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聖王暦八百六十年 緑の月の十一日(4)

「やっほー♪ ひっさしぶり~♪」


 どん! むにゅん♪


「うわっ!?」


 俺がビトと話をしていると突然後ろから誰かが抱きついてきた。この背中に感じる柔らかい感触……じゃなくてこの声は……。


「君はあの時の?」


「うん♪ また会えたねザチョーさん♪」


 振り返ってみるとそこには予想通り、この間図書館で出会った赤髪の女性がいた。そう言えば彼女ってビトの隊商に参加していたんだっけな。


「ああ、また会えたな。それで君の名前は……」


「うん♪ 次に会った時に名前を教える約束だったよね。私の名前はルージュ。ヨロシクね♪」


「ルージュか。いい名前だな。こちらこそ改めてよろしく……はぅ!?」


 ゾクゥ!


 ウィンクをして挨拶をする赤髪の女性、ルージュに挨拶を返すと背中に身に覚えがありすぎる悪寒が走った。視線がする方を見ると、これから獲物に刃を突き立てようとする暗殺者のような眼をしたナターシャ達と目があった。


 ……ヤバイな。あのナターシャ達の目、いつもよりも怒っているな。どう言っても許されないよな、あれは……。



「んん? あそこにいるのってザチョーさんのところの踊り子さん達だよね? なんか凄く怒っているみたいだけどどうして?」


「いや、それは……」


 ルージュにどう説明したらいいか考えていると、彼女の方で何かに気づいたらしく、顔を近づけて小声で話しかけてきた。


「ねぇねぇ。もしかしてあの踊り子さん達って、全員ザチョーさんの恋人なの? それで私が近づいたから嫉妬して怒っているの?」


「えっ、ああ、まぁ……」


 ルージュさん、大正解。まったくもってその通りです。


 でもそこまで分かっているならそろそろ離れてくれないか? ルージュが顔を近づけてきたあたりからナターシャ達が俺に向けて放つ殺意が洒落にならないくらい強くなっているんだけど。


「そっかー。それはちょっと悪いことをしちゃったかな? ……うん。分かった。あの踊り子さん達は

私が何とかしてあげる♪」


「ルージュがナターシャ達を? 何とかって、何をするつもりだ?」


「ふふん♪ それは後のお楽しみ♪ まあ期待していて♪」


 そう言うとルージュはナターシャ達の方に歩いていき、彼女達に話しかける。ナターシャ達は最初、

ルージュに警戒心を懐いているように見えたが、少し話すとすぐに打ち解けて笑いあうようになった。


 何だ? ここからだと何を話しているか聞こえなかったけど、ルージュの奴はナターシャ達に何を言ったんだ?


 ☆


「はい! ありがとうございした!」


『うおおおおおおおおおおっ!!』


 その日の夜。夜営の支度を済ませた俺達は、昼間にビトと約束したとおりナターシャ達の踊りを披露して見せた。ナターシャ達の踊りが終わり、俺が終わりを告げるとすっかり興奮しきったビトの隊商の男達が大声で応えてくれた。


 うん。やっぱりナターシャ達の踊りは凄い人気だな。これならしばらくは旅芸人でやっていけそうだ。


 そんなことを考えながら舞台の後片付けをしていると上機嫌なビトが話しかけてきた。


「おう、お疲れさん。いやー、いいものを見せてもらったよ。飯はこっちで用意したから食っていってくれ」


「飯を? いいんですか?」


「おうよ。踊りの見物料みたいなものだから遠慮しないで食っていってくれ」


「そういうことでしたら……。おおい、皆」


 後片付けを終えた皆を読んで俺達はビト達が用意してくれた食卓にとついた。メニューは乾燥させたパンと干し肉を戻したスープだったが、夜営の食事としては上等なものだ。


「じゃあ早速いただくとするか……って、あれ?」


「師匠、どうしたんスか? キョロキョロして」


「いや、ナターシャ達の姿が見えないなと思って。いつもだったら奪い合うように俺の隣を座ろうとするのに……」


「……それ、あまり言わない方がいいッスよ。世の男達が今のを聞いたら刺し殺されてもおかしくないッスよ」


 俺の隣に座るダンがジト目で言うが、事実そうなんだから仕方がないだろう? それにしても本当にナターシャ達は何処に行ったんだ?


「ゴーマン様」


 後ろから声がして振り返るとナターシャ、ルピー、ローラ、ステラ、テレサの俺に従う魔女達が手に皿やお椀を持って立っていた。


「ん? お前達か。一体何処に行っていたんだ?」


「はい。自分達で作った料理を取りに少し遅れました」


「自分達で? お前達、いつ料理を作っていたんだ?」


「はい。踊りを始める前にゴーマン様に食べてもらおうと皆で作っていたのです。どうかお食べになってください」


 そう言ってナターシャ達は俺の前に手に持っていた皿やお椀を置く。へぇ、ナターシャ達が俺のために手料理を……一体どんな料理……おおっ!?


「こ、これは……何だ?」


 ナターシャ達が置いた皿の中に会ったのは泥水のようなスープ、山のように盛られた虫の死骸、雑草のサラダ、カエルと水草の盛り合わせ、消し炭のような物体、といった、とても人間の食事とは思えないメニューばかりだった。……ゲテモノ耐性が高い俺でもこれを食べる勇気は流石にないぞ。


「……お前達、これは何だ?」


「私達の部族で食べている料理です。あのルージュが言うには『意中の殿方を引き留めるにはまず料理から』とのことですので、腕によりをふって作りました」


『…………………………』


 胸を張って言うナターシャ達に俺は何も言うことができなかった。横で俺達を見ている仲間達も無言だった。


(ルージュが言うには……だと? ……ん?)


「……」


 ふと気づくと遠くでルージュが手を合わせて俺に謝っていた。なるほど、ルージュはナターシャ達に簡単なアドバイスをしたつもりだったが、結果として予期せぬ大惨事になったと……。


「…………………………」


 期待に満ちた目で俺を見つめるナターシャ達。そんな彼女達の目に俺が勝てるはずもなく……。


「い、イタダキマス」


 この夜、俺の舌は死んだ。

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