第二十八話
「ギリアード……なんか周りの俺に対する反応が酷すぎると思わないか?」
さっきから容赦のない蔑みの視線と憎悪が突き刺さってきていて……正直もう泣きたくなるレベルなんだけど。
「それは……仕方がないんじゃないかな? だってホラ」
苦笑をするギリアードが指差す方を見てみると、そこには買い物を終えてギルドにやって来たナターシャ達が冒険者達と話していた。
「な、ナターシャさん! こ、こんにちは!」
「あら、ジャックさん。こんにちは。これからお仕事ですか?」
「は、はい! そうです!」
「そうですか。頑張ってくださいね」
「はい! ありがとうございます!」
顔を赤くしてガチガチに緊張した十五、六歳くらいのまだ少年ともいえる冒険者とにこやかに挨拶をするナターシャ。
「おう、ルピー」
「あっ、ガンツのおじちゃん。久し振り」
「またそんな格好で出歩きやがって……。若い娘が肌をあまりさらすなって、前に言っただろう? 服ぐらいゴーマンに買ってもらいやがれ」
「んー……。でもルピー、この格好の方が動きやすいんだよね」
まるで娘を見るような目で話すいかつい顔をした中年の冒険者に元気のよい笑顔を見せるルピー。
「よう! ローラ!」
「ああ、セシアか。相変わらず元気そうだな」
「ははっ! 誰に言っているんだい? あたいは今から仕事なんだが、また今度剣の稽古に付き合ってくれよ」
「分かった。私でよかったら付き合うよ」
見るからに男勝りな女剣士といった感じの冒険者と楽しそうに話すローラ。
…………って、何アレ?
ナターシャ達が来た途端、ギルドが一気に明るくなった気がするんだけど? 俺なんか二ヶ月かけてようやく少しギルドの人達と打ち解けてってところなのに、何であの魔女三人は完全に打ち解けてギルドのアイドルになってるの?
「このギルドに出入りしている冒険者はボク達を含めて細かいことをあまり気にしないのばかりだからね。魔女だけど友好的で外見も良いナターシャ達はあっという間にこのギルドの人気者になったんだよ。……そしてそんなナターシャ達を一人占めにしているんだから、周りがゴーマンを嫉妬の目でみても仕方がないだろう?」
「……人気者? ナターシャ達が?」
「そう、人気者」
ギリアードの説明を聞いて俺はナターシャ達がギルドの冒険者達とよく話していたことを思い出した。
飼い主の魔物使いより人気がある魔物なんて……いや、従えている魔物より人気がない魔物使いなんてアリかよ?
「そういえばゴーマンを羨ましがるあまり、自分も契約の儀式をやって魔物使いになろうと考える冒険者が増えているって話を聞いたで」
ナターシャ達と話している冒険者達を見てアランが思い出したように話す。
「俺みたいにナターシャ達のような魔女を仲間をする気か? でも魔女ってかなり強いし、契約の儀式をしたからって必ず魔女が現れるとは限らないぞ?」
「確かにその事もあって今は契約の儀式を実行した者はおらん。しかしゴーマンのように尋常ではない魔女への情熱を持つ者がいたら実行するかもしれんぞ?」
「……マジかよ」
ルークの冷静な指摘に思わずため息が漏れた。止めてくれよ。もしそれで誰かが死んだら気まずいじゃないか。というよりルーク、俺のようにって何だよ?
「あっ、ゴーマン様」
「お兄ちゃん」
「ご主人様」
そんなことを話しているうちに俺の姿を確認したナターシャ達が駆け寄ってきてくれる。それに続いて冒険者達の敵意がこもった視線がこちらに向けられる。
(ナターシャさん達に「ご主人様」だと……ふざけやがって……!)(ゴーマンよぉ……。そいつらを悲しませたり、危険な目に遭わせたら……楽に死ねるとは夢にも思うなよ?)(女にばかり戦わせるなんて男として恥ずかしくないのか?)
…………おかしい。世の中には他人の考えていることを知る魔術があることは噂で聞いたことがあるが、魔術師でない俺にはそんな魔術は使えないはずだ。それなのに何で周りの憎悪の思念が頭の中に響いてくるんだ……!?
というかあまりの殺意に足の震えが止まらないんだけと……! 今まで気づかなかったけど、コイツらいつも俺にこんな敵意を飛ばしていたのか? 気づきたくなかったよ!
「ゴーマン様、お待たせして申し訳ありませんでした」
「い、いや、そんなに待っていないから気にするな。それより早く仕事を受けようか」
俺は容赦のない殺意を放出する冒険者達に背を向けると七人で受付に行き、職員のキールさんに話しかけた。
「キールさん。実は……」
「話ならさっきから聞いていたよ。報酬がいい仕事を探しているんだろ?」
「ああ、そうなんだよ。何かいい仕事ないかな?」
「そんな都合のいい仕事あるわけないだろ……と言いたいところだが……」
そこまで言ってキールさんが一枚の紙を取り出す。
「実はお前達を指名した仕事があるんだよ。……報酬は金貨十枚」
『金貨十枚!?』
キールさんが告げた報酬の額に俺達は思わず大声を出した。
「報酬が金貨十枚って高すぎませんか? それに俺達を指名?」
「やっぱり怪しいよな……。それにこの仕事、あのセネミー男爵令嬢が依頼主なんだよ」
セネミー男爵令嬢? ……イメルダのことか? 依頼主があの女って怪しいどころじゃないって。
セネミー男爵令嬢イメルダからの依頼。それは王都の南にある遺跡に行くのを護衛するというものだった。
依頼にある遺跡への道のりは片道一日くらいで、俺もその遺跡には一回だけ行ったことがあるが、特に何もない小さな遺跡だったはずだ。というかこれって……
「どう考えても罠だよな」
『罠だな』
俺の言葉にギリアードやナターシャ達の六人が同時に頷く。うん、やっぱりそう思うよな。
「あのイメルダという人間のことですから依頼を受けて遺跡に行くと大勢の手下が待ち構えていた、ということもあり得ます」
イメルダのことを思い出したのかナターシャが不機嫌そうに顔をしかめて言うと、同じく不機嫌な顔をしたルピーとローラが頷く。コイツらがここまで嫌悪感を表に出すのは珍しいが、俺もその意見には同意だ。
「あの女だったらそれぐらいやりそうだからな……。やっぱりこの仕事、断った方が良さそうだな」
『はい』
「そうだね。ボクもそう思うよ」
「報酬の金貨十枚ってのは魅力的やけどな」
「しかし欲に目がくらんであの非ドワーフ女の罠にはまっては意味があるまい」
俺が結論を出すと魔女三人がほぼ同時に頷きギリアード、アラン、ルーク達も賛成してくれた。しかしルーク、非ドワーフ女って何だ? ドワーフじゃない女って意味か?
「というわけでキールさん。その仕事は断らせてもらいます」
「分かった。確かに罠だと分かっていながらわざわざ飛び込んでいくなんて馬鹿のすることだからな。……ああ、そういえば今の依頼に関係があるかは知らんが、お前達に手紙が来ているぞ」
キールさんがカウンターから一枚の手紙を取り出してこちらに手渡してきた。
「手紙? 誰から?」
「ランディとかいうセネミー男爵令嬢の護衛の片割れだ。先日、今の依頼を持ってきた時にお前達に渡してくれと頼んできた」
ランディって確かあのニコニコ笑っていた中肉中背の方の護衛だったっけ? それが何で俺達に手紙を出すんだ?
気になった俺達はその場でランディを手紙を読み、そして……
「キールさん。すみませんけどイメルダの依頼、やっぱり受けます」
イメルダの依頼を受けることを決めたのだった。




