第三十八話
ステラを仲間にしたその日の夜。適当な場所で野宿することにした俺は、焚き火にあたりながらステラに呼び出してもらった彼女のステータスを見ていた。
【名前】 ステラ
【種族】 蛸魔女
【性別】 女
【異名】 ゴーマンの僕
【階級】 ☆☆☆☆☆★★★★★
【生命】 300/300
【魔力】 100/100
【筋力】 200
【敏捷】 10
【器用】 100
【精神】 40
【幸運】 100
【装備】 布のブラジャー(緑)、布のパンツ(青)、サンダル
【技能】 誘惑体質、水中高速移動、蛸魔女流極技
「筋力と敏捷の差が凄いな……。それに昼間の戦いとこの『蛸魔女流極技』という技能から見ても、ステラは自分から攻めずに相手が攻撃してきたところを反撃するって戦い方を得意としているみたいだな」
蛸魔女流極技とは一体何だとステラに聞くと、自分の体で相手の体を固定してそのまま首や関節を破壊する技らしく、彼女はこの技で今までに何匹もの敵対した魔物を葬ってきたらしい。
にこやかな笑顔を浮かべたまま相手の首や関節を折り曲げて一瞬で絶命させるステラか……。いや、止めよう。想像しただけで背筋が寒くなってきた。
考えるのを止めた俺は、焚き火の向こう側で人間の姿のままの(魔女の姿だと足が遅すぎるので)ステラがナターシャ達と話しているのを見る。
「つまり~ナターシャ先輩が~旦那様の~最初の魔女なんですね~?」
「エエ、ソノ通リデスヨ。ステラ」
「ソレデルピーガ二番デ、アナタガ来ルマデローラガ最後ダッタノ」
「ウウ……確カニソウダガ、私達魔女ニ仲間ニナッタ順番ナド関係ナイ。要ハドレダケゴ主人様ノ役ニ立チ、求メラレテイルカガ問題ナノダ」
「おお~。なるほど~」
うん。今のところステラはナターシャ達三人とうまくやっているみたいだ。昼間は機嫌が悪かったルピーも、時折ステラの胸を親の仇を見るような目で睨むのを除けば、だいぶ機嫌が直ったようだな。
これだったら王都に戻るまで特に問題は起こらないだろ……、
「それじゃあ~一体誰が旦那様に~一番求められているのですか~?」
『……………………!?』
特に問題は起こらないだろうと思ったその時、ステラが言葉の爆弾を投下した。彼女の何気ない言葉に場の空気が「ビシィッ!」と音を立てて凍りつく。
……なんか嫌な予感がしてきた。
『…………………………』
さて、と……。
静まりかえった空気の中で俺はステラのステータスに再び目を向けた。しかしこれを見て改めて思ったんだけど、ウチのパーティーの魔女達って全員脳き……いや、物理攻撃系の前衛ばっかりだよね? コレって俺にもっと魔術みたいな後衛の技能を覚えろという天の意志か何かか?
ああ、それと俺は今、これからの戦いのために味方の戦力を分析しているのであって、けっして現実逃避をしている訳じゃないぞ?
「……フフ。本当、ステラハ面白イコトヲ言ウ」
場の沈黙を破り、最初に話したのはナターシャだった。
「え~? 私~面白いこと言いました~?」
「エエ。誰ガ最モゴーマン様ニ求メラレテイルカ? ソレハゴーマン様ノ第一奴隷デアルコノワタクシ、ナターシャニ決マッテイマス」
ナターシャが胸に手を当てて自慢するようにステラに言うと、やはりと言うか予想通りと言うかルピーとローラが噛みついてきた。
「ハアッ!? ナターシャ、アンタマタ何勝手ナコト言ッテンノヨ!? オ兄チャンノ一番ノ妹ハルピーニ決マッテルデショ!」
「……ナターシャ。イツカノ宿屋ノ時ハ、オ前ダケガゴ主人様ト肌ヲ重ネテイタガ今ハ違ウ。今ハ私モルピーモゴ主人様ト肌ヲ重ネテオリ、条件ハ同ジ。一番ノ家来ノ座ハ譲ラナイゾ!」
「条件ガ同ジ? ……フフ」
ローラの言葉にナターシャが余裕の笑みを浮かべる。ナターシャのあの自信は何だ?
「ルピー、ローラ。確カニ貴女達ハ、ワタクシト同ジクゴーマン様ニ肌ヲ重ネテモライ、愛サレテイマス。……デスガソレハ貴女達ガ『人間』ノ姿ノ時ダケデショウ?」
『…………!?』
「はい~?」
ナターシャの言葉にルピーとローラが息をのみ、何も分かっていないステラが首をかしげる。
「ワタクシハ人間ト魔女ノ両方ノ姿デゴーマン様ニ愛サレマシタ。今ダ人間ノ姿デナケレバ愛サレナイ貴女トハ違ウノデスヨ」
「ウググ……!」
「クッ!」
ナターシャが勝者の笑みを浮かべながら話すとルピーとローラが悔しそうにうなった後、「キッ!」と俺を睨み付けてきた。あれ? 前にもこんなことなかったか?
「お、お前ら……ど、どうしたんだ?」
何故、獲物を狙う肉食獣みたいな目で俺を見る?
何故、ステラを含めた全員が服を脱ぎながらこちらににじりよってくる?
「ゴーマン様……」
魔女四人の代表としてナターシャが口を開く。それと同時に頭の中で警鐘が鳴り響き、背中に冷や汗が流れた。
「コノヨウナ野外デ恐縮ナノデスガ、ドウカワタクシ達ニオ情ケヲ……」
「自由への逃走!」
命の危険を感じた俺は、ナターシャの言葉が終わるより前に逃げ出した! 命がかかっている場面だからだろうか? 走り出した俺はすぐに最高速度となり夜の草原を駆け抜けた。
「うおおおおおおっ!」
一体何秒、全力で走った? 十秒か? それとも五秒か? 別にそれでも構わない。なしにろ俺の敏捷は120ある! これはサントールのローラよりも高い数字で、これだけ走ればもうだいぶ距離を離しただろう。
「撒いたか!? 撒きましたか!? フハッ! フハハハハッ! 俺の逃げ足の早さは世界一ィィ!」
高笑いをしながらも俺は速度を緩めることなく走り続ける。ナターシャ達には悪いが今日だけは逃がしてもらうぜ……って、アレ?
「何で足が地面を蹴る感覚がなくなったんだ? それに何で視界が高くなっていくんだ?」
あと、左右を見るといつの間にか巨大な鳥の足みたいなのが俺の両肩を掴んでいた。何やら嫌な予感がしたので上を見るとそこには……、
「オ兄チャンハ確カニ早イケド、ルピーノ方ガ早インダカラネ♪」
俺を捕まえて空を飛ぶルピーの姿があった。……ですよねー。
「王都に帰ったら、ルークに回復魔術、いや神聖魔術だったか? 教えてもらおう……」
空を飛ぶルピーに運ばれながら俺はぼんやりと呟いた。
☆
忘れている人もいるかもしれないが、基本的に魔女と肌を重ねる行為は命の危険を伴う。
その理由は魔女と肌を重ねた雄はその一度の性交で大量の体力を、ステータスの数字でいえば【生命】を100くらい消費するからである。通常の雄ならば二度か三度魔女と肌を重ねるだけで体力が枯渇して死んでしまうだろう。
そして質が悪いことに、魔女は一度雄と肌を重ねると精神が非常に昂り、続けて更に一回が二回性交をしないと自らを抑えられないらしい。要するに一度魔女と交わった雄は高確率で死んでしまうということだ。
だからつまり……、
「ハァ、ハァ……。し、死ぬかと、思った……」
そんな魔女と、それも四人同時で肌を重ねた俺が腹上死寸前までに衰弱するのは当然のことといえた。
今日は本当に危なかった……。ステラが仲間になったのに加えて、ナターシャにプライドを刺激されたルピーとローラが張り切ったため、いつもの三倍くらい激しくて今度こそ干からびて死ぬかと思った。
「ポ、ポーションを飲まないと……」
俺は悲鳴を上げる体を無理矢理動かし、ふらつきながらも立ち上がると道具を入れている袋をあさってポーションの入った小瓶を取り出した。小瓶の蓋をはずして一気にポーションを飲むとその途端、
「……ぐっ! ゲホッ! ゴホゴホ……!」
舌に痺れるような苦味が走り、続いて口の中から鼻に思わず涙が出そうな刺激臭が広がって、おまけに強い酒を一気飲みしたみたいにのどが焼けてくる。……もう何十本もポーションを飲んでいるがこの味には全く馴れない。こんなの絶対人間が飲むものじゃないって。
「ゼェ、ハァ……。ステータス」
【名前】 ゴーマン・バレム
【種族】 ヒューマン
【性別】 男
【戦種】 魔物使い
【才能】 25/26
【生命】 289/1075
【魔力】 250/250
【筋力】 120
【敏捷】 120
【器用】 115
【精神】 115
【幸運】 115
【装備】 高品質な鋼の短槍、バトルナイフ、冒険者の服(白)、旅人のマフラー(紫)
【技能】 才能限界上昇、自己流習得、魔女難の相、蛇魔女の主、鳥魔女の主、馬魔女の主、蛸魔女の主、蛇魔女流体術、馬魔女流剣術、馬魔女流槍術、馬魔女流弓術、鳥魔女の眼、麻痺の魔眼、弓矢系疾風魔術(1)、弓矢系雷撃魔術(2)、周囲警戒、隠密行動、奇襲攻撃
ポーションを飲んだ後、ステータスを呼び出して生命が回復したかを確認する。ポーションは飲むと生命が全体の二割くらい回復するのだが、あれだけ不味い思いをして二割しか回復しないなんて割りにあわないと思う。その上ポーション一瓶で銀貨一枚もするんだぜ?
「ゴーマン様……」
「ん?」
下から声がしたので見ると、全裸の魔女の姿で地面に寝ているナターシャ達四人が俺を見上げていた。全員、頬を赤くして蕩ける表情をしていたが、俺を見上げる目は後悔と反省の色が見えた。
「……あー。別に怒ってないからそんな顔をするなって。俺だって楽しんだし怒わけないだろ?」
そう言って体を横にすると、ナターシャ達は俺の頭や手足を自分の上にもっていき、柔らかくて温かい感覚がじんわりと伝わってくる。
うわっ、気持ちいい……。これだけで今までの嫌なことが全て忘れられそうな気がするよ。
……明日は何もトラブルが起きなければいいなぁ。
そんなことを考えながら俺はゆっくりと目を閉じて眠りについた。




