第五十話
服を着た俺達は、何故か中庭にいたダンとアルナを部屋に呼ぶと、テレサを囲む形で座って彼女と話をすることにしたのだが……。
「ダン、何でお前そんなにボロボロなんだ?」
何故かダンはまるで全身に激しい打撃を受けたような満身創痍な状態で、特に顔は原型が見えないくらいに腫れ上がっていた。最初見たときは一瞬誰だか分からなかったぞ?
「……」
「……び、びえ。じょっど……あ、アルば、どっ、どっぐんぼ……」
額に青筋を浮かべながら無言を貫いているアルナの横で、顔を膨らましたダンが苦労しながら口を開く。うん、何を言っているのかさっぱり分からん。
まあ大方、いつものようにダンが馬鹿なことをやろうとしてアルナに肉体言語でたっぷりと説教をされたといったところだろう。まったく、懲りない男だ。
俺はダンに「顔にかけておけ」と言ってポーションを渡すと、テレサに視線を向けた。
「それでテレサ。君にいくつか聞きたいことがあるんだけど、まず最初に君がこの屋敷に出る噂の幽霊なんだよな?」
『あ、はい。この屋敷にいる幽霊は私だけですから、多分そうです』
俺が聞くとテレサは案外素直に答えてくれた。改めて彼女の姿を見ると、やはり体が半透明で足が消えていた。それにあの泣いた時の部屋中の家具を動かした力って、魔術とは少し違うよな。
……あっ。そういえば昔読んだ魔物使いの書にこんな魔女のことが書かれていなかったか?
「テレサ。君はバンシー(告死霊女)なのか?」
バンシーとは未練を残して死んだ女性の幽霊が、成仏できないまま現世をさ迷っているうちに魔物となった魔女のことだ。生物の死を感知する予知能力を持つことから「告死霊女」と呼ばれていて、それとは別に彼女達の泣き声には特別な力が宿っていると、魔物使いの書に書かれていた気がする。
「いつだったかノーマンさんがバンシーと出会ったって話をしていたけど、それってもしかして君のことだったのかな?」
『え? おじ様のことをご存知なのですか?』
俺がノーマンさんの名前を口にするとテレサが驚いた顔でこちらを見てきた。やっぱりノーマンさんが会ったっていうバンシーは彼女のことみたいだな。
「ああ、ノーマンさんのことはよく知っているよ。……実はここにきたのはノーマンさんの紹介なんだ。俺達は住む家を探していてそのことをノーマンさんに相談したら、この屋敷にいる幽霊……つまり君を成仏させたら屋敷を譲るって、言われて……」
気まずいと思いながらもこの屋敷にきた理由を話すとテレサは別に怒ったりも絶望したりもせず、ただ「そうですか……」と呟いた後、ぽつぽつと話始める。
『私だって本当は分かっているんです……死んだ人間がいつまでも成仏せずに残っているなんておかしいって……。この屋敷だって死んでしまった私のものじゃないってことも分かっています。
……でも! それでも私はこうしてここに残っているんです! この屋敷は私が生まれ育って死んだ居場所なんです! だから私は、私が亡き後この屋敷を横取りしようとする人や遊び気分で土足で入ってくる人を脅かして追い払ってきたんです』
「……そうだな。誰だって自分の居場所を荒らされたら気にくわないからな。君の気持ちは分かる。まあ、別に脅かすくらいなら別に構わないだろ」
『ありがとうございます。……あなたには効果はありませんでしたけど』
テレサの話に頷いて賛成していると何故かジト目で睨まれた。何故だ?
『何故睨まれているか分からないって顔していますね? だってあなた、全然怖がってくれなかったじゃないですか。私が頑張って怪奇音をだしても知らん顔だし、食器と家具を飛ばしても叩き落とすし、壁から手を出して脅かそうとしたら槍で壁の中にいる私を刺そうとするし……! あれ、本当に怖かったんですよ! もう一回死んじゃうと思ったんですよ!』
「あ~。分かる。分かるッス。やっぱり幽霊さんから見ても師匠ってば異常だったんスね」
もうすっかり回復したダンがテレサの方を見て何回も頷く。昼間はあんなに怖がっていたくせに今は幽霊のテレサを前にしても全く怖がらないとは、思ったより順応が早いなコイツ?
『……話がそれてしまいましたね。とにかく、そんなある日にノーマンのおじ様が、お父様が遺したこの屋敷の権利書を持って私の前に現れたのです。おじ様は私を退治しようとせず、気がすむまでいつまでもここにいていいと言ってくれて、そして「いつかお前を退治ではなく成仏させられる者を見つけたらここによこす」と約束してくれたのです。そしてそれが……』
「俺、ってことか?」
俺が聞くとテレサは僅かに頬を赤らめて無言で頷いた。
ノーマンさんの気持ちは分かる。確かに死んだ知り合いの娘が成仏できずに幽霊になっていたら、成仏する手助けをしたいと思うだろう。しかし……。
「……しかし、何だか俺って魔女関係のトラブルの専門家みたいに思われていないか?」
「いやいや師匠? みたい、じゃなくて師匠は魔女関係のトラブルの専門家ッスよ? すでに四人も魔女を仲間にしているし、もう立派にその道の権威じゃないッスか?」
ダンが「今更何言ってるのコイツ?」という顔で言ってきた。お前、後で覚えてろよ。
「……まあいいか。それで? テレサ、君の未練っていうのは何なんだ? 俺達でよかったら協力するから話してくれないか?」
『あ、はい……』
顔を更に赤くしたテレサはうつむいてしばらく黙った後、意を決した表情となって俺の目を見ながら口を開いた。
『私の未練、私の願い……。それは……』




