第九話
「さて、ひと狩りいきますか」
王都を目指して旅立ってから二日目。俺は今、昼食と夕食となる獲物を求めて一人草原を歩いていた。ナターシャ達三人はここから離れた木陰で休憩をとっている。
「俺一人しかいないから手早く獲物を見つけないとな」
ナターシャとルピーに手伝ってもらったら一時間もしないうちに大量の食糧を集められるだろうが、それをした場合まず間違いなく食糧の八割がネズミやカエル、毛虫といったゲテモノとなるだろう。ギリアードがゲテモノに耐性が低いため(以前カエルの丸焼きをすすめたら、顔を真っ青にして断った)今回は俺一人で食糧調達に出ることにしたのだ。
「ぱっらららー♪ ぱらららーらららーら♪ ぱらら♪ らーらーらー♪ ぱー……ん?」
鼻唄を歌いながら草原を歩いていると、視界の端に複数の動物の影が映った。ここからだと遠くてよく見えないが、それでも体がかなり大きいのが分かった。
「もしかしたら食糧になるかな? ……行ってみるか」
そう結論づけた俺は動物の影の方に向かった。
☆
(あれは煮ても焼いても食えそうにないな……)
動物の影の詳細な姿を確認できる距離まで近づいた俺は、都合よくはえていた木の陰に隠れて心の中で呟いた。
俺が見つけた動物の影は、下半身が馬の胴体で上半身が人間(しかも服を着ていないオッサン)という姿の魔物だった。
ケンタウルス。
草原に生息する雄体しか存在しない魔物で、集団で行動する習性を持ち、知能はゴブリンより多少マシな程度。種族全体が好戦的な性格、好色で酒癖が悪いという山賊のような存在である。
ケンタウルスは全部で三匹いて、ある一匹の魔物を追い回していた。その魔物はケンタウルスと同じ、下半身が馬の胴体で上半身が人間という姿だったが、上半身は若い女性だった。
「サントール(馬魔女)か……」
サントールとは雌体しか存在しないケンタウルスとは対をなす種族である。力はケンタウルスより劣るが、戦いになれば剣や弓矢を使いこなして戦うので、総合的な戦闘力はケンタウルスとちょうど互角。更に言えばサントールの知能は人間と同じくらいであり、過去の人間の戦いにサントールが傭兵として雇われたという話があるくらいだ。
ケンタウルス達に追い回されているサントールは十代後半くらいの外見年齢で、ナターシャやルピーとはタイプが違うが十分美少女だった。長くのびた蜂蜜色の髪と透き通るような白い肌が、白い毛並みをした馬の下半身と調和していて、その姿は芸術品といっても過言ではない。
……それにあの胸。ナターシャに比べたら小さいがそれでもルピーより一回り大きい双子の果実。サントールが走るたびに激しく暴れて…………すみません、揺れる女性の胸を見るのは男の性なんです、許してください。
「キャア!」
サントールがケンタウルスに捕まり悲鳴を上げる。一匹のケンタウルスがサントールを地面に押し倒し、残り二匹のケンタウルスも興奮した表情でサントールに群がっていく。……ん? あのケンタウルス達って……。
「……うげっ」
ケンタウルスの股間にあるものを見て一瞬吐きそうになった。まったく嫌なものを見ちゃったよ……。サントールの胸で上昇していたテンションが一気に下がった。てゆーか、これってアレだよな?
「嫌ァ! 嫌アァ!」
ケンタウルスに押さえつけられて泣き叫ぶサントール。……うわぁ、魔物のレイプ現場なんて初めて見たよ。てか、見たくなかったよ。
「助ケテ! 誰カ! 助ケテェ!」
……このまま見捨てるのも後味悪いな。俺はサントールを助けることを決めると木の陰から姿を現し、精神を集中した。
バチッ! バチバチッ!
俺の左手に雷の弓が出現し、右手で弦を引くと雷の矢が生まれる。ギリアードのを見て「自己流習得」で覚えた攻撃魔術だ。
「電矢!」
弓から放たれた雷の矢がケンタウルスの一匹の頭部に命中して破壊する。よし、まずは一匹。
『…………!?』
突然の出来事に二匹のケンタウルスとサントールが硬直する。その隙を逃さず俺は腰のバトルナイフを抜いて駆け出した。
「ガアアッ!」
放心状態から立ち直り、俺に気づいたケンタウルスの一匹が攻撃を仕掛けようとするがもう遅い。俺はすでに敵にバトルナイフの刃が届く距離まで近づいていた。【敏捷】100をナメるなよ!
ザシュ!
俺は先手必勝とばかりにバトルナイフを一閃させて攻撃を仕掛けようとしたケンタウルスの喉を切り裂く。すると思った以上にキレイに入り、見てみると首が半分ほど切れていた。
「……!? ……! ……!」
「ギィィ!」
喉を切り裂かれたケンタウルスは声にならない悲鳴を上げた後崩れるように倒れ、最後のケンタウルスは生き残ったのが自分だけだと悟ると背を向けて逃げ出した。
「あれれ? ちょっとマズイかな?」
もしこの辺りにケンタウルスの仲間がいて、今逃げた奴が助けを呼んだら少し面倒なことになる。そうならないように追いかけて始末したいところなんだが…………ケンタウルス、逃げ足速っ!? 流石は下半身が馬というべきか。もう遠くまで逃げていた。
「……だったら。おい、そこのサントール。立てるか? というより走れるか?」
「エ? ウ、ウン……」
ためらいがちに答えたサントールが立ち上がったのを確認すると、俺はすぐさまサントールの下半身の馬の背に乗った。
「よし! じゃあ悪いがあのケンタウルスを追ってくれ」
「ッ!? キャ、キャアア! 降リロ! 降リテェ!」
乗った途端、サントールが顔を耳まで真っ赤にして暴れだした。何だ? いきなりどうした?
「うわっ!? 暴れてないで早く追えって!」
バシィン!
「ヒイィ!?」
左手でサントールの尻を叩くと、サントールは悲鳴を上げて条件反射といった感じで走り出した。少しひどいことをした気がするが、レイプされそうなところを助けたのだから、これくらいは協力してもらおう。
「おおっ。これは」
走り出したサントールはまさに疾風という速さですぐにケンタウルスに追いつき、サントールがケンタウルスの横に並んだところで俺は魔術を発動させた。
「これで終わりだ! 電矢!」
「ギャッ!」
俺が放った雷の矢がケンタウルスの腹部を貫く。横から体に大きな穴を開けられたケンタウルスは真横に吹き飛びそれきり動かなくなる。
「なんとか片付いたな。ありがとうな、サントール。お陰で助かったよ」
「……」
俺は、俺を乗せてくれたサントールに礼をいうが、振り返ったサントールは顔を真っ赤にしたまま涙目でこちらを睨むだけで口を開こうとしなかった。
☆
「……なんてことがあったんだ」
その日の夜。草原で狩ってきたウサギの肉を焼きながら、俺は昼間にケンタウルスと戦ってサントールを助けた話をナターシャ達に話した。
話を最後まで聞いてギリアードは感心したような呆れたような苦笑を浮かべた。
「キミのことだから嘘は言ってないだろうけどサントールと出会ったなんて……。もしかしたらキミって多くの魔女と出会う運命でも背負っているのかもしれないね?」
ギリアードがからかうような口調で言う。
そういえば魔女って結構珍しいんだっけ? ナターシャやルピーといった魔女に立て続けに出会って仲間にしたからすっかり忘れていた。
「オ兄チャン、浮気者……」
「………」
ルピーが恨みがましい目で、ナターシャが「またかお前」と言いたげな目で俺を睨んでくる。さっきから肌寒いのは決して夜風に当たっているせいではないだろう。
俺は視線でギリアードに助けを求めるが、ギリアードの奴、顔を横に向けて無視しやがった……!
「……ん? ねぇ、ゴーマン」
「何だ?」
「キミが昼間助けたサントールってさ、もしかしてあの子?」
「え?」
ギリアードが指差した方を見てみると、そこには確かに俺が昼間出会ったサントールの姿があった。サントールは俺の視線に気づくとゆっくりとこちらに歩いてきた。
「……」
サントールは俺の前に立つと、無表情のままこちらを見下ろす。
「え~と? 一体何のよう?」
「……! オ、オ前ニ決闘ヲ申シ込ム!」
顔を真っ赤にして「ビシィッ!」という音が聞こえそうな勢いで俺を指差すサントール。
…………………………はい?
「え? どうしてそうなるの?」
まったく分からない。ナターシャ達も訳が分からないといった顔でサントールを見ている。
「オ、オ前アノ時、私ノ背中ニ乗ッタ! サントールガ乗セテイイノハ、自分ガ認メタ主ダケ! ソレ以外ノ者ニ乗ラレタラ、殺スノガサントールノ掟! ダカラココデ決闘ヲ申シ込ム!」
……マジでか? 確かに俺は逃げるケンタウルスを追うためにサントールに乗ったが、そんな掟があったの?
「ソ、ソレニオ前、私ノオ尻ニアンナコトヲシテ……。絶対ニ許サナイ」
サントールが恥ずかしそうに顔を赤らめ、視線をそらしながら言う。あんなことって、サントールの尻を叩いたことか? ていうか、そんな誤解されそうな態度で言うのは止めてくれ。ナターシャとルピーが人を呪い殺せそうな視線で俺を睨んでいるんだ。




