第五十四話
「さて……。これは一体どうしたらいいんスかね?」
「ダン様……」
ルピーちゃん達が去った後、地面に転がっている気絶したジャックくん達をどうしようかと考えていると、後ろからさっきまで気絶していたアルナが話しかけてきたッス。
「おお、アルナ。気がついたんスね?」
「ハイ。御心配ヲオカケシテスミマセンデシタ。ソレヨリダン様。面倒ゴトニ巻キ込マレル前ニ、コノ場ヲ離レタホウガヨロシイノデハ?」
一部始終を見ていたアルナの忠告。確かにこんな阿鼻叫喚な喧嘩後を衛兵に見られたら事情聴取とかで面倒なことになりそうッス。ここはひとまず逃げた方が良さそう……、
「これは一体何事だ!」
……ッスと思ったちょうどその時に、大通りから三人の部下を連れた衛兵がやって来たッス。あ~、遅かったッス。
「……ん? メイド服のワーラビット? ということはお前、魔物使いのダンだな?」
衛兵達の隊長はアルナの姿を見てすぐに俺の名前を言い当てたッス。まあ、魔女を従えた魔物使いなんて師匠と俺しかいないから当然といえば当然なんスけどね。
「あ、ハイ。そうッス」
「お前がここにいるということは……この惨状はエルフを馬鹿にされたギリアードの仕業か? それともロリコン趣味を否定されたアランの凶行か? あるいはドワーフを馬鹿にされたルークの暴行か?」
隊長さんの口からこうもスラスラと名前が出るってことはギリアードさん達、しょっちゅうこんなことをしているんスね。……何やってるんスか、あの三人?
「い、いえ、ギリアードさん達は今仕事で王都を離れているッス。これはッスね……」
もう隠し通せる雰囲気じゃなかったので隊長さんにこうなった事情を正直に話したッス。すると隊長さん、何かを考え始めたんスけど……どうしたんスかね?
「そうか……。これはあの三人の魔女の仕業か。……あの魔王ゴーマンが首謀者だったら迷うことなく捕まえているのだが……あの三人だったら仕方がない。今回だけは不問としよう」
「た、隊長。それでいいんですか?」
これは俺じゃなくて部下の衛兵の言葉ッス。でもこれには俺も同意件ッス。治安を守る衛兵がそんなんでいいんスか?
「……ケビン。お前、ルピーの姿を見るのが一番の楽しみだと前言っていたな?」
「うっ!?」
「マイケル。お前は非番の日になるとよくローラを探して後をつけていたな?」
「えっ!?」
「ジョン。お前がステラに会うとずっと顔ではなく胸を見ていたのを知っているぞ?」
「はう!?」
隊長さんの言葉にギクリとした表情となる三人の衛兵達。こ、コイツら最低すぎるッス。
「さてここでお前達に聞くが、主を思うあまりに暴走してしまった魔女達と醜い嫉妬心で同業者に危害を与えようとしたこの冒険者達。……一体どちらに非があると思う?」
『この! 冒険者達が! 全面的に悪いと思います!』
「うむ。ではここで騒ぎはなかったということで私達は巡回を続けるぞ。……ダンとやら、ここの後始末は頼んだぞ」
隊長さんは異口同音に返事をする部下達に頷くと、全ての後始末を押し付けて去っていったッス。あの隊長さんも俺達に負けず劣らずの外道ッス。
……前世のお父さん、お母さん。この世界は変態と外道と狂人ばかりッス。具体的に言うと変態三、外道三、狂人三、常人一みたいな感じッス。
☆
「ここでいいのか?」
騒ぎが起こった大通りを後にした俺達はテレサが行きたいと言った場所に来ていた。
「はい。ここです」
そこは大通りから離れたところにある小さな教会だった。教会の中は俺達以外誰もおらず、余計なものが何もないから広く感じられる。
……あれ? あの奥にある聖印って、ルークがいつも持っているやつと同じじゃないか?
「大地母神イアスを信仰する教会か」
「はい。そしてこの教会で私のお父様とお母様は結婚式を挙げたのですよ」
「そうなのか? 貴族が結婚式を行うとしたらこの教会、ちょっと小さすぎないか?」
「お父様達は本当に親しい友人のかただけを集めて結婚式を行ったらしくて、ノーマンのおじ様も参加したと聞いています。知っていましたか? 私のお父様は昔は冒険者でノーマンのおじ様とパーティーを組んでいたのですよ」
「冒険者のパーティーを? ノーマンさんと?」
ノーマンさんってテレサのお父さんとそんなに昔からの知り合いだったんだ。それに結婚式に呼ばれるくらい仲が良かったみたいだし、だから屋敷の権利書を譲られたんだろうな。
そんなことを考えているとテレサは教会の中を憧れの表情で見回した後、こちらを見てきた。
「私……お父様とお母様が結婚式を行ったこの教会で、同じように結婚式を行うのが夢だったんです。
……ですからゴーマンさん。今だけでいいですから、私の結婚式の相手になってもらえませんか?」
「……俺が相手でいいのか?」
突然の話に内心で驚きながら聞くと、テレサは顔を赤らめて小さく頷く。
「だけど俺、結婚式なんか見たことないから作法とか全く知らないぞ?」
もしここにルークがいてくれたら神父役を頼んだのだけどな……。クソッ。肝心なときにいないとは使えない神官め。
「大丈夫です。私も知りませんから。……お願いします」
テレサの言葉に頷くと、俺達はお互いに愛を誓う言葉を告げ、そして誓いのキスを交わした。
『ありがとうございます。ゴーマンさん』
キスを交わした瞬間、そんなテレサの声が聞こえた気がした……。
「……」
「ゴーマン様……」
目を開けるとテレサ……いや、ナターシャが俺を見つめていた。
「ナターシャか?」
「はい」
「……そうか」
テレサの奴、もう成仏したのか。せっかく外に出られたのだからもっと遊んでから成仏すればいいのに、欲のない奴だ。
「ゴーマン様。これは……?」
ナターシャが差し出したのは、露店商でテレサに買ってやった指輪だった。やっぱりこの指輪、ナターシャの指には大きいな。どっちかっていうと俺の指に合いそうだ。
俺はナターシャから指輪を受けとると、何となく自分の右手の人差し指にはめてみた。すると……、
でんでろでんでろでんでろでんでろで~ろ♪
……何だかとても人を不安にさせる音楽が脳内に聞こえてきた。




