第三十九話
「さて、ここら辺で休憩しようか?」
『ハイ』
ステラを仲間にしてから三日目。俺達は王都へと帰る道の途中で昼食を兼ねた休憩をとることにした。
今日までの道のりは特に大きな問題もなく平和そのものだった。
あえて問題を上げるとすれば、夜になると必ずナターシャ達に搾り取られて死にかけたり、昼間でも油断していると押し倒されそうになることぐらい……ああ、それと今ナターシャ達が誰が俺の隣に座るかで殴りあいをしそうな空気になっているのも問題といえば問題かな?
……うん。特に大きな問題はない。
だって、こんなのはもう日常茶飯事だからね! こんなのはもう日常茶飯事だからね! 大事なことだから二回言ったぞ!(涙声)
「何度言ッタラ分カルノデスカ? ゴーマン様ノオ隣ハ、コノ第一奴隷ナターシャノ指定席デス。貴女達ハ、モウ片方二座ッテイレバイイノデス」
「ダカラ勝手二決メルナッテ言ッテルデショウガ! オ兄チャンノ隣二座ルノハ、ルピーダッテ言ッテルデショ!」
「ナターシャモルピーモイイ加減ニシロ。ゴ主人様ノ隣デ警護ヲスルノハ私ノ役目ダ」
「先輩方~落ち着いてください~。それに~私も~旦那様の隣がいいです~」
……いかん。ナターシャ達(ステラはよく分からんが)の殺気が尋常ではないほど高まってきている。このままだと殴りあいどころか殺しあいになりかねん。
「おい、お前達! それぐらいに……」
カッ!
ナターシャ達を止めるため声をかけようとしたその時、突然空が光った。何事かと思って空を見上げると、そこには太陽とは別の光の玉が浮かんでいた。
「な、何だあれは?」
思わず疑問を口にするが答えてくれる者はおらず、ナターシャ達も突然の出来事に言葉を奪われただ光の玉を見上げている。
「? 降りてくる?」
光の玉はゆっくりとした速度で下へと降りてきて、地面に落ちると光は消えてしまった。そして光の玉が落ちた場所には、一人の男が地面の上で眠っていた。
「それでコイツは誰だ?」
俺は光の玉から現れた男の姿をよく見てみる。
見たところ種族はヒューマンで、年齢は十代後半くらいだろう。髪の色は俺と同じ黒だが、肌の色は少し茶色いというか黄色く見える。
服装は白いシャツに黒い上着とズボン。見たことがないデザインだがその仕立ては恐ろしい程に丁寧で、しかも上着には金色のボタンがいくつも縦一列に縫い付けられている。……こんな服、王都の貴族だって持っていないぞ。
「……なんか、服装以外はどこにでもいる若いヒューマンの男って感じだな」
でもあんなに派手な登場をしておいてただの一般人のはずがないし……。今は寝ているからいいけど、起きたらなんか厄介ごとが起きそうな気がするんだよな。……どうしよ?
ナターシャ達の方を見ると四人とも俺と同じ考えらしく小さく頷いてくれた。
「……よし。休憩は終わりにしてそろそろ王都に戻ろうか?」
『ハイ』
「って!? 助けてくださいよ!?」
俺達が男を見捨てて王都に戻ることを決めた途端、眠っていた男が飛び起きる。
……チッ。もう起きやがったか。
☆
「え~と、助けて? くれてありがとうございました? 俺、狩谷弾っていいます」
「いや、別に助けていないから礼はいいよ。俺はゴーマン。ゴーマン・バレムだ。後ろにいるのはナターシャ、ルピー、ローラ、ステラだ。それでカリヤと言ったか? 変わった名前だな?」
「あっ、弾が名前で狩谷は名字なんです。だからここではダン・カリヤと言った方がいいんスかね?」
ダンと名乗った男が首を傾げながら訂正をいれてくる。
本人が言うにはダンは「コウベ」とい場所で暮らしていた「コウコウセイ」という身分の人間らしい。そして彼が今着ている服はコウコウセイの身分を証明する制服なんだとか。
「コウベ、か……。そんな土地、聞いたことがないな」
「でしょうね……。多分、いや間違いなくここは俺がいた世界とは別の世界だと思うっス。ナターシャさん達がその証拠っス」
ダンは俺の言葉に苦笑するとナターシャ達を見ながら言う。
「ナターシャ達が証拠? どういうことだ?」
「俺がいたところではナターシャさん達みたいなモンスター……いや、魔女と言ったっスか? とにかく魔女は空想の産物でマンガやゲーム……物語の中でしか登場しないんスよ。だけど現にナターシャさん達は俺の目の前にいる。だからここは俺のいた世界とは別の世界、少なくとも俺の知らない遠い場所だってことで間違いないんスよ」
「なるほどな」
ナターシャ達の存在そのものが、ここがダンの知らない場所である証拠か……。
そういえばこのダンって男、最初に起きた時、ナターシャ達を見て凄く驚いていたな。あれはそういう意味だったか。
「しかし……何でその異世界のコウコウセイとやらが、こんな所であんな派手な登場をしたんだ?」
「……あんなってのがどんなのかは分からないっスけど、俺ここに来る直前に自動車……ここでは鋼鉄製の馬車のようなものって言えば分かってもらえるっスか? それに轢かれたんスよ。それで『ああ、これはもう死ぬな』と思って目を閉じて、次に起きるとここにいたんスよ」
ダンは小さく身震いさせた後、遠い目をして空を見上げる。
「あの轢かれた痛みと、自分が死んでいく感覚は今でも思い出せるっスよ……。その上まさか異世界トリップを実体験できるだなんて、人生分からないものっスね?」
異世界トリップというのは、何らかの事故で主人公が見たことも聞いたこともない場所に送り込まれる様子を描く物語の総称だとダンが説明してくれた。なるほど。確かに今のダンの話はそのままそれだな。
「あの……。一つ聞きたいんスけど、ゴーマンさんって冒険者なんスよね?」
「そうだ。よく分かったな?」
俺が答えるとダンは「テンプレきた」とか何やら訳の分からないことを小声で言い、次にナターシャ達を見る。
「それでナターシャさん達はゴーマンさんの仲間なんですよね?」
「ああ、コイツらは俺が従えている魔女だ。俺は魔物使いなんでな」
「……聞いておいてなんスけど、魔物使いの冒険者で女性型の魔物ばっかり仲間にしているだなんて、どこのギャルゲー主人公っスか? …………はっ!?」
そこまで言ったところでダンは何かに気づいて目を見開いた。
「ゴーマンさん……。ゴーマンさんってもしかして、その、ナターシャさん達とエッチなことを……」
「エエ。交尾ナラ勿論行ッテオリマス。自分ノ雄ノ卵ヲ生ムノハ雌ノ使命デスカラ」
「デモ、マダ誰モオ兄チャンノ卵、生ンデイナインダヨ」
「ソウダナ。……ア、アレダケ多クシタノダカラ、ソロソロ誰カ生ンデモヨイノダガナ」
「残念ですね~。ちなみに私は~旦那様に愛してもらったのは~つい最近なんです~」
「……………………………………………!」
俺の代わりに質問に答えたナターシャ達にダンは驚愕と絶望が入り交じった表情を浮かべた。そして少しの間固まった後、ダンはとても真剣な表情を俺に向けた。
「…………ゴーマンさん。一発、いや四発殴っていいスか?」
「断る。というかなんでそうなる?」
「なんでじゃないっスよ! 何スかあんたは!? こんな美人の魔物っ娘を侍らせて毎晩エロエロなことをして、どこのエロゲー主人公っスか!? チックショウ、羨ましいなぁ! もう殺意が沸くくらい羨ましいっスよ!」
いきなりダンが般若の表情で立ち上がって握り拳を震わせる。な、何だ!? 凄い殺意を感じるぞ?
「ま、待て! とにかく落ち着け!」
「これが落ち着けるわけないだろ! いいから四発殴らせろっス!」
「だから待てと……うわあぁ!?」
般若の表情で飛びかかってきたダンは、下手な魔物よりも恐ろしく見えた。




