聖王暦八百六十年 緑の月の九日(3)
ビトが話した「謎の魔物」による被害情報。それをきっかけに他の店に来ていた客達も、自分が知っている情報を話し出す。
……って、え? もうそんなに噂になってるの? 俺達、そんなに酷い殺し方したっけ?
「その話だったら俺も聞いたぜ。確か、巡回していたこの街の兵士が見つけたんだってな」「俺も聞いた。殺し方がバラバラだから、もしかしたら魔物は何匹もいるかもしれないんだろ?」「殺された男達は全員、恐怖にひきつった顔をしていたんだってな。一体どんな恐ろしいものを見たんだ?」「身体中の骨を砕いたり、関節をねじ曲げたりするんだから普通の魔物じゃねえよ」「きっと見たことないくらい恐ろしい姿をしたバケモノの集団だぜ」
……二日前の俺達ってば、一般人から見たらひどく残酷な殺し方をしていたみたいです。
あと、名も知らないお客さん達? そのバケモノの集団だったら、ちょうど今ここにいますよ?
『……………………』
気になって噂になったバケモノ集団、俺と同じテーブルにいるナターシャ達を見てみると、自分達とは関係ありませんって顔で飯を食っていた。いや、少しは気にしろよ。お前達のことを言っているんだぞ?
「(まさか噂になるだなんて……。こんなことだったらあの死体、道に捨てるんじゃなくて燃やしておいた方が良かったわね……)」
周囲に聞こえない小声で物騒なことを呟くテレサ。こ、この元貴族令嬢、もうすっかり魔女の思考に染まりきってやがる……!
でも確かに、盗賊団の死体を野晒しにしたのはまずかったな。せめて埋めておいた方が良かったかもしれない。
そんなことを考えているとビトが重々しく口を開いた。
「そんな変死体の中でも特に酷かったのは、全身の皮膚が紫色に変色した男の死体だ。見つけた兵士の話だと強力な猛毒をくらったらしくて、更に胸を刃で貫かれた痕もあったそうだ。……毒で死にかけている奴の胸を貫くだなんて、どこまで残酷な魔物なんだ」
すみませんビトさん! それ、俺なんです! 毒効果がある槍で盗賊の胸を突いたら、全身に毒が回って皮膚が紫色に変色したんです! アレは俺も全く予想外だったんです!
と、とにかく話題を変えよう。このまま今の話題を続けているといつかボロを出しそうだ。主に俺が。
「そ、そういえばビトさんの隊商はこの街以外にも色々な街を旅しているんですよね?」
「ん? そりゃまあな……」
「だったら、その街で有名な場所や人物の話とか、何か知ってませんか? ……例えば『人間と魔女との混血児』とか?」
魔女はどの種族も、基本的には自分と同じ種族の雌しか産まない。しかしごくまれに父親と同じ種族の雄を産むこともある。
魔女から生まれた雄は、必ず強力な力を持っているそうだ。おとぎ話や歴史に登場する強力な力を持った英雄や魔物は、母親が魔女であったという話も少なくない。
そしてなぜ俺がここで人間と魔女の混血児のことを聞くのかというと、俺もまた人間と魔女との混血児かも知れないからだ。
以前ギリアードは俺のステータスと技能を見て、俺が人間と魔女との混血児ではないのかと言ったことがある。それを聞いてから俺は、もしかしたら自分の記憶の手がかりになるかと思い、人間と魔女との混血児について情報を集めることにした。……成果は今のところ出ていないがな。
「人間と魔女との混血児? いや、聞いたこともないが……何でそんなことを聞くんだ?」
「いえ、面白い話が聞けたら演目の参考にしようと思って。それにもし本当に人間と魔女との混血児がいたら一座に勧誘しても面白そうじゃないですか?」
首を傾げながら聞いてくるビトに前もって考えていた台詞を言う。まあ、嘘は言っていないしいいだろう。
「ハハハッ! なるほどな。俺は知らないがそういうことならこの街の図書館に行ってみな。あそこなら混血児についての本もあるかもしれないぞ?」
図書館か……。ファング王国の王都の図書館ならすでに当たってみたが、ここでなら違う本が見つかるかもしれないな。




