『オレの右手は消耗品』
ロケットパンチと言う物を知っているだろうか。
腕がロケットの様に飛んで行って爆発し巨大怪獣を爆砕するあれである。
一つ言っておこうオレは人間だ。
が、オレの右手はロケットパンチだ。
何を言っているかよく分からないと思うがそのままの意味だ。俺の右手はロケットパンチである。
それは十年前のある日に遡る。
オレはその頃自分の事をボクと言っていたのだが、その日以来オレの一人称はオレになった。
短く纏めるとするとオレが迷子になっていた所、偶々感応性が高かったとかでとある正義組織の変態科学者が実験用に作った異空間に迷い込んで右腕が吹き飛んだ。それでその科学者が遺憾なく変態性を発揮しオレの右腕はロケットパンチとなった訳だ。
その時のことは今でも忘れない。変態科学者はオレを全否定した。
曰く、『何、君あの日野和財閥の跡取なの。フーン、いかにも甘やかされてるって感じだよね。君は絶対知らないと思うけどさぁ、世界には私を代表例として恵まれない人が沢山いるんだよね。君の一日分の食費、私の月給だよ。ナニコレ?ふざけてるでしょ。何の努力もせずにさあ、そこにいるだけで幸せに暮らせるんだよねえ。そんな奴死ぬべきだと思うよ実際。ねえ、君さっきから泣いてばっかだけどさあ。泣く事しかできないの。こんだけ言われても泣くしかできないの?何一つ言い返せないの。それでも男なの。無能なの?死ねって言われて大人しく死ぬタイプ?よくそんなことで生きていけるね。こんな屑がなに不自由ない暮らしをしてるって言うのに私はサービス残業で毎日三時帰宅に六時出勤。月給五十万貰ってるけど、開発費がどんどん削られてるから今度のプロジェクトだって殆ど自費で動かしてんだからね。だって成果出さなきゃ給料カットされる上に降格だよ。はっコレなんてムリゲー。正義の為だからかなんか知らないけど法律も私達を守ってくれないのよ。こんな苦労してる人だっているのに君は随分気楽だよね。立ち入り禁止って書いてあるのにさあ、入って来てさあ。こっちも万全に安全考えてたのに、なんか異空間まで来ちゃって怪我して。挙句こっちはタダで直した上に予算削られるんだよ。看板読めよ。文字も読めないのか、馬鹿だろ。死んじまえよ。お前みたいな屑で無能で生きてるだけで回りに迷惑かけるような奴は私、大嫌いなんだよ。マジ死んじまえば良かったのに。ゴキブリだってこそこそ隠れて生きてるって言うのに、屑の癖に人様の前に出でくんじゃねーよ。人類の最底辺、粗大ゴミ、汚染物質、無駄飯喰らい、お前の名前なんて侮辱用語なんだよ。息吐くな、くそ。空気が穢れる。どうせ金なら沢山あんだろ。お前生存権金で買えよ。生きてる価値無しの屑でも出すもん出せば変わるかもな。やっぱムリ、いくら出しても生存権渡す気になれない。顔見ただけで嫌悪感が沸いてくる。早く失せろ、死ね、潰れろ、曲がれ、捩れろ、割れろ、切れろ。死ね死ね死ねシネェエエエエエ。
……ああ、私明日から如何しよう。ライフライン止められる。もう塩だけの食生活とか嫌だぁぁぁあ。もう泣きたいよ。ちょっと君、向こう向いてなさい。お姉さん今から泣きに入るから』
と、いうような経緯があった。当時五歳だった俺はその言葉を素直に受け取り二週間部屋に篭って泣きはらした。そして突然『オレは強い男になるんだー!!』と宣言し、『一人で着替える』『朝自分で起きる』『一人称をオレに変える』『牛乳を飲んで背を伸ばす』等、今から考えると方向性が間違ってる様な気がする試練を自分に課した。でも、当時のオレからすると血の滲む様な努力だった。(注:牛乳は人間の飲み物ではありません)
そうして今では色々な試練を乗り越えて。
いや、一部乗り越えれなかったのもあった。(注:牛乳を飲んでも背は伸びません)
しかし、そうしたオレの弛まぬ努力のおかげか高校一年に進級と同時にほぼ一人暮らしの許可を貰うに至った訳だ。
ほぼというのは過保護な母親に専属メイドを押し付けられたからなのだが、色々あってこの家に来るのは一ヵ月後。
という訳でオレは高校三年間の間お世話になることになる家に一人――
『マスター、そろそろお昼を作りましょう』
という訳では実はなかった。
(そうだな、今何時だ?)
『一時三十四分二十七秒です』
(じゃあ、チャーハン作るか)
決して寂しさのあまり脳内で一人会話を繰り広げている訳ではない。
R-1軌道管制運用システム:銀翼
ロケットパンチの軌道修正及び管理・運用を行う人工知能の正式名称である。オレの思考と直接神経通信を行いリアルタイムで『R-1』通称、鉄腕の運用を補助するシステムだ。
一つ疑問なのは何の為にロケットパンチにここまで人間くさいAIを搭載させたのだろうか?
おかげで何時でも一人でいる気がしない。
とりあえず台所に立つ、包丁と野菜を持つ。
(シルヴァ、頼んだ)
『任されました。 事前動作設定 調理一般動作 読込開始』
右手が勝手に動き野菜を切っていく。さすが軌道調整用AI、包丁捌きが鮮やか過ぎる。料理用のプログラムはオレが後から組んだのだが若干スペックの無駄使い感が否めない。
その後も右手はオレが晩御飯について考えている間、勝手に調理を進めていき炒飯が完成した。
料理から掃除まで家事一般をこなすロケットパンチ、空き容量の多さに調子に乗ってプログラム組みまくったらこんなことになった。
反省も後悔もしていないがロケットパンチから改名すべきかとは思った。
始まりの一週間を乗り越え学校生活、一人暮らし共に順調だ。明日からはいよいよ学校生活本番、何も問題なく卒業できたらいいなと願う。(注:オレの学園は人外魔境です)