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新たなる味方、姿見えずとも、彼女の強き支え

 薄暗い空間。その中心に設置された巨大な椅子。今は何もない。

「……」

 翼翔族が一体、その椅子の前に舞い降りた。着地するのと同時に、膝をつく。

「バルド様は居られますか?」

 丁重に尋ねると、椅子の影から、一回りほど大きな翼翔族があらわれた。しかし、その大きな翼翔族でも椅子の座面に頭が届くか届かないかほどだった。

「バルド様は現在休まれておられる。私が代わりに受けよう」

 大きな翼翔族のヴァンパイアは、膝をついた翼翔族の前に立つ。

「はっ、スウィス様。尖兵を襲っていた謎の勢力の正体を突き止めました」

 ヴァンパイアがそう言うと、スウィスと呼ばれたヴァンパイアが興味深そうな表情をした。

「そうか。……報告せよ」

「はっ! 謎の勢力の正体ですが、『人狼』と呼ばれる種族のようです。個体の戦闘能力は、尖兵の下級兵を上回っていますが、おそらく中級程ではないでしょう。今のところ、一体のみ確認しています」

 ヴァンパイアが報告を終えるとスウィスは後ろに振り返る。

「その人狼、捕獲できるか?」

 お任せを。スウィスの言葉に承知し、一礼してからヴァンパイアは飛び去った。

 スウィスは一人、椅子を見上げた。

「バルド様、ご趣味が悪いですな。いつから居られたのですか」

 彼がそう言うと、椅子から笑い声が響き、紫の霧が湧き出た。その霧はひとしきり笑うと、静かに渦を巻き、椅子に腰を掛けた。

「すまぬ。話の間に割り込むのは趣味ではないのでな」

 二人は軽く笑うと、互いに姿を消した。そして、その空間は照明を落とすように、徐々に暗くなっていった。



――

「ねえねえお父さん、見て見て!」

 まるでお伽話に出てくるようなドレスをはためかせ、可愛らしい少女が踊るように回った。それを見た父は微笑み、手を打つ。

「可愛いよシェリル。でも……」

 父はそこで言い淀む。後ろから来た母も、父と同じような表情を見せる。

 少女は二人の表情を見比べ、疑問符を浮かべる。

「なに?」

「髪は長いほうがいい」

 夫婦同時に同じことを言い、少女は不機嫌になった。

「シェリルは短いほうがいいの! いいもん、短くても似合うって言われるまで着てるから!」

 少女は不機嫌顔で断言し、両親は笑った。少女の不機嫌顔は両親に感化され、次第に笑顔になっていった。

 幸せそうな三人家族の笑い声が、響いていた――



 それが、ただの幻想だったの?


 真っ暗な空間で、自分に問い掛ける。


 みんなで笑っていたけど、私は違う存在だった。一緒じゃなかった。


 シェリルは塞ぎ込んでいた。何かが壊れそうな、あるいは壊れたような気がして。

『血の繋がりが、そんなに大事か?』

 不意に、耳に響いた。

 大事よ。言葉の主に答えてみた。言葉の主が、笑ったような気がした。

『ワシはそうは思わんな』

 そうなのかな。静かにシェリルは思った。

 血の繋がり、か。

 わかっていた。そんなものは目に見える繋がりでしかないと。しかし、シェリル自身の心が、それを求めてしまった。血の繋がり以上に深い繋がりがあったにも関わらず。

 いつのまにか、心が癒されていた。亀裂が生じていたはずの場所には、今までの思い出がある。父と、母の。

 あなたはだれ? 問い掛けると、見えない誰かは一瞬考えた。

『そうじゃな。強いて言うならワシは――だ。おまえの心が壊れそうになったとき、命の危機に面したとき、いつでも助けてやる。それがワシの仕事だ』

 名前の部分だけ、飛んでいた。やがて、聞きなおす間もなく意識が引き戻された。



 目が覚めると、レンの部屋だった。質素だが清潔感のある部屋。ここ最近何度か来たが、不思議と落ち着く場所になっている。さすがに外が暖かいため、薪ストーブに火は入っていなかった。

 体を起こしてみると、手足に力が入らないことに気が付いた。前にも経験したこの感じは、レンに吸血されたときのそれだ。シェリルは倦怠感に襲われながらも上体を起こす。

 しばらくベッドの上で眠っていると、ドアが開いた。

「あ、起きてた? 待ってて、朝ご飯作るから」

 ドアの隙間から姿を見せたレンは、可愛らしい色合いのエプロンを付けていた。角の丸いエプロンの左端には、くまのアップリケまでしてあった。

 ドアが閉まり、足音が遠ざかったところで、シェリルは思わず吹き出した。普段の彼の雰囲気とマッチしたエプロン。不思議と馴染んでいた。

 クスクスと笑っていたら、窓からンケドゥが入ってきた。

「……何笑ってんだ?」

「べ、別に。あなたこそ、どこから入ってきてるのよ」

 言ってから気がついた。自分が敬語で話していないことに。だが、いまさら気にしようとも思わなかった。

「別に。いつものことだし」

 彼はそう言ったあと慣れた手つきで、部屋の隅に置かれていた中折れ式のテーブルと折畳みの椅子を、部屋の真ん中に設置した。少し大きめのテーブルに、椅子が三脚。

 ンケドゥは椅子に腰掛け、テーブルに肘を置いている。背筋は相変わらず曲がっていた。シェリルも椅子に座ろうと、フラフラと立ち上がってテーブルに向かった。椅子を引き、座る。

「……なあ、レンのこと、どう思ってる?」

 ンケドゥが唐突に口を開き、出てきた言葉にドキリとするシェリル。

「な、何? いきなり、どう思ってる、なんて」


 どう思ってるもなにも、私は……。


「レンは、惚れてるみたいだな。おまえに」

 その言葉に、再びドキリとする。顔が紅くなっていくのが自分でもわかった。ンケドゥは別の方向を向いており、彼女の表情の変化は見ていなかった。

「ダチの勘ってやつだ」

 別に尋ねてもいないのに、そう付け足す。言い終わるのと同時に、ドアがノックされた。ンケドゥは立ち上がり、ドアへ向かう。

 シェリルは、気持ちを落ち着けるために深呼吸をした。なんとか紅潮は押さえることができ、レンが料理を乗せた盆を持って入ってきたとき、普段の表情を作り上げることができた。

「さあ、食べよ」

 レンの持った盆から、おいしそうな香りが漂う。



 時は正午過ぎ。空には三、地には二の追っ手がいる。

 しつこい。もう三体は潰したのに、まだ向かってくるの? カナエは息を荒くしつつ、後方を確認する。空と地から、五体のヴァンパイアが追跡してくる。

 いっそ、玉砕覚悟で戦ってみようかしら。馬鹿らしくて自分で笑ってしまった。

「しつこいわね……」

 家と家の間をくぐり、塀を越え、裏路地に逃げ込み、廃屋を通る。だが、追っ手は振り払えない。通り過ぎざまに通行人を襲って体力を回復しながら、どこまでも追跡してくる。一方のカナエは、体力回復など走りながら出来るものでもなく、いよいよ持って追い詰められてきた。

「さすがに……はぁ、きついわね」

 これが、狩られる側の気持ちか。カナエは半分自嘲気味にほほ笑み、前に回り込んできた一体のヴァンパイアの胸を貫いた。

「しぶトいヤツダ。ダが、ジカんのモンダいダ」

 案外、その時間は早くやってきた。ヴァンパイアが二体先回りし、待ち伏せをしていた。カナエはその二体の胸を貫いたが、地面に打ち撒かれた血に足を取られてしまう。

「くあっ!? しまっ……」

 一瞬後、複数のヴァンパイアに取り押さえられ、五体全ての自由を奪われた。最後まで抵抗しようと体を捩り、コンクリートさえも粉砕するほどの腕力で拘束を抜けようとする。が、脇腹に三、四発の鋭い蹴りを受け、押し黙った。

「テイこウはむダだ。おとナシクつかマッていろ」

 正面にしゃがみこんだヴァンパイアがそう告げる。彼女は脇腹の痛みと悔しさで濡れた瞳で強く睨み付ける。その眼が気に入らなかったのか、正面のヴァンパイアは顔を強く殴り付けた。

「……フン、ツレていケ」

 カナエを取り押さえていたヴァンパイア達は立ち上がり、羽をばたつかせて飛び立とうとした、その時。すぐ隣の廃屋の壁が、爆破でもされたかのように吹き飛び、破片が取り押さえていたヴァンパイア達に直撃した。その場にいたものすべてが驚愕し、廃屋のなかに浮かび上がる人影を見た。

 ジャラリ。大きく金属の擦れる音が鳴り、不器用に崩れた穴からンケドゥが出てくる。そして、近くにいるカナエの驚いた表情を見て、次にヴァンパイア達を見た。

「カッカッカ……。救世主様登場だ」

 一言そう言うと、修羅がとり憑いた。驚愕して動きの止まっていた、カナエを拘束していた三体の翼翔族を、風が通り過ぎたかのように引きちぎった。手足がゴロンと地面に落ち、辺りに血の雨が降り注ぐ。体は原型を留めないほどに潰された。

 リーダー格の翼翔族は、一瞬の内に起こった出来事に恐怖し、その場を逃げ出す。もう一体も遅れてあとを追おうとしたが、叶うことはなかった。ほんの少しの間、背を向けた。次の瞬間には、頭は中空で乱回転し、地面と激しく出会った。

「……カッカ! 不様だなぁ」

 首が落ち、苦しそうにあえぐ体と、体から落ちて悶え苦しむ頭。二つを見比べて笑ったあと、ンケドゥは心臓を潰した。ふっとカナエに振り返り、歩み寄る。カナエは、彼が以前の復讐に来たんじゃないかと思い、身構える。

 ンケドゥが手をのばす。まだまともに体が動かせないカナエは覚悟し、目を瞑る。

「なにやってんだ? さっさと掴めよ」

 その言葉に目を開き、ンケドゥの顔を確認する。顔には、血塗られたやさしい微笑みがあった。カナエは体の緊張を解き、ンケドゥの手に掴まって立ち上がる。

「おめー、結構弱いんだな。下級の奴らにあんなに追い詰められてよ」

 ンケドゥはからかうように笑った。カナエはそれが何となく気に食わなかった。

「それよりあなた、あんなに強かったわけ? なんで私の時に……」

 カナエの言葉を、ンケドゥが無言で遮った。彼は柄にもなく咳払いし、自分の開けた穴の方に視線を移した。

「あー、その……また襲われないとも限らんしよ。どうだ、家くらいまでなら送ってやるよ」

 頬を真っ赤にそめ、言い放つ。その不器用さに思わず吹き出すカナエ。しばらく笑ったあと、ンケドゥの隣に並んだ。

「変な男ね。殺されかけた相手を誘うの?」

 ほっとけ。そういうンケドゥだが、幸せそうに笑っていた。

 彼はめずらしく、背筋を伸ばして歩いた。

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