第五十八話
殺人的に苦いポーションと殺人的に辛いポーションを同時に飲むという地獄の苦行を堪えきり、どうにか体力と魔力を回復させた俺は、ステラとテレサを連れて王都の大通りにある道具屋を尋ねた。この店は俺が王都に来たばかりの時にギリアード達に案内された店で、いつも飲んでいるポーションは全てこの店で買っているものだった。
毎日のように店に通い、一月に百五十本以上のポーションを買っている俺はこの店にとって一番金払いのいい常連らしく、そのせいか店に入るとすっかり顔馴染みとなった店主が話しかけてきた。
「おおっ。これはこれは我が親愛なる金づ……もとい、魔王ではないか。もうポーションが切れたのであるか?」
道具屋の店主は薄汚れたローブを羽織っている見るからに不健康そうな痩せた男で名前はミストンという。コイツこそが俺が一応愛用している(本当に不本意だが)ポーションの製作者なのだが……今、俺のことを「金づる」って呼ぼうとしなかったか?
「金づるでも魔王でもねぇよ。ポーションを買いにきたのは当たっているが……その前にミストン、もうちょっとマシなポーションは作れないのか?」
「なんと? 小生特製ポーションになにか不満でもあると? 小生特製ポーションは他の店のポーションと同じ値段でありながら『効果は二倍、不味さは五倍』と冒険者達に大変好評なのであるぞ?」
「だからその毒のような不味さに不満があるって言ってるだろ! あと不味さは五倍って、絶対好評じゃないぞ!?」
確かに回復効果が他の店のポーションの二倍あるのは認めるし、凄いと思うけどな! あの不味さはないだろ!?
このやり取りももう何回目になるかは忘れたが、今回ばかりは譲らんぞ! こっちはな、これから先いつもの体力回復用の馬鹿苦いポーションに加えて魔力回復用の馬鹿辛いポーションを飲むことになったんだ! 絶対に改善してもらうからな!
「ポーションの味を美味くしろとか無味無臭にしろとか言わないが、せめてもう少し味と臭いを薄めることはできないのか?」
「無理であるな」
即答っ!? せめて考えるそぶりくらいみせろよ!
「あの~。どうして~無理なんですか~?」
「お砂糖や蜂蜜を加えて味を変えるくらいならできるのでは?」
「ふむ……」
ステラとテレサに聞かれて少し困ったような表情を浮かべるミストン。そうだ! ここは理由を説明してもらわないと俺は納得しないからな!
「そう言われても無理なものは無理なのである。
いいであるか? ポーションというのは単なる薬草や薬を混ぜ合わせた飲み薬ではなく、そうしてできた飲み薬の成分を魔術で変質させたものなのである。小生は『飲み薬を回復効果が高いポーションに変える魔術』は知っているが、『飲み薬を味のよいポーションに変える魔術』は知らんのである。ちなみにあのポーションの不味さは小生にも予想外だったのであるぞ?
そして砂糖や蜂蜜を加える方法であるが……これは例を見せた方が早いであるな」
そう言うとミストンは懐から二つの小瓶を取り出した。
「この二つの小瓶のうち片方に入っているのは小生特製ポーションで、もう片方の小瓶に入っているのは今話題に出た砂糖である。それで砂糖をポーションに加えると……」
ミストンがポーションの小瓶のふたを開けて砂糖を入れる。すると……、
ボン☆
砂糖を入れた途端、ポーションの小瓶から紫色の煙が吹き出てきて、店内が甘ったるい臭いで充満した。ちょっ、何だよこれ!?
「見ての通り魔術によって成分が変質したポーションは砂糖を加えただけで小生らの予想を超えた反応を見せる。加えるものによってはゴーマンの求める『回復効果が高くて味のよいポーション』ができるかも知れぬが……あまりオススメはできんであるな」
「そ、そんな……」
それじゃあ俺はやっぱりあの馬鹿苦いポーションと馬鹿辛いポーションを飲み続けないといけないということか?
くっ! 半分くらい予想していたがこうして事実を突きつけられると落ち込むな……。
「まあ、小生も最近『飲み薬を回復効果が高くて味のよいポーションに変える魔術』を研究しているであるから、もう少し待ってもらいたいのである。……それでこのポーションであるが……飲むであるか?」
ミストンがすすめてきたのは先程砂糖を加えたポーションの小瓶。……おい、そのポーション、紫色の煙だけじゃなくなんか黒い泥水みたいなのもこみ上げてきてないか?
「この砂糖を加えたポーション、まだ小生も飲んだことがなくてな。意外と美味いかもしれんであるぞ? もちろんお代は結構である」
「断る!」
客を実験台にするんじゃねぇよ!




