聖王暦八百六十年 緑の月の十一日(1)
薬も過ぎれば毒となる。
これは快楽でも同じで、快楽も過ぎれば苦痛となる。
何事も突き詰めすぎればろくなことにならないので、程々にやるのが一番良いということを、ナターシャ達から解放された俺はしみじみと思った。
窓から外を見てみれば日はとうに沈んで夜になっていた。朝にダンが出かけると言ってきたのがもう何十時間も前のことのように感じられる。
「んっ、んっ、………ぐっ、がはっ! …………ふぅ、今回も何とか生きていられたか……」
毎度お馴染みのミストン製のポーションを一瓶飲みほしてから、今回も生きていられたことを丈夫な自分の身体に心から感謝する。ちなみに俺を死ぬ寸前まで搾り取った魔女五人は全員、ベッドの上で幸せそうに眠っていた。
「……コイツら、人を殺しかけておきながら幸せそうに眠っているな」
ナターシャ達に悪気がないのは分かっているが、それでも文句の一つも言いたくなる。俺がこれから何年生きられるかは分からないが、死ぬ場所がナターシャ達の上だというのはほぼ確定事項だろう。
「……だけどこれはある意味俺の自業自得なんだよね」
本当に搾り取られて死ぬのが嫌だったら断ればいいだけだ。主である俺が「襲いかかってくるな」と命令すれば流石のナターシャ達も大人しくなるだろう。
でもそれを命令するとナターシャ達は本当に悲しそうな、切なそうな顔をするんだよ。そんな彼女達の顔を見ているとついつい同情して、命令を取り止めて肌を重ねてしまう。
そして肌を重ねるとナターシャ達は飽きた様子も慣れた様子も欠片も見せず、これ以上なく悦ぶんだ。演技ではなく心から俺の体で悦ぶ彼女達を見ていると、命が危ないと頭で分かっていても俺の方も興奮してしまい限界を越えて彼女達を求め……結果して毎回死にそうな目に遭うという訳だ。
………こうして改めて振り返ってみると、俺って本当に馬鹿なんだな、と自分でも思う。
「喉が乾いたな……」
ナターシャ達に身体中の水分を抜かれた上にミストンのポーションを飲んだせいで、喉がカラカラ……というかヒリヒリする。俺は服を着ると水をもらいに部屋を出た。
☆
「お前ら、何をやっているんだよ……」
水をもらうために部屋を出てから数分後。俺は借りている部屋の中で腕を組ながら思わずため息を漏らした。
俺の前にはダン、アルナ、ギリアード、アラン、ルーク、イレーナ、ミストン……今日外に出かけていた七人が床の上に正座していた。というか俺が正座するように言った。
部屋を出た時、なにやら暗い顔で宿に帰ってきたダン達と丁度出くわし、何故暗い顔をしているのか理由を聞いた俺は、全員の理由を聞いた後でダン達に正座を命じたのだ。
「お前ら。もう一度外で何をしでかしたのか話せ……」
「お、オッス。まず俺がアルナを怒らせて街中でボコボコにされて……」
「私ガ止メニ入ッテ下サッタ衛兵ヲ十人程殴リ倒シテシマイマシタ……」
俺の質問に最初にダンが答えてそれをアルナが引き継ぐ。ダンが馬鹿なことを言ってアルナを怒らせるのはいつものことだが、あのアルナが止めに入った衛兵達を殴り飛ばすほど怒り狂うとは……。ダンの奴、何を言ったんだ?
「ボクとイレーナさんはエルフが働いているっていう酒場を見にいったんだけど……。そのエルフっていうのが真っ赤な偽物でね? それでついカッとなって暴れちゃって……」
「私は最初、暴れだしたギリアードを止めようとしたのだが……。途中でみ、耳を触られてしまって……思わず我を忘れて気づいたら私も店で暴れていた……」
次に口を開いたのは気まずそうな顔をしているギリアードと、顔を真っ赤にしたイレーナ。ギリアードはいつものことだから無視するが、イレーナの話を聞くと何でもエルフにとって耳を触られるというのは非常に恥ずかしいことで、自分の恋人とか伴侶にしか耳を触らせないそうだ。
……ギリアードはともかく、イレーナが暴れる理由は仕方がないかもしれない。
「ワイらは二人で街を歩いておったら十歳の子供のスリに金を盗られてな……。最初は小遣いをやる気持ちでそのスリを見逃したんやけど……」
「それから少ししてスラムらしき場所に行ってみると、偶然にもそのスリの少年が親に『稼ぎが少ない』と殴られている場面に遭遇してな……。それを見たアランが少年の親を即座に半殺しにしたのが切っ掛けになってスラム全体を巻き込んだ大乱闘を起こってしまった。……正直、すまなかったと思っておる」
顔をうつむかせながら口を開くアランとルーク。
いや、子供にスリをさせたあげく殴る親を許せないって思う気持ちは分かるけど限度があるだろ? というか、スラム全体を巻き込んだ大乱闘をしてよく無事で帰ってこれたな?
「小生はマリアの開発に使えそうな道具を探していたら、街の商人達が明らかな粗悪品を高値で売っていたためそれを指摘してやっただけである! 腹を立てた商人達が暴力で訴えようとしてきたのを魔術で撃退したがこれは正当防衛! 小生には一切の非がないのである! ……であるからして、そろそろ正座を解いてもよいであるか? 足が痺れてきたのであるが……」
却下。お前は後一時間くらい正座しとけ、ミストン。下らない理由で騒ぎを起こしたくせに反省の意思を見せないお前が一番質が悪い。
「…………………………はぁ。お前達、俺はナターシャ達を起こしてくるから、その間に荷物をまとめておけ。……この街を出るぞ」
ここまで騒ぎを起こしたら、もうこの街にいるのは無理だろう。
俺は一刻も早くこの街から逃げ……じゃなくて次の街に旅立つことを決めた。
本当はギリアードとイレーナ、アランとルーク、ミストンの話を書こうと思っていました。ですが何回書き直しても中々纏められず、それに面白くなかったので、この五人の話は次に見送ることにしました。
 




