聖王暦八百六十年 緑の月の十二日(3)「ここで戦うことにしよう」
「おい! お前らこんな所で何をしているんだ!? もうゾンビが近くまで来ているんだぞ! 早く逃げるぞ!」
俺達が罪のなすりつけあいをしていると、ビト達が血相を変えてやって来た。そんな彼らを見て俺達は顔を見合わせて相談する。
「なあ、どうする?」
「どうするもなにもボク達で倒すしかないんじゃないかな?」
「せやな。あのゾンビ達が現れたのはワイらが原因なんやし、ワイらがなんとかするのがスジやろ」
「うむ。拙僧達の問題に他者を巻き込むのは論外であるな。それに相手がただのゾンビであるのなら倒すのはそんなに難しくはないはずである」
とりあえずギリアード、アラン、ルークの三人に意見を聞いてみると、三人共ここでゾンビを倒すつもりのようだ。
確かにあのゾンビの群れを放っておく訳にもいかないし、見たところそれほど強くなさそうだからルークの言う通り倒すのも難しくはないだろう。だとしたら残る問題は一つだけか……。
「……うん。ギリアード達の言う通りだな。それじゃあ皆、ここで戦うことにしよう。そして戦いが終わった後は……ミストン、例の薬を出しといてくれ」
「うむ。了解したのである」
「おい! さっきから何を話しているんだ! ゾンビが来ているって言っているだろ!?」
俺達がゾンビの群れと戦うことを決めて話していると、いつまでも動こうとしない俺達に業を煮やしたのかビトが怒鳴りだした。
「ビトさん達は先に逃げていてください。俺達はあのゾンビの群れと戦います」
「……………は? た、戦う? お前達が? ゾンビの群れと?」
俺の言葉にビトは何を言っているのか分からないとばかりに目を丸くする。
まあ、それが当然の反応だろう。今の俺達は旅の芸人一座という設定だ。いくら護衛を連れているとはいえ、旅の芸人達がゾンビの群れと戦うなんて何かの冗談としか思えないだろう。
だがいまだに困惑顔のビトに事情を説明をするのも面倒なので説明は後にしておこう。今はゾンビの群れを退治するのが先だ。
「テレサ。ゾンビに有効な攻撃って何か分かるか?」
「そうね……。ゾンビが相手だったらやっぱり魔術による攻撃が一番有効ね。武器で戦っても倒せるけど、その場合は念入りに死体を破壊しないと倒せないから手間がかかるって聞いたことがあるわ」
魔術による攻撃か……。この中で魔術が使えるのは俺、ギリアード、ルーク、テレサ、ミストンの五人。あと完全摸倣を使ったダンを加えたら六人。
……改めて考えたら俺達って生きている相手を騙し討ちするのは大得意だけど、真正面から魔物と戦うのはあんまり得意じゃないんだよな。
「それでここからゾンビに攻撃魔術を当てられる奴っているか?」
「この距離だとちょっと……。もう少しゾンビ達が近づいてくれたら当てられるんだけど……」
「拙僧の神聖魔術は射程が短くてな。相手が目に見える距離まで来なくては届かんな」
「小生も同様である」
俺の言葉にギリアード、ルーク、ミストンが首を横に振る。それじゃあ俺も無理か。俺が使う魔術はギリアードのコピーだからな。ギリアードの魔術が届かないのだったら俺の魔術も届かないだろう。
「テレサは?」
「私の魔術だったら大丈夫よ。ここは私は任せてもらっていいかしら?」
「ああ、頼む」
「ありがとう。丁度試してみたかった魔術があったの」
テレサは嬉しそうな表情を浮かべると、両腕を前にだして目をつぶり精神を集中させる。すると両手の先に小さな火の玉が現れ、火の玉は少しずつ大きくなっていき、やがてテレサの背丈と同じくらいの大きさとなった。
「……臣下火鳥」
バサァ!
テレサが呟くとそれと同時に火の玉が光を放って弾け、次の瞬間には彼女の前には火の玉の代わりに一羽の巨大な火の鳥の姿があった。
テレサは「擬獣系魔術」という魔術を使う。
擬獣系魔術は魔術を動物の姿で発現させる魔術で、この魔術で生み出された獣はテレサが魔力を供給するかぎりその場にあり続け、簡単な知能も持っているらしい。
そして今回テレサの魔術で生み出されたのがあの火の鳥というわけだ。
 




