第四話
「………」
メキメキッ!
「アアアアア……!」
ナターシャが蛇の下半身で、豚の頭と人間の体を持つ魔物、オークを二匹締め付け、全身の骨を砕かれたオーク達が断末魔の叫びをあげる。
流石ナターシャ。絞め技を使わせたら最強だな。
「よし、よくやったぞ! ナターシャ」
「油断するなよ、ゴーマン。次が来ているぞ」
ナターシャを誉める俺にギリアードが警告を飛ばす。ギリアードが指差す方を見れば、こちらに向かってくる十匹の新手のオークの姿があった。
ギリアードと出会ってからすでに一ヶ月。
俺とナターシャ、ギリアードは今、冒険者ギルドの仕事を受けてとある森にきていた。仕事の内容は最近森に出現したオークの群れを退治してほしいというもので、依頼主はこの森の近くにある小さな村の村長だ。
報告にあったオークの数は全部で二十匹前後。ここにくるまでに十匹くらいオークを倒してきたので、あのオーク達を倒せば多分仕事は終わりだろう。
「それにしても十匹か……。ギリアード、魔術で数を減らせるか?」
「任せてくれ。…………っ!」
ギリアードが目を閉じて精神を集中すると、左手にある杖が紫色の光に包まれて光の弓となった。
魔術を使うのにおいて一番大切なのは「イメージ」だ。
体内から解放された魔力がどんな形で世界に現れ、どの様な働きをするかを正確にイメージできなければ魔術は成功しない。
そして猟師の家に生まれたギリアードが一番イメージしやすい形は「弓矢」だった。
魔力を弓矢の形にして放ち、敵を射つ。それが弓矢系魔術。
まあ、全部ギリアードからの受け売りなんだけどね。
「いくよ」
バチッ! バチバチッ!
ギリアードが光の弓の弦を引くと、弦を引く手に雷の矢が出現した。
「雷群矢!」
ガガガガ!
雷の矢はオーク達にではなく空に向かって放たれ、空たかくまで昇った雷の矢は弾けて無数の落雷となり、オーク達を頭上から貫いた。雷に貫かれたオーク達は体を内部から焼かれ、悲鳴をあげる間もなく絶命する。
「相変わらずやるな……って、アレ?」
十匹のオークを全て瞬殺したかに見えたギリアードの魔術だったが、一匹だけ生き残ったオークが体から煙をあげながら立ち上がった。
「ゴアアッ!」
オークは仲間を殺し、自分をこんな目にあわせたギリアードに狙いを定めて突撃してくる。
「悪いけど行かせないぜ?」
後衛のギリアードを守るのは前衛の俺とナターシャの仕事だ。俺はオークの行く手に立ちふさがると武器を構えた。
あ、そうだ。大切なことをいい忘れてた。
俺達、この一ヶ月の間にかなりの数の仕事をこなしていて、その報酬で武器と服を新調しているんだ。
俺は白を基調にしたジャケットとズボン、そして紫色のマフラーで武器は「バトルナイフ」と呼ばれる片刃のショートソード。
ナターシャは緑色のブラジャー(最初は服を買おうとしたのだが、動き辛いのか嫌がった)とブラジャーだけじゃ寂しいので腕輪とネックレス。
見てくれ、旅を始めた頃とは比べ物にならないくらい充実したこの装備を。いやぁ、収入があるっていいなぁ!
「さあ、いく……ぜ?」
ピロロン♪
オークを迎え撃とうとしたその時、脳内にどこかで聞いた音が鳴り、同時に奇妙な感覚が俺を襲った。
この感覚をどう例えればいいのだろうか?
ちょっとしたきっかけで今まで解けなかった難問の答えに気づいたような爽快感。
重たくて動き辛い鈍重な服を脱ぎ捨てて体が一気に軽くなったような解放感。
どちらにも当てはまりそうで当てはまらない未知の感覚が俺の体を支配していた。
「ゴアオッ!」
気づけばいつの間にかオークが目の前まできていて、手に持った槍で俺の胸を突こうとしていた。しかし……、
ガキィン!
俺の右手がバトルナイフで槍の軌道をそらしてオークの攻撃を無効化する。
そのまま俺の体が蛇のような、絡み付くような動きでオークの背後回り込み、腕と足を使ってオークの四肢の動きを封じる。
オークの動きを封じると俺の右手がバトルナイフでオークの喉元を切り裂き、オークの喉元から大量の血が吹き出た。
…………って、
「…………………………はい?」
俺は喉元を切り裂かれて地面に倒れたオークを、自分が倒したはずの敵を見ながら、自分でもまぬけだと思う声を漏らした。
今の動きは意識してとった行動ではなく、完全に無意識の行動だった。俺の体が勝手に「ナターシャによく似た動き」でオークを倒したのだ。
「……ゴーマン。今の動きはなんだい?」
「………」
ギリアードが驚いた顔をして聞いてくるが、俺はその質問に答えられなかった。というか俺の方が聞きたかった。
☆
「さっきのは一体なんだったんだろうな?」
あの後、森に生き残りのオークがいないことを確認した俺達は、ひとまず休憩をとっていた。
最後のオークを倒した時の俺の動き、あれは間違いなくナターシャの動きだ。俺は今までに何度かナターシャの動きを自分の動きに取り込めないかと試したことがあったが、その度に蛇魔女の動きを人間が真似するのは困難だと思い知らされた。
「今まで出来なかったのに、何で急にお前の動きが出来るようになったんだろうな?」
「………」
横に座るナターシャにも聞いてみたが、ナターシャも分からないようで首を横にふる。すると横で聞いていたギリアードが口を開いた。
「ゴーマン。その事なんだけど、あのオークと戦っていた時に何か変わったことはなかったかい?」
「変わったこと? そういえば何か音が聞こえたような…………あっ」
思い出した! オークと戦っていた時に聞こえたあの音。ナターシャを仲間にした時に聞いたステータスの情報が更新された音だ。
「ステータス」
さっそくステータスを呼び出してそこに記されている自分の情報を見てみる。
【名前】 ゴーマン・バレム
【種族】 ヒューマン
【性別】 男
【戦種】 魔物使い
【才能】 20/20
【生命】 1000/1000
【魔力】 200/200
【筋力】 100
【敏捷】 100
【器用】 100
【精神】 100
【幸運】 100
【装備】 バトルナイフ、冒険者の服(白)、旅人のマフラー(紫)
【技能】 才能限界上昇、自己流習得、蛇魔女の主、蛇魔女流体術
やっぱり。ステータスを見ると【技能】のところに「蛇魔女流体術」という初めて見る技能が追加されていた。
「『蛇魔女流体術』……? あの時の動きはこの技能のせいか。それにしても何でいきなり新しい技能が?」
「さあね。技能の詳細情報を見たら分かるんじゃないかな?」
「詳細情報?」
俺が聞き返すとギリアードは一瞬首をかしげたが、すぐに納得の表情になる。
「ああそうか、ゴーマンはステータスの詳しい使い方を知らないのか。……いいかい? このステータスは本当に便利なもので、これには本人ですら把握していない情報も細かに記されているんだよ。例えばホラ……」
そこまで言ってギリアードが俺のステータスに記されている【技能】の文字を指で触れると、ステータスの画面が別の画面に変わった。
「今のこのステータスの画面は、ゴーマンの技能の詳細を記している。ステータスにはこういう機能もあるんだよ」
「へえ……」
なるほど、それは確かに便利だな。画面が変わったステータスにはいくつかの文章が記されていた。
【才能限界上昇】
レアリティ:☆☆☆☆☆☆☆☆★★
修得条件 :???
「己の限界を破り、更なる高みを目指すことができる天に選ばれた人間にのみ与えられる才能。 現在の才能が限界値に達していた場合、一定の確率で限界値を《3》上昇させる。」
【自己流習得】
レアリティ:☆☆☆☆☆☆☆★★★
修得条件 :???
「他者の技法を見ただけで自分のものとできる驚異の才能。味方、敵の戦闘技術や魔術を低確率で修得できる。」
【蛇魔女の主】
レアリティ:☆☆☆☆☆★★★★★
修得条件 :蛇魔女族の魔物を仲間にする。
「《契約の儀式》によって力を示し、蛇魔女を従えた者に与えられる異能。自分の視界に仲間にした蛇魔女族の魔物がいた場合、その蛇魔女族の魔物の全能力を1割上げる。」
【蛇魔女流体術】
レアリティ:☆☆☆☆☆★★★★★
修得条件 :《自己流習得》がある状態で蛇魔女の戦いを目撃する。
「蛇魔女の戦いにおける独特な動きを再現した戦闘技術。この技能を持つ者は常時回避成功率と反撃発生率が2割上がる」
「…………」
「…………」
俺とギリアードはステータスに記された技能の説明文を読んでしばらく無言だった。
どうやら俺が戦闘中に新しい技能を得たのは、最初から持っていたこの「自己流習得」という技能のお陰らしい。
何て言うか俺の技能って、かなり使えそうなやつばかりじゃね? というか最初の二つなんて「天に選ばれた人間に……」とか「驚異の……」っていかにも凄そうな説明文がついてるじゃん。
「なあ、ギリアード。この技能のレアリティって高いものほど手に入りにくいのか?」
「もちろんさ。レアリティが『7』や『8』の技能を持っている冒険者なんて僕は知らない。……どうやらキミに目をつけたボクの人を見る目は正しかったようだね。キミのような将来有望な冒険者に出会えたなんて、ボクはとても幸運だったようだ」
いや、ギリアードよ。そこまで持ち上げられると流石に照れてくるんだけど。
「これからもよろしく頼むよ。ゴーマン」
「ああ、こちらこそな。ギリアード」
どちらとも先に右手を差し出して握手をする俺とギリアード。
その後。俺達は森から出て依頼主がいる村に行き、オーク達を全て退治したことを報告して、無事仕事を終わらせた。