第九十九話
ギリアードとミストンの喧嘩は、殴りあいから攻撃魔術を使った魔術合戦になろうとしたところで全員で二人を取り押さえて事なきを得た。それにしてもミストンって、ギリアードと同じくらいの魔術を使おうとしたところを見ると結構実力のある魔術師なんだな? まあ、どうでもいいけど。
気を取り直して俺達は、この日から一ヶ月かけて旅の準備に取りかかった。
まず最初に王都の近くにある小さな村へ行き、そこで隠居しているミストンの師匠に会って魔動馬車を使う許可をもらった。村で会ったミストンの師匠は無愛想な老人で、自分が興味のあること以外どうでもいい性格らしく、ミストンが店を辞めて俺達の旅に同行すると話しても「そうか」の一言ですまされた。
あとこれはミストンから聞いた話なんだけど、店の方はミストンの師匠が再び店長となって経営を続けるらしい。俺もそれでいいと思う。あの店は王都の冒険者達に需要があったし、俺達の都合で冒険者達に迷惑がかかるのは少し心苦しく思っていたからな。
ミストンの師匠から魔動馬車を使う許可をもらった後、俺達は魔動馬車の整備と増築を行い、その次に食糧を初めとする旅に必要な物資と全員分の旅芸人らしい服を購入。
他にも旅のルートを仲間達で検討したり、ミストンから魔動馬車の動かし方や使用上の注意事項を習ったり、人前で踊ったことがないテレサがナターシャ達に踊りを教わったり、旅立つ前にやらなければならないことは山程あって一ヶ月という時間はあっという間に過ぎていった。
☆
そして一ヶ月後。準備も完了し、ついに俺達が旅立つ日がやって来た。
旅立ちの日になるとセバスワンとミュンヒワンゼンをノーマンさんがわざわざ見送りに来てくれた。
「とうとう旅立つのか……寂しくなるのう」
……………………………………………………っ!?
「…………はい! ノーマンさん。今まで、本当にありがとうございました。ノーマンさんに色々と助けてもらったこと、絶対に忘れません!」
寂しげな表情で言ってくれたノーマンさんの言葉に俺は目頭が熱くなることを抑えられなくなり、震える声でお礼を言うとノーマンさんは驚いた顔でこちらを見てきた。
「う、うむ? 一体どうしたのじゃ? 今生の別れでもあるまいし、何故そこまで感激するのじゃ?」
「あ~、実はッスね? 師匠ってば先月の間に馴染みのギルドに別れの挨拶をしに行ったんスけど……そこの冒険者達に全く別れを惜しんでもらえなかったんスよ」
ダンが俺が涙目になった理由をノーマンさんに説明してくれる。
そうなのだ。俺は冒険者ギルドに別れを言いに行くと、冒険者達はナターシャ達との別れを惜しんでくれてはいたが、俺との別れは惜しんでくれずそれどころか、
『旅に出るならお前だけで出ろ! その代わりナターシャ達は置いていけ!!』
みたいなことを言われた。……いや、罵声を投げつけられるだけならまだいい方で、ジャックとかいう冒険者を初めとする数名の冒険者なんかは『俺を倒してナターシャ達を手に入れよう』と考えて、この一ヶ月間は奴等の奇襲のせいで気を休める暇もなかったのだ。
だから俺が今、唯一別れを惜しんでくれたノーマンさんの言葉に感動の涙を流しても悪くないと思う。
「……ふむ。王都の冒険者達もこの数年間で随分と変わったものじゃのう? まあ、いつかはこの国に帰ってくるのじゃろう? その時にはそれまでの冒険の話を聞かせてくれないか?」
「はい。必ず」
俺はノーマンさんと約束すると仲間達と共にファング王国を後にし、記憶を求める旅に出たのだった。