第三十三話
「き、貴様らァ!」
額に青筋を浮かべたスコットが俺に向かって怒鳴る。
一瞬「死んだか?」と思ったスコット……それとイメルダだったが、結論から言うと二人とも死んでいなかった。
ナターシャ達の攻撃が当たる直前、スコットは気絶したイメルダを放り投げ、自分はその反対方向に飛び退くことでなんとか攻撃を避けたようだ。ナターシャ達の攻撃は遺跡の通路の石畳を大きく破壊していて、もし当たっていたら二人とも重傷、下手したら死んでいたな。
…………………………………………ちっ。
あっ! 今の舌打ちはスコットを倒せなかったのが残念だったからだぞ? 一応イメルダは護衛対象だから傷つけるわけにはいかないからな? ……本当デスヨ?
「こ、こっちには人質がいるって言っただろうが! 貴様ら一体何を考えてやがる!」
「スミマセン」
怒鳴るスコットに素直に謝る俺。
人質をとった誘拐犯を人質ごと攻撃したあげく、その誘拐犯に怒られる冒険者なんて俺ぐらいだろう。……攻撃したのはナターシャ達なんだけど。
「まあいい……。俺もお前とだけは決着をつけたいと思っていたから好都合だ」
「俺と? どういうことだ?」
「大したことじゃないさ。ただ俺はお前みたいな魔物を連れてヘラヘラしている奴が殺したいほど嫌いなだけさ。……お前達!」
スコットの言葉に四人の武器を持った男達が現れた。まだ仲間がいたのかよ?
「仲間を呼んだのはいいけど、そいつらで勝てると思っているのか?」
見たところ新しく現れた男達の実力はスコットの、二十回クラスの冒険者より下。数では四対五で向こうが勝っているが、戦闘力ではこちらが上だろう。
「いいや、まず勝てないだろうな。……普通にヤればな!」
スコットはそういうとイメルダやナターシャ達を無視して俺に向かって走りだし、手に持った剣で突きを放ってきた。
ガキィン!
突きを放ったスコットの剣を槍で防ぐ。この野郎、なんのためらいもなく俺の心臓を狙ってきやがった。
「………ッ! ゴーマン!」
「オ兄チャン!」
「ゴ主人様!」
俺が攻撃されたことにナターシャ達が叫び、それを見たスコットがニヤリと憎たらしい笑みを浮かべる。
「思った通りだ。やっぱりお前はあのパーティーのリーダーであると同時に弱点でもあるようだな」
「俺がパーティーの弱点? それってどういうことだ?」
武器を交えながら聞くとスコットは「簡単なことだ」といって俺がパーティーの弱点であるという理由を語り出す。
「確かにお前のパーティーは強いよ。なんせパーティーの半分が二十回クラスの冒険者と同等の魔女なんだからな。だけどその魔女達が忠誠を誓っているのはお前だけ。お前に何かがあれば魔女達は全てを捨ててお前を優先する。それがお前が弱点である理由だ」
「……なるほど」
言われてみれば確かにナターシャ達には今スコットが言った点がある。……現にさっきだって人質であるイメルダをあっさりと見捨てたし。
「だからっ!」
「くっ!?」
ガキン!
「………ッ!」
スコットが上段から勢いよく降り下ろした剣を槍で防ぐ。そしてそれを見てナターシャが息をのんだが、彼女達はスコットの仲間達に足止めをくらっていて、こちらに来たくても来れずにいた。
「ここでお前を殺さないでも大きな傷を負わせれば、あの魔女達はイメルダどころじゃなくなり、俺達はイメルダを拐ってここから逃げ出せるってわけだ。……本当は殺してやりたいがな!」
最後のほうだけ残念そうに話すスコット。その目から感じられる殺気は本物で、本当に俺を殺したいほど憎んでいることを物語っていた。
「なあ、一つ聞きたいんだけど、何でお前は俺をそこまで敵視するんだ?」
スコットと出会ったのはついこの間だし、ここまで恨まれる覚えがないんだけど?
「……うるせぇよ! そんなのお前は知らなくてもいいんだよ!」
何故かいきなり怒りだすスコット。よく分からないけど、なんかもう話をする感じじゃないな。
仕方がない。恨まれる理由くらい知りたかったんだけど……もういいや。俺は気持ちを切り替えると槍を構え直した。
「ふん! ヤル気か? お前も二十回クラスの冒険者のようだが、それは俺も同じこと。そう簡単に勝てるとは……がっ!?」
俺が槍を構え直したのを見て自分も剣を構え直したスコットが、話している途中で一瞬だけ体をけいれんさせて倒れる。
何が起きたか分からないという表情をしていたスコットだったが、俺の目が妖しく輝いているのを見て目を見開いた。
「お、おま……!? その、目……?」
「麻痺の魔眼。使えるのはナターシャだけとは言ってないぞ?」
今から二ヶ月前にナターシャ達のステータスを見て、ナターシャが麻痺の魔眼を使えるのを知った俺は、彼女に頼んで麻痺の魔眼を使えるよう特訓をつけてもらっていたのだ。まあ、使えるようになったのはつい最近なんだけどな。
「ひ……、卑怯、な……」
「何とでも言え」
お前も色々と抱え込んでいるみたいだが、戦いの最中に敵の過去や事情を聞いて同情したあげく苦戦して、その後で正々堂々と勝つなんて物語の中だけの話なんだよ。
生憎とここは現実。正々堂々と戦おうが卑怯な手を使おうが勝ったものが正義。隙を見せた者が容赦なく倒される真剣勝負なんだよ。
☆
「さてと……。こんなところかな?」
俺はロープで縛って身動きを封じたスコットとその仲間達を見下ろして呟いた。
敵のリーダーであるスコットさえ倒せば残りは単なる雑魚でしかなく、決着はあっさりとついた。ギリアード達の方も多分片付いていると思うし、後は皆がくるのを待つだけだ。
「これで勝ったと思うなよ!」
突然スコットがこちらを憎々しげに見上げながら叫んできた。
「俺は、俺はお前達のような魔物や魔物に肩入れするような奴なんて認めない! 見てろよ! いつか必ずやまたお前達の前に現れて、その時こそ殺してやる!」
「え、と……」
「ダッタラ、二度ト現レタクナイト思ウヨウニ痛メツケルダケ」
俺が鬼気迫る表情で叫ぶスコットに何かを言おうとしたとき、横からローラが何やら物騒なことを口にする。何をする気だ?
「………ローラ?」
「何カイイ方法ガアルノ?」
「アア、以前セシアカラ聞イタ男ヲ確実二痛メツケル方法ガアル。……ナターシャ、ルピー、チヨット耳ヲカシテ」
そう言うとローラはナターシャとルピーに何やら耳打ちする。
「………ナルホド」
「確カニソレハイイカモ」
「ジャアヤルヨ」
「「「ビスト・ロク」」」
危険な感じのする会話を済ませたナターシャ達は人化の指輪の力で人間の姿になると、スコットの方に近づいていく。
「な、何だ? 何をする気だ? この魔女どもめ」
スコットが少し怯えを含めた声で話すがナターシャ達は全く聞いておらず、三人はゆっくりと足を上げてある一点を見る。
そしてその一点とはスコットの…………股間だった。
って、ちょっ!?
「なあっ!? お前達、まさか!」
「ナターシャ! ルピー! ローラ! ちょっと待て! いや、待ってください! それだけは止めたげてぇ!」
さすがにそれはマズすぎる! 俺は慌ててナターシャ達を止めようとしたが……、
「「「せ~の!」」」
……………………………………………ぐちゃっ☆
「ぴぎゃあぁあああァアあアア、アアアアぁあぁあアアぁぁあアアア♂¥$%#&※〒@♀ーーーーーー!!」
遺跡の通路になんとも形容しがたい悲鳴が響き渡った。
……さようなら。男であったスコットよ。
☆
「ゴーマン!」
それからしばらくした後、ならず者達を倒したであろうギリアード達四人がこちらに走ってきた。
「よかった。無事にイメルダを助け出したんだね」
「……ああ、まあな」
俺は力のない笑みを浮かべてギリアードに答える。イメルダは確かに無事だよ。イメルダは、ね……。
「ゴーマン、どうしたんや? 何か顔色が悪いで?」
「それにこやつらは何だ? 恐らくスコットの仲間だと思うがひどく怯えているみたいだが……」
アランは俺の顔色を、ルークはスコットの仲間達を見て首をかしげる。スコットの仲間達は例の光景を見て顔を青くして震えており、イメルダはまだ気絶したままだった。
「スコット!? おい、スコット! ゴーマン、スコットに何があったんだ?」
スコットの変わり果てた姿を見たランディが俺の方を見てくる。
ちなみに件のスコットは、白目をむき口から泡を吹いて気絶しており…………股間は赤く染まっていた。
「あ~。それはその……」
俺はスコット達を捕まえた後、ナターシャ達がスコットの股間にある男の象徴を比喩でも何でもなく、文字通り踏み「潰し」たことを話した。
「お、お前、なんてことを……」
「魔女とはいえ三人の美女に裸足でアレを踏み潰される、か……」
「男に対してはこれ以上ない精神攻撃を兼ねた物理攻撃やな……」
「ゴーマン……。キミはなんてことをナターシャ達に命じたんだ。そんな冷酷な命令……キミは本当に『魔王』になるつもりかい?」
俺の話を聞いてランディ、ルーク、アラン、ギリアードが思いっきりドン引きして顔を青くしながら言う。もちろん四人とも内股だ。
「俺じゃない! ナターシャ達が勝手にやったんだ! 俺だって引いたんだぞ! 内股になったんだぞ!」
何なんだよコレ!? どこの世界に従えてる魔物に敵の股間を踏み潰させる主人公がいるんだよ!? 最低すぎる!
敵だけどスコットに同情を禁じ得ないよ!




