緑の月の三十日(3)「一体どうしてここに?」
「落ちつけ、ダン。とにかく用心するにこしたことはない。だから一応逃げる準備だけは……」
「どこに逃げるってんだ?」
逃げる準備だけはしておくぞ、と言おうとした時、後ろから誰かが俺達に話しかけてきた。この声ってどこかで聞いたような……いや! そんなことよりも今の話を聞かれた!?
ヤバイ! さっきまで話していた話は内容が内容なだけにこの街の人間に聞かれる訳にはいかない! こんな街中で脱出作戦なんか話していた俺も間抜けだが今は後ろにいる人物の口を封じるのが先だ!
「………!」
『………!』
仲間達に視線を向けるとそれだけで仲間達は俺の意思を汲み取ってくれて即座に行動に移ってくれた。
サササッ!
仲間達は素早く、そしてさりげない動きで俺達に声をかけてきた背後の人物を取り囲む。恐らく周囲の人間は仲間達の動きには気付いていないだろう。もし気付いた人間がいたとしても突然姿が消えたようにしか見えないはずだ。
これまでに何十人もの盗賊を騙し討ち、闇討ちして獲得した奇襲スキルがこんなところで役に立つとは思わなかった。
俺が声をかけてきた人物の正面に立ち、ナターシャが後ろに、そして残りの仲間達が周囲を取り囲む。
よし、これで準備は整った。後は眠りの魔眼でターゲットを眠らせて拉致するだけだ。もし俺が失敗しても後ろには同じ眠りの魔眼が使えるナターシャがいるからな。絶対に逃がさ……
「ちよっ!? 待て待て待て! 俺だ俺!」
眠りの魔眼を発動させようとした瞬間、身の危険を感じたのかターゲットが両手をあげて声を出す。……アレ? コイツって、確か……。
「……ランディ?」
俺が眠りの魔眼を仕掛けようとした相手は、まだ俺達がファング王国にいた時に知り合った冒険者のランディだった。うん。この山賊のようなゴツい顔は間違いなくランディだ。
「ランディさん?」
「ほんまや、ランディやんか」
「言われてみれば……」
俺に続いてギリアード、アラン、ルークも相手がランディだと気付いて警戒を緩め、ランディのことを知らない他の仲間達も俺達の様子を見て動きを止めた。
「ランディ、一体どうしてここに?」
「それはこっちの台詞だ。偶然姿を見つけて声をかけたらいきなり取り囲んでくるし……お前ら、俺に何をする気だったんだ?」
「それは勿論……」
一瞬「眠りの魔眼で眠らせて拉致した後、ミストン印の怪しい薬で今日一日の記憶を消去するつもりだった」と正直に言おうと思ったが、流石にこれはいくら知り合いでもドン引きされそうだし、ここは上手く誤魔化すことにしよう。
「勿論、何だ?」
「勿論今聞イタ話ヲ誰ニモ言ワナイデクレトオ願イスルダケデシタヨ? 本当デスヨ?」
「嘘つけ! そんな棒読みで言われても信用できるわけないだろ!」
ちっ! やはりランディ、俺達の素性を知っているだけあってそう簡単には騙されてくれないか。
『あっ! 思い出した!』
ナターシャ、ルピー、ローラの三人が突然同時にランディを指差して声をあげる。指差された当のランディはというとナターシャ達の言葉に少し傷ついたような情けない表情を浮かべていた。……まあ、それはそうだろうな。すまない、ランディ。
「おいおい。思い出した、って忘れていたのかよ? まあ思い出してくれたんだったら別にいいが……」
『確かゴーマン様(お兄ちゃん、ご主人様)より小さい人でしたわね(だったよね、でしたね)?』
「忘れろやぁ!!」
ナターシャ、ルピー、ローラの口から出た言葉に思わず大声で怒鳴るランディ。
……本当にすまない、ランディ。
 




