聖王暦八百六十年 緑の月の八日(1)
「ようやく着いたな」
襲ってきた盗賊団を返り討ちにした次の日。俺達は昼前に目的の街にたどり着いた。
「それにしても助かったな。用意していた食糧も尽きかけていたし……こんなことだったら昨日の盗賊達からアジトの場所を聞いておくのだったな。そうしたら食糧だって手に入ったかもしれないし、昨日も野宿しないですんだのに」
今まで襲ってくる魔物や盗賊は基本的に全滅させてきたからな。昨日の盗賊団もついアジトの場所を聞く前に全滅させてしまった。失敗したな。
「そうだね……。アジトの場所を吐かせる前に全滅させたのは失敗したよね」
「まあ、こちらから盗賊団を罠にかけて襲うなんて昨日が初めてやったんやし、仕方ないんとちゃう?」
「うむ。この反省を次に活かせばよい」
「いやいや……。盗賊団を壊滅させた挙げ句、そのアジトも漁るだなんて、アンタら黒すぎるッスよ。本当に物語の女魔術師になるつもりッスか? てゆーかルークさん? 仮にも聖職者がそんなんでいいスか?」
ギリアード、アラン、ルークの言葉にダンが反論してからルークに質問する。言われてみれば僧侶のルークは昨日の盗賊狩りに何の疑問も感じていないのかな?
「ダンの疑問はもっともであるが、昨日盗賊団を返り討ちにして金銭を回収したのは、身の安全を守り糧を得るためであろう? それならば拙僧らの教義には反しないのである。拙僧らが信じる女神イアス様は生きるため行いの全てを肯定されておるからな。禁じられておられるのは、麻薬等の命を削った快楽や自殺ぐらいである」
「へぇ。随分と自由なんだな」
僧侶や神官みたいな聖職者なんて幾つも決まりがあって息苦しそうなイメージだったので少し意外だ。
「うむ。イアス様の教えは他の神々の教えよりずっと自由であるぞ。それになによりイアス様は大地の女神! ドワーフ達の主神! この世で最も尊き女神なのである!」
目を輝かせて叫ぶルーク。それを聞いて俺達全員が「やっぱりそういうオチか……」と脱力している内に馬車は街の門のすぐ近くまで近づき、それによって俺達に気づいた街の門番が二人、こちらにやって来た。
「止まれ! お前達、一体何処から来た?」
二人の門番の一人、三十代くらいの門番が止まるように言い、それにミストンが魔動馬車を止めた。
さて、ここから俺の出番だ。俺は魔動馬車から降りるとにこやかな笑みを浮かべて門番達に話しかける。
「今日は、お仕事御苦労様です。私達は旅芸人の一座で、私はこの一座の座長をしているゴーマンと言います。ファング王国の方からやって来ました」
「ファング王国だと?」
俺が自己紹介をすると、俺より少し歳上に見える二十代くらいのもう一人の門番が反応する。あれ? 何か変なこと言ったか?
「そうですが、何か?」
「ファング王国からこの街に続く道の辺りには、しばらく前から凶暴な盗賊団が住み着いていてな。そのため旅の者のほとんどは迂回する道を選んでいて、直接ファング王国からこの街に来る者は少なくなっているのだ。……お前達、盗賊団に出会わなかったのか?」
三十代の門番の説明を聞いて俺は「なるほど」と納得する。
その凶暴な盗賊団とやらは、まず間違いなく昨日返り討ちにした盗賊団だ。アイツら、結構あの辺りで暴れまわっていたみたいだな?
……ん? ということはもし昨日、アジトの場所を吐かせていたらそれなりの財宝が手に入ったかもしれないってことか? うわっ、勿体無いことをしてしまった!
「……いいえ。『凶暴な盗賊団』なんかいませんでしたよ。もしそんなのに出会ったら、こんな旅芸人の一座なんてそいつらの餌食になっていますよ?」
次に盗賊狩りをする時はもっと上手くやろうと、心に誓いながら俺は門番達に答える。
嘘は言っていない……と思う。昨日返り討ちにした盗賊団は、俺達から見れば「凶暴な盗賊団」ではなく「間抜けな盗賊団」でしかなかったので、嘘は言っていないはずだ。
二人の門番も俺の言葉に「それもそうだな」と頷きあって、あっさりと信じてくれた。
「盗賊団と出会わなかったとは、運が良かったようだな。では最後にお前達全員のステータスを見せてもらえないか?」
「分かりました。……ステータス」
ブゥン。
俺は三十代の門番に頷いて見せると、自分のステータスを呼び出して門番達に渡した。
【名前】 ゴーマン・バレム
【種族】 ヒューマン
【性別】 男
【戦種】 なし
【才能】 0/29
【生命】 109/109
【魔力】 26/26
【筋力】 12
【敏捷】 12
【器用】 11
【精神】 11
【幸運】 11
【装備】 冒険者の服(白)、旅人のマフラー(紫)、首飾り、低品質な指輪
【技能】 なし
今ステータスに記されているのは、前もってステータス情報改変で本来の情報を書き換えた偽の情報。まさか俺の本当の能力値がこれの十倍以上あるなど、この二人の門番は夢にも思っていないだろう。当然、他の仲間達のステータス情報も俺とイレーナの二人で書き換えてある。
ステータスとは決して誤魔化すことが出来ないその人間の証明書。
これがこの世界に生きる人間達の共通認識だ。
だからステータスを見た門番達も、俺達をただの旅芸人一座と信じて疑っておらず、簡単に街の中に入れてくれた。
……フッ。チョロいぜ。




