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聖王暦八百六十年 緑の月の九日(5)

 口元は微笑んでいるけど目はとっても本気という肉食獣の笑みを浮かべるナターシャ達から逃げ……じゃなくて別れた後、俺はこの街の図書館に足を運んだ。


 人間と魔女の混血児についての本はすぐに見つかったが、その内容はファング王国で読んだ本とほとんど同じ。何百年も前に「いたかもしれない」混血児達の生涯が物語風に書かれているけど、前に読んだことがあるものばかりだった。


「……それにしても人間と魔女の混血児ってろくな人生送っていないな」


 本に書かれている混血児達の生涯を一通り読んだ後で俺は心からそう思った。


 混血児の生涯は大きく別けて二つある。


 一つは生まれてすぐにその存在を危険視されて産みの親、または周囲の人間に殺されるというもの。


 これは悲惨としか言いようがない。


 もう一つは殺されることなく成長して、やがて才能を開花させて大成するというもの。


 こちらは一見いいように見えるが物語を最後まで読んでみると、大成したのはいいが最後には名誉も財産も全てを失って失意のうちに死んでしまうという結末ばかりだった。酷いものには一国の軍隊の将軍まで上り詰めた混血児が、親友だと思っていた男に裏切られた挙げ句、反逆者として国に処刑された話まである。


 成功したところで一気にどん底まで落とされて死ぬことを考えると、こちらの方がより悲惨なのかもしれない。


「本に書かれているのは全て不幸な終わりばかり……。人間と魔女の混血児って呪われてるのか?」


 この本を読んだ後だと冗談ではなく本気でそう思えてしまう。


「特にこの親友に裏切られたってのが酷いよな。いくらなんでもこれはあり得……」


 そこまで言ったところで脳裏にギリアードを初めとするウチのパーティーの変態共の顔が浮かんだ。……そういえばギリアードって、エルフが現れた途端、即行で裏切ったよな? 他のメンバーも好みの女性が現れたら裏切る可能性が限り無く高い気が……いや、考えるのは止めよう。


「………帰るか」


 これ以上ここで調べても、記憶の手がかりや新しい混血児の情報は見つからないだろう。それだったらナターシャ達を探して買い出しの荷物持ちでもやっていた方がマシだ。


「あ、ザチョーさんだ」


「え?」


 図書館を出るため席を立とうとしたところで、横から見覚えがある女性に声をかけられた。この見事な赤髪は確か……。


「君は……。大衆食堂でビト……さんと一緒にいた……?」


「私のこと覚えていてくれたんだ? うれしー♪」


 俺に話しかけてきたのは、大衆食堂で会ったビトの隊商にいた赤髪の女性だった。赤髪の女性は俺の言葉を聞いて嬉しそうにその場で跳び跳ねた。


 ……おおっ。大きくジャンプしたお陰で胸が揺れて……じゃなくて、図書館で騒ぐなよ。


「少し前まで話していたからな……流石に覚えているって。それで君は何でここに? 隊商の仕事はないのか?」


「うん。今日は仕事はないよ。だから暇潰しにここに来たら貴方がいて話しかけたの」


「そうか。まあ、ここには色んな本が揃っているから退屈はしないかもね。……そう言えば君の名前って……」


「あっ。白髪見っけ」


 プチっ。


 君の名前ってなんていうんだ、と聞く前に赤髪の女性は俺の頭から髪の毛を一本引っこ抜いた。


 痛っ! いきなり何をするんだ……って、白髪だって?


「ザチョーさん、まだ若く見えるのに白髪があるなんて結構苦労してるの? 私で良かったら相談にのるよ?」


 余計なお世話だ。白髪一本で人を可哀想な目で見るなと言いたい。


「いや、俺には悩みなんてないから」


「そんなことを言わないで。悩みなんて誰かに話してみたら解決はしなくても結構すっきりするものだよ?」


「いや、だから……」


 ☆


「……随分と長く話してしまったな」


「あははっ。そーだねー」


 最初こそ「悩みなんてない」と言っていた俺だったが、しつこく食い下がってくる赤髪の女性に根負けして結局話してしまった。しかもこの赤髪の女性、かなりの聞き上手でついつい今まで溜め込んできた悩みや不満を全て話してしまった。


 自分が記憶喪失で、記憶の手がかりを探すためにこの旅を始めたのに、一向に手がかりが見つからないこと。


 仲間達を自分の勝手な理由で旅に連れまわしたことについて、内心で仲間達に引け目を感じていること。


 もし記憶を取り戻しても、昔の自分が今の自分と全く違う人物で、それが原因で仲間達との関係が変わってしまうかもしれないと不安を感じていること。


 これらのことを話しているうちに時間も随分経ってしまったようで、気がつくともう夕方になっていた。


「こんなに長い間相談……というより愚痴に付き合ってもらってすまなかったな」


「んーんー。気にしなくてもいいよ。それよりどう? 気分はすっきりした?」


「……ああ、そうだな。だいぶ気が楽になったかな?」


 確かに赤髪の女性の言うとおり、話してみると問題は解決していないが、それでも心が軽くなった気がするな。


「本当にありがとう。それで君の名前なんだけど………!」


 ちゅっ♪


 もう一度赤髪の女性に名前を聞こうとしたら、彼女は自分の唇を俺の唇に押し付けて口を塞いできた。え? 何で?


「ふふん♪ 今度また会うことがあったら私の名前、教えてあげるね」


 赤髪の女性は突然のことに言葉を失った俺に悪戯が成功した子供のような笑みを見せると足早に図書館を出て行ってしまった。


 ☆


「……何者だったんだろうな? 彼女は」


 その日の夜。図書館から宿屋に帰ってきた俺は、部屋で日記を書きながらあの赤髪の女性のことを思い出していた。彼女には今度会った時にお礼を言わないといけないな。


 ……だが、今日のことはナターシャ達には絶対秘密だ。もし図書館でのことが彼女達に知られたら一体どうなること……、


「ゴーマン様」


「かっ!?」


 ずしゃあ!


 ああっ! 俺の日記が! 後ろから突然ナターシャの声が聞こえてきたから驚いて文字を書くつもりがページ全体に大きな線を描いてしまった。


「おい、ナターシャ。脅かす……な……」


 一言文句を言ってやろうと後ろを振り返ると、そこにはナターシャだけでなくルピー、ローラ、ステラ、テレサと魔女五人が立っていたのだが……何だろう? 全員無表情でこちらを見つめてきていて、すっごく怖いんですけど……。


「ど、どうしたんだよ? お前達?」


「……ゴーマン様、申し訳ございませんでした」


 突然深々と頭を下げて謝ってくるナターシャ。え? ナターシャ? 何を謝っているの?


「ゴーマン様があそこまで心を痛めていたなんてこのナターシャ、知りもしませんでした。あのような赤毛の小娘ですら気づいたことに気づかなかったこと、どうかお許しください」


 赤毛の小娘って、あの赤髪の女性のことか? 今のナターシャの発言から考えるに図書館での出来事って…………………全部バレてる?


「ゴーマン様……ギリアード達にはすでに『丁重』にお願いしてこの部屋には立ち入らないように伝えております。ですから今夜はどうか……この至らぬ奴隷達に……『罰』を……」


 ナターシャが言う「丁重」というのはきっと「脅迫」という意味なんだろうな。それで「罰」というのはきっとナターシャ達への罰じゃなく、俺への罰という意味なんだろう。


『…………………………』


 シュルシュル……。


 目が全く笑っていない笑顔で服を脱ぎ始める魔女五人。



 いかん! 殺されりゅ!(性的な意味で)


「自由への逃走!!」


 命の危険の危険を感じた俺は考えるよりも先に窓に向かって走り出した!


【まおう は にげだそうとした!】


 しかし……、


「どこに行こうっていうの? あなた?」


 窓の前には霊体化したテレサがすでに回り込んでいた。よ、読まれていた……だと?


【だが まおう に にげる のコマンドはなかった!】


「さあ、始めましょう?」


 ナターシャの言葉を最後に、俺の視界は闇に包まれた……。

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