これだけで分かるのか? というかハーピー族って、ルピーの一族がここに来ていたのか?」
「ウウン。爪痕ガ全然違ウカラ、ルピートハ違ウハーピー族ダヨ。……ソッカ、最近ノッテコウイウノナンダ?」
今度はルピーが俺の疑問に答えてくれたが、彼女の視線をハーピー族の爪痕に向けられていた。いや、ルピーだけでなくナターシャ、ローラ、ステラもハーピー族の爪痕を熱心に観察していた。
「お前達、随分と熱心に見ているけど面白いのか?」
「面白イトイウワケデハナイノデスガ……最近ノ魔女ノ踊リヲ見テイルノデス」
ローラがハーピー族の爪痕から視線をそらすことなく答える。
「踊り?」
「ハイ。私達魔女ハ別ノ種族ガ使ッタ土地ニ集落ヲ作ルコトガヨクアリ、ソコデ踊リデ残サレタ足跡ヲ見ツケルト、足跡カラ踊リヲ予測シテソレヲ元ニ新タナ自分達ノ踊リヲ考エルノデス。ソレガ私達魔女ノ数少ナイ娯楽デアリ伝統ナノデス」
「そんな伝統があったのか……。あれ? でも俺、お前達の踊りなんて一度も見たことがないぞ?」
「ソ、ソレハ……。私達ハ群レカラ離レテ最近ノ踊リヲ知ラナカッタカラ……ゴ主人様ニ流行ヲ知ラナイ古イ女ト思ワレタクナクテ……」
恥ずかしそうに視線をそらしながら話すローラ。見ればナターシャ、ルピー、ステラも若干恥ずかしそうにしている。
しかし魔女にそんな伝統を兼ねた娯楽があったとは意外だった。こんなことを言っては失礼だが、俺は魔女の生活なんて狩りで食糧を得る以外は他種族の雄を搾り取っているだけだと思っていたぞ。
『……………………』
と、ありのままに自分の感想を言うとナターシャ達から苦笑い、あるいは呆れたような顔を向けられた。何故?
「ゴーマン様。イクラナンデモソレハチョット……」
「……オ兄チャンノ、エッチ」
「ゴ主人様、私達ヲナンダト思ッテイルノデスカ?」
「旦那様~女性にそんなことを言うのは~どうかと~思います~」
…………………………………………………!?
ま、まさかこの四人にエロいと注意される日がくるだなんて……! 言葉にはできないくらいの激しい屈辱と絶望が俺の心を容赦なく抉ってくる!
気がつけば俺は両手と両膝を地につけてうなだれていた。
「げ、元気を出して、あなた! 大丈夫! 私はあなたを信じているから」
「シャー……」
失意のどん底にいる俺は必死で慰めようとしてくれるテレサとサンダース。ううっ……、お前らいい奴だよなぁ……。




