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静かに動きだす混乱、狂うように、誠実に進む

「おっはよー!」

 通学路を歩いていると、友達であるエリスが声をかけてきた。シェリルは、あ、うんと短く答える。その友人の異状に、エリスは敏感に反応した。

「どーしたどーした? 元気ないぞー?」

 エリスはシェリルの正面に回り込むと、満面の笑顔で顔を覗き込んだ。その一瞬のシェリルの表情は、何かに取り憑かれているのかと思われるほど暗かっただろう。だが彼女は、親友が覗き込んでくるのを察知し、笑顔を作った。先程の暗さを微塵も感じさせない、普段どおりの笑顔を。

「別に。なんでもないよ」

 いつもの調子で言葉を返す。エリスも笑顔を返し、最近のファッションの話などで盛り上がった。何もかわらないいつもの風景。しかし、シェリルだけは昨日とは違う存在となっていることを、誰一人として知るものはいなかった。



 教室に辿り着くと、偶然というのか案の定というのか、昨日の怪事件の話で持ちきりだった。あちこちから想像や仮定、恐れおののく話し声が聞こえてくる。

 シェリルは耳を塞ぎたかった。話を聞けば聞くほど、昨日の映像が頭の中で再生されていったからだ。ひからびた死体。その中に立つ青年。彼は迫り、そして……。それを振り切るかのごとく、シェリルはカバンを自分の机の横のフックに引っ掛け、教室を出た。その様子を唖然と見つめていたエリスは、思い出したかのようにカバンを自分の机に置き、急ぎ足でシェリルを追い掛けた。

「シェリル。シェーリール! やっぱ今朝から変だよ!」

 基本的にいつでも開け放たれている図書室に、シェリルの姿はあった。エリスはシェリルのすぐ隣の椅子を引っ張りだし、座る。シェリルは友人の問い掛けに、適当な返事を返しつつ、あの記憶を封印しようとしていた。

「でさ……あ、チャイム! はやく教室戻らなきゃ!」

「あ、うん」

 脱線しきった話は、予鈴によって途切れた。元気よく立ち上がったエリスに続き、シェリルも立ち上がる。その時、背後に視線を感じ、振り返った。しかし、その視線の先は、壁一面の窓ガラスだけだった。

「まさか、ね」

 右首筋を撫で、エリスの後を追った。



 放課後。シェリルは部活などに所属していないため、帰宅の路についている。教室でたむろう女子も居るが、彼女等の輪に加わると、かならずと言っていいほどに男子達からデートの誘いが来るのだ。それも、同学年から先輩、果ては卒業した先輩からもわざわざお誘いが来るのだった。

 シェリルはそれほどの美貌を備えているわけではない。友達に言わせれば、『中の上くらい』だそうだ。そんな彼女だが、なぜか男子達の気を引いている。たまに町で絡まれることもある。仕舞いには、ストーカーに付け狙われたこともしばしば。そのため、あまり人には関わらないようにしている。

「そこのオネーサン」

 またか。シェリルはうんざりしつつ、振り返る。そこには、口元を下品に歪めた、茶髪の男が立っていた。シェリルは胸が高鳴った。そこら辺のチンピラとは違う、ナイフの切っ先のような雰囲気を纏っている。危険な香り。シェリルは誘惑を振り切る。

「な、なんの用ですか?」

 体よく断ろう。そう思い、色々なシチュエーションを立てていた彼女の思考を、男は一瞬で真っ白に吹き飛ばした。

「おいシそうダ。そノ生命いのち、俺にクレ」

 シェリルの反応は、遅れる。我に返ると、一目散に逃げた。

 男はそれを確認し、口元を限界まで釣り上げると、皮膚がみるみる変色していく。標準的な肌色から、鉄と土の中間のような、泥色の色へ変わった。そして頭部は、西洋の物語に出てきそうな、羊の角が生えた怪物へと変形した。背中からは翼が生え、骨盤辺りから尻尾が伸びる。服は紙のように裂け、地面に落ちた。

 デーモン。表現するならば、その言葉がふさわしい。それは翼を広げ、シェリル目がけて飛んだ。

 後ろからはばたく音が聞こえてくる。それも、車のようにあっという間に追い付く。頭上を通ったと思ったら、目の前に怪物が立ちふさがった。シェリルは止まる勢いで、その場に強く腰を打った。視線を上げると、怪物。足が竦んで立ち上がれない。なんとか動かし、後退る。

「ウマそうナニんゲン。ヨコせ、生命よコセ!」

 小枝をへし折るかのような音を立て、怪物の牙が肥大化する。その大きさは、シェリルの腕と同じほどになっていた。あんなのに噛まれたら……。シェリルは首筋の跡を思い出し、それの何十倍の太さの牙を見て、青ざめた。噛まれるどころじゃない、食い千切られる!

「フグハァァ……」

 怪物からは、もはや言葉は紡がれなかった。彼女の頭を軽く包み込めそうなほど大きな手で、彼女の小さな肩を固定し、無造作に牙を振り下ろした。生命が吸えればそれでいい。怪物の考えを悟ったシェリルは、深く固く目を閉じた。

 しかし、次の瞬間。炸裂音と共に、彼女の肩を固定していた手が離れ、瞬時に爆音が起きた。シェリルは何事かと、ゆっくりと瞼を開くと、視界に深緑の髪が映った。レンは軽く微笑むと、塀にクレーターを作った怪物を見据える。

「グガアァ! キサまワ、シューきャくゾクカ!」

 怪物はレンの姿を捕らえると、憎悪の念を込めて言葉を放った。

「おノレ、カとうしゅゾクガ!」

 怪物は体を起こし、翼を広げ、レンに飛び掛かる。しかし、怪物がレンに届くことはなかった。ジャラリと金属の擦れる音がしたあと、怪物の上に人が降ってきた。

「人間の言葉をまともに話せないお前のほうが、俺は下等だと思うぜ?」

 怪物の上には、アクセサリーとして全身に鎖をたれ下げた青年が座っていた。怪物のほうは、青年から逃れようとあがいているが、不思議と青年から解放されない。

「レン、殺っちまっていいのか?」

 青年がそう聞くと、レンは軽く頷いた。それを了承だと受けた青年は、怪物の両肩と骨盤を打ち砕き、動きを封じた。怪物は悲痛な金切り声を上げたため、シェリルは耳を塞いだ。

 青年は怪物の体を仰向けにした。

「生命が欲しいんだろ? 俺はやさしいからな、最後に飲ませてやるよ。お前自信のを、な!」

 言い終わるのと同時に、青年の腕が怪物の胸に突き刺さる。そして、何かを掴んで抜き取った。その手には、赤く脈打つものが握られており、脈を打つ度に血を辺りに撒き散らしている。

「ほら、よ!」

 壮絶な悲鳴を上げている怪物の口に、手に握った心臓をねじ込ませた。吹き出す血が、怪物の頭を赤く染めていく。

 青年は笑いながら立ち上がり、怪物の下顎を蹴り砕く。顎と一緒に心臓も潰れ、怪物は苦悶のうちに絶命した。死んだ怪物は早くも腐食し始め、十秒と経たずに骨のみとなった。

 唖然とその様子を眺めていたシェリルを、レンが後ろから抱擁する。

「大丈夫だったかい?」

 やさしく耳元でささやく。しかし彼女には、それを意に返すほどの心の余裕がなかった。突然襲い掛かってきた怪物。レンが来て、怪物は死んだ。そして、私はどうなる? ただでは済まないだろうと、シェリルは息を呑む。

「ははーん。そいつが、お前の言ってた『生命が美味い人間』か。確かにうまそうな感じだな」

 鎖をジャラリと鳴らし、青年は彼女の前にしゃがみこむ。シェリルは必死に後ろに逃れようとするが、後ろにはレンがいる。

「そうだ、シェリルに紹介しなきゃね。こいつはンケドゥ。僕の親友」

 ンケドゥと紹介された青年は、軽く手を挙げて挨拶した。レンはシェリルを両腕に抱える。

「とりあえず、ここはまだ安全じゃない。ひとまず僕の家に行こう」

 えっ、とシェリルが気付いた頃には、すでに屋根の上だった。レンの後ろを見ると、ンケドゥが続いている。さらに後ろの空には……。

「なに、あれ……」

 見たこともないような光景が、いや、“現象”が広がっていた――



「尖兵のいくつかが、消されたようだな」

 薄暗い空間。どこからともなく光が照らす。その空間の中心に、巨大な椅子が設けられている。その椅子には、誰も座ってはいない。代わりに、軽く紫色の靄がかかっている。

「どうやら、思ったよりも早く蹴脚族シュウキャクゾクの奴らが潜んでいたようです」

 椅子の前にひざまずく者がいった。その者は、背中に大きく黒い翼を生やし、太く長い尻尾を持っていた。頭は人間に近く、違う箇所は、口が頬の半分近くまで裂けている点だけだ。

「まあよい。予定が少しだけ早まっただけだ。だが、念は押さんとな。尖兵の投入数を増やし、あいての出方を伺え」

 はっ! と了承した後、ひざまずいていた者は姿を消した。残された椅子から、不気味なまでに気配が発せられていた。

「何者も、我の邪魔をすることなど、できはしない」

 どこからともなく声が響き、次には高笑いに変わった。薄暗い空間には、その声だけが響いている。

いまさらながらに言い忘れましたが、生命は「いのち」と、生命力は「ちから」と読んでいただければ幸いです

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