聖王暦八百六十年 緑の月の十二日(4)「俺達の情報を漏らさないためだよ」
「貴方、自分の役目は分かっているわね?」
「………」
テレサが自分の生み出した火の鳥に話しかけると、火の鳥は頭と思われる部分を小さく上下させて頷く。
「いい子ね。それじゃあ……行きなさい!」
「ーーーッ!」
テレサの言葉に火の鳥は叫び声をあげて応えると、そのまま空を飛び上がってまるで夜空を切り裂く流星のようにゾンビの群れに向かって飛んでいく。
「す、凄い威力だな……」
ゾンビの群れに飛び込み蹴散らしていく火の鳥の姿を見てイレーナが呆然と呟く。
火の鳥の翼や体に触れるたびにゾンビの体が灰も残さずに消滅(この場合は焼滅か?)していき、通りすぎた後に残る熱波だけでゾンビの全身が発火して動かなくなる。……一体どれだけ熱いんだよ、あの火の鳥は?
「ふふっ。そうよ、その調子……」
火の鳥がゾンビの群れを蹴散らす様子はもう戦いでもなんでもなく子供が小さな虫の群れを殺して遊んでいるようで、そんな火の鳥をテレサが怖い笑みを浮かべて見守っていたが見なかったことにしておこう。
「予想以上に呆気なかったわね。……ご苦労様」
「ーーーッ!」
十分も経たないうちにゾンビの群れは全て火の鳥に倒され、それを確認したテレサが言うと火の鳥は一度鳴いた後で光となって消えていった。
「せっかくゾンビになってリベンジしに来たのに戦うこともできずにテレサさんの魔術で蹴散らされて……。一体何しに来たんスかね? あの盗賊達は?」
盗賊団のゾンビだった燃えカスを見ながらダンがなんともいえない表情で言う。
まったくだ。戦闘の盛り上がりにかけるし、戦っても一銭の徳にもならないし、死んでも迷惑な奴らだ。
「お、おい……お前ら……」
背後から一部始終を見ていたビトが震える声でこちらに話しかけてくる。
「お前らは一体……?」
「ビトさん。脅かしてしまってすみません。詳しい説明をしますから皆を集めてもらえませんか?」
さて、残る問題は片付けるとするか。
☆
テレサがゾンビの群れを退治してから数分後。俺達は全員集まったビトの隊商の前に立っていた。
「ゴーマン。全員を集めたぞ」
「ありがとうございますビトさん。一人一人に説明するのは時間がかかるので全員に集まってもらいました」
俺達がゾンビの群れを退治したのはもう全員に広まっているようで隊商の男達が興味深そうな、あるいは恐ろしいものを見るような視線をこちらに向けている。
「それじゃあゴーマン、説明してくれ。お前達は一体何者なんだ? 何で旅芸人のお前達があんな魔術を使ってゾンビの群れを倒すことが出来たんだ?」
ビトが隊商全員の代表として質問をしてきた。
……そろそろか。ナターシャ、分かっているな?
「………」
ナターシャに視線を向けると、俺が何を言いたいのか分かっている彼女が頷く。
「それは……ナターシャ!」
「シャアアッ!」
カッ!
俺の言葉を合図にしてナターシャ前に出て、彼女の瞳が妖しい光を放つ。
「な、何だ!? 目が光っただ……と……」
突然の光景にビトが驚きの声を上げようするが、言葉の途中でビトは両目を閉じて糸が切れた操り人形のように地面に倒れる。他の隊商の男達も地面に倒れ、一人残らず眠っていた。
ナターシャが今使ったのは相手を眠らせる技能「眠りの魔眼」。一度でこの人数を眠らせることができるなんて、やっぱり魔眼系の技能って便利だよな。こんど残りの魔眼もナターシャから習おうかな?
「よし。皆、ビト達に『薬』を飲ませてくれ」
俺の言葉に仲間が地面で眠るビト達に薬を飲ませていく。この薬はテレサがゾンビ達を退治する前にミストンに用意してもらったものだ。
「あの……この薬って何なんスか?」
「これは小生が調合した薬で、人によって効き目は異なるが大体飲んだ一、二時間前の記憶を無くすのである」
ダンの疑問にミストンが誇るように胸を張って答える。いや、薬の効果は凄いしそれを作ったことを誇るのは分かるけど、薬こぼしてるぞ?
「記憶を無くす薬? 何でそんなものを?」
「決まっているだろ? 俺達の情報を漏らさないためだよ。もし俺達に注目が集まったらこれからの旅が面倒になるかもしれないからな」
「旅芸人のふりをした実力者」なんて肩書きだけでも十分厄介なのに最悪、これがきっかけになってナターシャの正体がバレたら旅先で文字通りの「魔女」狩りに遭うことなるかもしれん。
「う~ん……。言いたいことは分かるッスけど、証拠隠滅のためだけに人様の記憶を無くすって、色々とマズくないッスか? というか俺達っていつから旅芸人の一座から特殊部隊になったんスか?」
ダンが訳の分からないことを言っているが無視しておく。何とでも言え、これが俺達にとってもビト達にとっても一番いいんだよ。
 




