第三話
ナターシャを仲間にした次の日。俺は朝早くに起きると、さっそく街を目指して旅立つことにした。
いまだに戻る気配がない記憶のことも含めて不安はあるけど、一応旅の準備は整えたし、道案内をしてくれる仲間もできたし多分大丈夫だろう。でもその前にやることが一つ。
「ほら、ナターシャ。おとなしくしろ」
「………」
旅に出る前に俺はナターシャに昨日見つけた古びた上着を一着着せた。
いやだってさ、今まで裸で暮らしていたナターシャは裸を見られてもなんとも思わないだろうけど、俺には刺激が強すぎるんですよ? ナターシャは若干嫌そうな顔をしていたがここは我慢してもらおう。
☆
旅の一日目はナターシャの案内で整備されていない道を途中で休憩を挟みながら進むだけで終わった。
日が沈んで夜になり俺とナターシャが野宿をしていると、二十匹くらいのゴブリンの群れが襲ってきた。ゴブリン達は木の棒などを持って武装し俺達を取り囲んでいたが、結論から言うと俺達の敵ではなかった。
数の多さは多少厄介だったが、動きは単調だしスピードもないし、攻撃を避けてカウンターで拳を叩き込めば大体一、二撃で倒せた。だがそんな俺より活躍していたのがナターシャだ。
ナターシャは流れるような動きでゴブリンの攻撃を紙一重で避けると蛇の下半身で相手を捕らえて絞め殺し、俺が一匹倒すときには二、三匹まとめて倒していた。
……ナターシャの戦い方って凄いよな。あの蛇の下半身の動きは無理だとしても、攻撃を避ける動きは真似できないかな? 今度試してみよう。
返り討ちにした二十匹のゴブリンは、今晩の夕食として食べさせてもらった。ゴブリンの肉は焼いても臭くて固かったが、それでも何もないよりマシだろう。ナターシャも問題なく食べていたし。
☆
旅に出て二日目。ただひたすらに道を歩き続け、夕方になり始めたときにようやく俺達は街に辿り着いた。
「……ま、街だ。本当に街だ! やっと着いた! ありがとうナターシャ!」
「………」
感動のあまりナターシャに抱きつくと彼女は一瞬驚いた顔をした後、小さく笑って俺の背中に手を回した。
本当にナターシャを仲間にしてよかったと思う。彼女がいなかったらきっとここには辿り着けなかっだろう。
しばらくナターシャと抱き合った後、俺は彼女と一緒に街へと入り、今後のことを考える。
記憶の手がかりを探したいけど、それより先に金を稼がないとな。今俺ってば無一文だし、このボロい服も変えたいし、なにより人らしい料理を食べたいし……。
「うわああ!?」
考え事をしながら歩いていると突然悲鳴が聞こえてきた。な、何事!?
慌てて辺りを見ると街の住民達が俺を……正確にはナターシャを見ていた。
「ま、魔物が! 魔物が街に入ってきたぞ!」「おい! 誰か冒険者を呼んでこい!」「隣にいる男は何だ? あいつも魔物なのか?」
住民達は興奮した様子で口々に叫んでおり、俺が説明する隙を与えてくれなかった。……いや、ナターシャ威嚇するなって、逆効果だから。
「ま、待ってください! 俺達は……」
「どうかしましたか?」
俺が話そうとしたその時、人混みの中から一人の女性が進み出てきた。
人混みを掻き分けて現れた女性は二十代くらいで背がかなり高く、肩まで届く髪を揺らしながら歩く姿や整った顔立ちは「綺麗」というより「格好いい」といった感じだった。服装は黒の上着とズボン。上着の上には動きやすそうな青のローブを羽織っていて、左手には短い杖が握られていた。
「あれはラミア……! どうしてこんな所に?」
ローブの女性はナターシャの姿を見て目を丸くして驚くと、次に俺に視線を向けてきた。
「……まずは初めまして。ボクの名前ギリアード・ライト。冒険者だ。いきなりだけどキミは一体何者なんだい? 魔物をつれ歩いて一体この街に何をしにきたんだい?」
「何をしにきたって言われても……。俺はただの旅人で、ナターシャ……このラミアは俺の仲間だ。俺達はこの街に危害を加えにきたわけじゃない。信じてくれ」
口調こそ丁寧だが目を細めながら聞いてくるローブの女性、ギリアードに俺はそう答えると、ステータスを呼び出して彼女に渡す。
「名前……ゴーマン・バレム。種族はヒューマンで性別は男。戦種は…………魔物使い!?」
ギリアードは俺のステータスを受け取ると記されている情報を読み上げ、戦種のところを見て驚きの声をあげた。
☆
「驚かせてしまって本当にすまなかったね」
ギリアードがにこやかに笑いながら俺とナターシャに謝罪する。
今俺達は街にある酒場にきていた。ナターシャが俺の隣、ギリアードがテーブルの反対側に座っており、周囲にはたくさんの野次馬が俺達……というかナターシャを見ていて非常にうっとうしい。
何故俺達がギリアードと酒場にきているのかというと、ステータスを見せて疑いが晴れた後、俺が魔物使いだということに興味を持ったギリアードが「疑ったお詫びに夕食を奢らせてくれないか?」と言ってきたからだ。仕方がなかったのだ。無一文の俺にただ飯を断るという選択肢はなかったのだ。
ギリアードの話によると、魔物使いというのは非常に珍しいようで実物を見るのは俺が初めてなんだとか。
これは魔物使いの書にも書かれていなかった情報なのだが、魔物を仲間にする契約の儀式(という名の決闘)では一切の魔術が使えないらしく、自分の力のみで魔物と戦わなくてはいけないとのこと。そんな危険をおかしてまで魔物を仲間にしたい物好きなんて滅多におらず、更に言えばナターシャのような人に近い姿をした魔物は強いのが多く、魔術を使わずに倒せる戦士なんてそうはいないらしい。
言われてみればナターシャってかなり強かったよな。よく勝てたよな、俺。あの時、ナターシャがあっさりと敗けを認めてくれて本当に助かった。
しばらくして運ばれてきた料理を食べたり、スプーンやフォークをうまく使えないナターシャに食べさせていると、ギリアードが俺のことを聞いてきた。別に隠すようなことなどないので聞かれるままにこれまでのことを話すと、話を聞き終えたギリアードは感心したような呆れたようなため息をついた。
「気がつけば記憶喪失の状態で一人山の中にいて、ラミア……いやナターシャを仲間にしてサバイバルをしながらここまできたか……。随分と大変な旅だったみたいだね」
「まあな。正直、ナターシャがいなかったらどこかで野垂れ死にをしていただろうな。ありがとうな、ナターシャ」
「………」
礼を言ってナターシャの頭を撫でると、ナターシャは俺の腕に両腕を絡ませて体を預けてきた。周囲に大勢の人がいる状態でこんなことをされると恥ずかしいのだが……。
ん? 今ギリアードが羨ましそうにこちらを見ていたような気がしたが……気のせいか?
「それで、キミはこれからどうするつもりなんだい?」
「とりあえずはこの街で何か仕事を探すつもりだ。このままだと生活することすらままならないからな」
「そうか……。だったら冒険者になってみないか?」
俺の言葉を聞いてギリアードが提案する。
冒険者というのは一言で言えば何でも屋の集団だ。冒険者は街にある冒険者ギルドで仕事を受けて、それを解決することで報酬を得る。
冒険者ギルドで受けられる仕事は建物の清掃から魔物の退治まで様々な種類があり、ステータスを見せて本人に疑わしいところがなければ誰でも仕事を受けられるのだ。
「冒険者か……それも悪くないな」
というより冒険者になる他に選択肢はない気がする。
「そこで、だ。これは相談なんだが……ゴーマン、ボクとパーティーを組んでみないかい?」
「何? ……どういうことだ?」
突然の提案に俺が聞くと、ギリアードは何でもないように答える。
「記憶がないキミには分からないかも知れないが、キミのステータスの能力値は非常に高いんだ。……悔しいけどボクよりもね。マトモな冒険者がキミのステータスを見たらまず間違いなくパーティーに誘うだろうね」
マジで? 俺ってばそんなに強いの?
「どうかな?」
「そう、だな……。うん、俺でよかったらよろしく頼む」
特に断る理由がなかった俺はギリアードの話に乗ることにした。見た感じ悪い人間じゃなさそうだし、そんなに悪い話ではないだろう。
「本当かい? ありがとう。これからよろしく、ゴーマン、ナターシャ」
「ああ、こちらこそ。……そうだ。ギリアードの能力値ってどれくらいなんだ? よかったらステータスを見せてくれないか?」
「構わないよ。……ステータス」
ギリアードは自分のステータスを呼び出すと俺に渡し、俺はさっそくステータスに記された情報を見る。
【名前】 ギリアード・ライト
【種族】 ヒューマン
【性別】 男
【戦種】 魔術師
【才能】 15/26
【生命】 258/258
【魔力】 210/210
【筋力】 48
【敏捷】 42
【器用】 51
【精神】 63
【幸運】 26
【装備】 魔術師の短杖、旅人のローブ(青)、冒険者の服(黒)
【技能】 弓矢系火炎魔術(2)、弓矢系氷雪魔術(2)、弓矢系疾風魔術(3)、弓矢系雷撃魔術(5)、擬体系回復魔術(3)
「これがギリアードのステータスか……ん?」
ギリアードのステータスを見ていた俺の目が一つ、気になる点を見つけた。
【性別】 男
「…………………………」
「ゴーマン? どうかしたかい?」
俺は無言でギリアードの姿を注意深く観察した。目の前で首をかしげているギリアードはどう見ても女性にしか見えず、俺はもう一度ステータスを見る。
【性別】 男
「ええっ!? ギリアード! お前、男なの!?」
驚きのあまり思わずあげてしまった俺の声が酒場中に響き渡った。