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聖王暦八百六十年 緑の月の七日(1)

「頭! 獲物がきましたぜ!」


「何だと?」


 俺がアジトで一人酒を飲んでいると、手下の一人がいやらしい笑みを浮かべながら報告してきた。


 俺はこの辺りを縄張りにしている盗賊団の頭をやっている。手下の数は二十人と少しで、この辺りではそれなりに名が売れていると思う。


「どんな奴らだ?」


「偵察をしてきた奴の話だと十二、三人の旅芸人らしい集団だそうです。その内三人は護衛みたいですが、集団の半分は若い女……それもそこらではお目にかかれない上玉ばかりだとか」


 なるほどな。手下の報告を聞いて俺はこいつが笑っている理由を理解した。そこらではお目にかかれない上玉の女達……。こいつはその女達を攫って売り払う前に「味見」することを望んでいるってわけだ。


 その気持ちはよく分かる。俺達の盗賊団は男ばかりだし、自分から盗賊なんかやっている奴は基本的に自分の欲望を満たせれば他はどうでもいいロクデナシばかりだ。他の手下達も同じ気持ちだろう。勿論俺だってそうだ。


「十二、三人の獲物か……。少し数が多いかもしれないが、逆に考えれば護衛の方もその数だと守り辛いだろうな……」


「じゃあ!」


「ああ、急いで全員呼んでこい。大仕事を始めるぜ」


 最近この辺りも通りがかる獲物が少なくなってきたからな……。稼がせてもらうとするか。


 ☆


「……随分とあっさり終わったな」


 数時間後。旅芸人の集団を盗賊団全員で取り囲んだ俺は、仕事がうまくいきすぎたことに拍子抜けして思わず言葉を漏らした。


 実に簡単な仕事だった。旅芸人達の行き先を先回りして隠れ、獲物がのこのことやって来たところを一斉に襲う。手下の報告通り護衛が三人いたが、この人数で奇襲するとすぐに抵抗をやめて今は大人しくしている。……いつもこんな簡単な仕事ばかりだったらいいのだが、世の中そううまくはいかないか。


 旅芸人の集団は全員で十三人。護衛の男三人の他は、座長だと思う紫色のマフラーを首に巻いた男と、不健康そうな顔色をした男の馬車の御者。後は全員女だった。


「……ほう。これは確かに上玉だな」


 旅芸人の女は全員、今まで見たことがないくらいの上玉揃いだった。その内の何人かは人間とは思えない不思議な魅力すら感じられた。


 売り払う前にこの女達を好きなだけ「味見」できるかと思うと、自然と笑みが浮かんできた。手下達も同じく笑みを浮かべていた。当然だと俺は思う。これだけの女達を前にして興奮しないのは、男としてどうかしているだろう。


「あ、あの……」


 俺達が戦利品の女達を観賞していると、旅芸人の座長が話しかけてきた


「あ? 何だ?」


「わ、私達を一体どうするつもりなんですか……?」


「どうするつもりだと? そんなの決まっているだろ? なあ?」


 俺が手に持っている武器をちらつかせながら言うと、手下達も武器をちらつかせて笑う。


 俺達が欲しいのは女と金と金目のものだけだ。男は必要ない。つまりはそういうことだ。


「こ、殺すつもりなんですね……」


 座長は観念したのか俯いて蚊の鳴くような声で呟く。極上の獲物を持ってきてくれた礼に苦しまないように殺してやるか、と思ったその時……、



「………………人を殺すつもなら、逆に殺されても文句はないよな?」



 座長の口からひどく冷たい声が聞こえてきた。


「何だと? テメェ、何を言って……?」


『う、うわああ!?』


「っ!? 何だ?」


 悲鳴が聞こえてきた方を見ると、そこには旅芸人の護衛と女達が俺の手下達と戦っている姿があったのだが…………………………何だアレは?


 護衛の三人が戦うのは分かる。奴らはそれが仕事だからな。


 女達が護衛達に加勢するのもまだ分かる。無駄なことに終わっても最後の抵抗を試みる獲物は今までにもいた。


 だが、何でその女達が、下半身が蛇やら鳥やら馬になっているんだ? さっきまで人間の女だったじゃねえか? あれじゃあ、あれじゃあまるで……。


「驚いたか? あいつらは俺が従えている『魔女』だよ?」


 俺が驚いている間にも手下達は化け物となった女達に次々と殺されていき、座長の男がからかうような声で俺に話しかけてきた。あの女達が魔女だと? 魔女ってあの、人間の女によく似た強力な魔物のことか? ……いや、それよりこの男、今何て言った?


「魔女を……従えている? お前が?」


「ああ、そうだ……よっと!」


 パシッ。


 座長の男が右手を空にかかげると、誰もいなかったはずの馬車から白くて細長い何か……一本の槍が飛んできて、魔法のように座長の右手に収まった。


「……っ!」


 それを見た瞬間に俺は理解した。


 こいつらは決して手を出してはならない存在だと。


 こいつらは俺達の獲物ではなく、俺こそが、俺達こそがこいつらの獲物なのだと。


 目の前の男を殺すつもりでいた俺は、逆に今からこの男に殺されるのだと、本能で理解できた。


「お前は……お前は何者なんだ?」


「俺か? 俺の名前はゴーマン。魔物使いのゴーマン・バレム。前にいたところでは『魔王ゴーマン』と呼ばれていたな」



 魔王ゴーマン。



 それが、俺が生涯で最後に聞く名前だった。 

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