第六十一話
「はぁ……」
あの後俺達はミストンからマリアを開発する苦労話やゴーレムの素晴らしさを延々と聞かされ、ようやく解放されるとすでに日が沈み始めていて夕方になろうとしていた。
「そんなため息なんかついて……。元気を出してください、あなた」
「そうですよ~。ポーションの~味の改善ができなかったのは~残念ですけど~。旦那様なら~きっと大丈夫ですよ~」
「テレサ、ステラ、別に俺はポーションの味のことで落ち込んでいるわけじゃなくて……。いや、確かにそのことでも落ち込んではいるんだが……」
ポーションの味の改善ができなかったのはショックだったが、俺が今頭を悩ませているのはミストンという新たな変態の出現のことだ。なんというかこれから先、騒動の種が増えそうで不安なんだよな……。
「それにしても~ナターシャ先輩達は~何で今日留守番をしたんでしょうか~?」
「そうね。いつもゴーマンと一緒にいるナターシャさん達にしては珍しいわね」
「ああ、あの三人か。ローラは知り合いの冒険者と剣の訓練に行っていて、ルピーは昼寝……というか二度寝。ナターシャはなんか『懐かしい匂いが近づいてくる』とか言って留守番をしてる」
あの時のナターシャは、まるで古い知り合いとの再会を楽しみにしているような顔をしていたが、そこで「匂い」というあたりやっぱり人間じゃないんだよなと思ってしまう……。
☆
「…………………………え~と、何あれ?」
「さ、さぁ……」
家に帰ってきた俺は、家の玄関前の光景に思わず呟き、隣に立つテレサも困惑した表情で首を傾げた。
「うわ~。大きな蛇さんですね~」
ステラの言う通り、玄関の前には一匹の蛇がいた。それもただの蛇ではなく全長が最低でも十メートル以上ある、大の大人でも余裕で飲み込めそうな巨大な蛇だ。
そしてその大蛇と対峙しているのは魔女の姿に戻っているナターシャ。大蛇とナターシャは「シャー、シャー」と鳴き声を交わしあっているのだが……これは会話をしているのか?
「お、おい。ナターシャ?」
「ア、コレハゴーマン様。オ帰リナサイマセ」
「……その蛇は一体何だ? お前の知り合いか?」
「ハイ。彼ハ母上ノ『使い魔』デ名前ハサンダーストイイマス」
サンダースとな? 蛇のくせに随分とカッコいい名前じゃないかって……使い魔?
「ナターシャ、使い魔って何だ?」
「チカラノアル魔女ハ、自分ト存在ガ近イ動物ニチカラヲ分ケ与エルコトデソノ動物ヲ自分ノ従者トシテ使役スルコトガデキマス。ソレヲ『使い魔』トイイマス。サンダースハ今日、母上ノ伝言ヲ伝エニキテクレタノデス」
「そうか。それで何て伝言だったんだ?」
聞くとナターシャは一旦俺から視線をそらして言いづらそうに口を開く。
「ソレガ……ワタクシガゴーマン様ノ奴隷トナッタコトガ母上ニ知ラレテシマッタラシクテ、一度ゴーマン様ト一緒ニ集落ニクルヨウニト……」
「それじゃあな、ナターシャ。お土産、楽しみにしているよ」
スタスタスタ! ……ガッ!
話を途中で切り上げて家の中に入ろうとすると、背後からナターシャに羽交い締めにされた。
「ゴーマン様! オ待チニナッテクダサイ! 一緒ニ行ッテクダサラナイノデスカ!?」
「行くわけないだろ!? ラミアの集落ってことはお前の母親や姉妹が何十人もいるんだろ!? そんなところに男の俺が行ったら、もうオチが見えているだろが!?」
ラミアの集落には多少の興味はあるが、行ったら俺は確実に死んでしまう! まだやりたいことがあるのに腹上死エンドなんて絶対に嫌だからな!
「ソコヲナントカ! 母上ノ、族長ノ命令ハ絶対ナノデス!」
「お前の母親、ラミア族の族長だったの!? でもそれとこれとは別だ。俺は絶対に行か……ん?」
「シャアアアアッ!」
前を見るといつの間にか回り込んでいた蛇のサンダースが牙を見せて威嚇していた。こうして間近で見ると凄い迫力あるな、サンダース。
「……なぁ、ナターシャ? このサンダースって、強いのか?」
「ソウデスネ……。オーガクライデシタラ一匹デ倒シテ丸呑ミニシテイルノヲ以前見タコトガアリマスガ……」
それってかなり強いよね? オーガを丸呑みって、もう蛇じゃないよね? もう魔物の領域だよね?
「チナミニココデ行カナケレバ、母上ハサンダースノヨウナ第二、第三ノ使イ魔ヲ送ッテキマスヨ?」
止めろぉ! そんなことをされたら、ただでさえ最低な我が家の評判が更に下がってしまう!
くっ! 行くも地獄、行かぬも地獄か! どうするよ、俺?




