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彼の記憶 #1

サブタイトルは、「彼の記憶」と書いて「かのせかい」と読んであげて下さい。いや、特に意味はないので普通に「かれのきおく」と読んでも構いませんが……。



 ヴァンパイアである少年が、その日、ニンゲンを襲った。

 ヴァンパイアにとって生き物の生命というのは必要不可欠なもので、普通の食物では補えないものを満たす。別にニンゲンでなくてもいいが、ニンゲン以外のは不味い。

 ハンターの目をかいくぐり、少年は二人のニンゲンを食した。ニンゲンと同じような姿をもつ少年は、蹴脚族と呼ばれる種族のヴァンパイアである。子供といっても、ニンゲンより遥かに優れた骨格と筋力を持っているため、並のニンゲンでは歯が立たない。

 少年の足元には若い男女の死体が転がっている。人目を忍んだ密会か、はたまた駆け落ちか。男女が人気のない所にいるなど、この世界ではそれくらいしかない。

 少年は満足すると、林の中へと消えていった。これ以上長居すると、ハンターに見つかって始末されてしまう。

 ハンターとは、紫族と呼ばれる他の世界、つまりは別の時空間から、断層と呼ばれる空間のズレを通ってきたもののことを言う。彼らは蹴脚族並の運動能力と戦闘能力を持ち、ヴァンパイアを骨も残さず消滅させる武器を使う。

 見た目はニンゲンと同じであるため、初対面なら完全に油断してしまう。その上彼らの生命は、ヴァンパイアにとって最上級の味であるため、その美味しそうな匂いに釣られてふらりと不用意に近付いてしまう。

 そして、彼らハンターに惹き付けられて生きて帰れるものは無に等しい。



 少年はその日、実に百数日ぶりのニンゲンの生命に有り付けた。林を抜けた先の、人目に全く付かない洞窟の中で、少年は生命の余韻に浸りながら、ネズミの干し肉をかじっていた。

「……またしばらくは動物ので我慢だな」

 そう呟き、小さくなった火に枝をくべようとしたとき、少年の手が止まった。そしてその手は、枝を持ったまま洞窟の入り口に向けられた。

 その手の先は、入り口に立つ人影の胸を指している。

「先客か。ニンゲン〜……じゃなさそうだな」

 侵入者はそうつぶやくと、少年が殺気を放っているのにずけずけと洞窟に入り、ずしんと火の近くに座り込んだ。あまりにも堂々としていたため、少年は飛び掛かる機会を無くした。

 少年は改めて侵入者を眺めた。少年は最初、口調や行動から男と思っていたが、改めてみると女であった。深緑の髪は短くざっくばらんに切られており、あまり気を遣われてはいなかった。体つきはコートに隠れていてわからなかったが、顔は整っていた。

 少年としては、目の前に餌が飛び込んできたようなものだ。思わず口元が弛んだ。しかし……。

「変な考えは、こいつを見て改めな」

 少年が動こうとした瞬間、いつの間にか喉元に剣を突き付けられていた。少年には彼女の腕はおろか、抜刀の動きすら見切れなかった。気が付いたら剣を向けられていた。まさにそんな感じである。

 少したってから、侵入者の女は剣を下ろした。腰に提げている鞘に剣を収めてからやっと、少年は腰を地面に落とした。暑くはないが汗が一筋、頬を伝った。

「ははははっ! 見た目通りのガキだな!」

 女は豪快に笑うと、懐から保存食を取り出すと、千切って口に放り込んだ。それを横目に、少年も干し肉をかじる。

 奇妙な光景が、そこにあった。女と少年が黙々と手にした食料を食している。しかも、片やヴァンパイア、片やニンゲンなわけである。

 食事が終わると、次は沈黙が訪れた。両者とも一言も発せず、ただ火に見入っていた。危なっかしく揺れては、力強く直立する。炎は見ている人を飽きさせないよう、ゆらりゆらりと踊る。

「オレはカナン・ダルダロスっていうんだ。おまえは?」

 女が唐突に尋ねてきた。少年は女の顔を見た後、視線を火に戻す。

「バンケティアドゥル」

 少年は、小さくつぶやくように名を告げた。

「長い。ンケドゥって呼ぶぞ」

 女は、強引に決めつけ反論を許さなかった。少年は少しむっとしたが、彼女との付き合いも今限りだと思ったので反論はしなかった。なによりも、その響きを気に入ってしまった。


 ンケドゥ、か……。


 少年は少し、微笑んだ。



 翌朝、目を開けてその姿を探すが、見当たらない。少年ンケドゥは、どこか寂しさを覚えながらも、朝食に干し肉をかじる。

 気を張って寝ていた。鳥の足音にも反応する自信もあった。ただ、彼女はなんの気配も発せずに立ち去った。そのことからンケドゥは、彼女が歴戦の強者だということを推測した。


 彼女がもし、自分の命を狙ってきたら?


 自分の命は、バターをナイフで削ぐかのように簡単に消されるだろう。あれがハンターか。ンケドゥは苦い顔をした。同時に、悲しみの表情も浮かんだ。

 一声くらい掛けていって欲しかった。素直にそう思った。

「……またいつか、あえるかな?」

 一人呟き、彼は森へ飛び出した。




 野を駆け山を駆けて生活しているンケドゥにとって、街は憧れの一つだった。隠れる場所は数知れず、獲物も溢れ、なおかつ手を伸ばせばいつでも。そんな幻想を抱いていた。

 実際は、人一人が消えると、必ずと言っていいほど元凶のヴァンパイアが消える。正体がばれてもだ。街にいるヴァンパイアもまた、命を賭けてそこにいる。野生で暮らすヴァンパイアと殆ど代わり映えはしない。しかし、街に入ったことすらないンケドゥに、それを知るよしはない。ただ遠巻きに見つめる街が輝いて見えた。

 木の上から、ある街を眺めていた。その街は背の高い建物が多く、高い木に登っていても地平線が隠されていた。その街には防御壁が敷かれていて、その壁には弩を携えた兵士が配備されている。飛んでも走っても、その壁は越えられない。

「……はぁ」

 木の上でため息を吐くンケドゥ。最近は冬季が近付いて来たため、動物達は穴に籠もり始め、なかなか獲物にありつけない。干物をかじっても満たされない空腹感。

 生命を吸収できなければ、ヴァンパイアは枯渇して死ぬ。ンケドゥもまた、死の恐怖に少しずつ蝕まれていた。愚かしい考えが浮かぶ。

「……あの兵士を……いや、ハンターでも。闇討ちすれば僕にだって……」

 一人ブツブツと算段を唱えている。そのため、近くまできた気配に気が付いていない。独り言はすべて、ンケドゥの背後の影に筒抜けだ。

 どうする、仕留めるか? 影は多少躊躇した。剣の柄に手は掛けているが、目の前のヴァンパイアには見覚えがある。

 影は、判断した。

「やあンケドゥ。こんな所で再開するとはな」

 剣の柄から手を離し、ンケドゥへの挨拶のために振る。ンケドゥは警戒して振り返ったが、その顔を見た瞬間、安堵した。

「……ケビン」

「だ、誰だよそれっ」

 うろ覚えの名前は見事に外れ、目の前の女は笑った。ンケドゥも嬉しくなり、笑う。

「カナンだ。カナン・ダルダロス。もう忘れんなよ〜?」

 いいながら、彼女は人差し指でンケドゥの額を強めに突いた。ンケドゥは笑いながら額を擦る。



「なるほどな。それであんな独り言をブツブツと……」

 ンケドゥはカナンに、自分が空腹状態で、生命がなければ枯渇して死んでしまうことを話した。実際、今はピンピンしているようにも見えるが、あと一週間獲物がなければ動けなくなっていた。

 彼女はンケドゥの顔を見、悩む。


 こいつを見殺しにするのは目覚めが悪くなる。しかし今の時期、動物なんかは殆ど隠れちまってるし、かと言ってニンゲンを襲わせるわけにもいかんし……。


 悩み悩んだ末、彼女が取った行動は……。

「……何?」

「吸え」

 自分の手を、ンケドゥに突き出していた。長袖を捲り、白い腕を露出させる。ンケドゥは生唾を飲んだ。いい匂いがする。体臭とかの類いではなく、料理の香りでのいい匂い。つまりは美味しそう、と言うことだ。

 我慢しきれない手が彼女の腕をつかみ顔前へ持っていく。口を開いて鋭い歯を剥き出し、腕に歯をあて、彼女を上目遣いで見つめる。

「あんま遠慮すんな。オレの命に関わらない程度だったらくれてやるからよ」

 カナンは優しく笑いかけた。口調がもう少し女らしければ、あるいは修道女に見えるほどだろう。

 そんな彼女の言葉に我慢が利かなくなったンケドゥは、恐る恐るだがその腕に牙を突き立て、食い込ませる。

「いつつ……! ゆっくりやんなよ、むしろ痛ぇぞ」

 カナンはそういったが、ンケドゥには殆ど聞こえていなかった。急に、しかし少しづつ血を、生命を吸い上げる。

「ん……」

 カナンは、生命を吸われるという事に対して嫌悪の表情をしたが、内心はまんざらでもなかった。ほどよい脱力感と心地のいい倦怠感がゆっくりと浸透していく。

 束の間、その感覚に流された後、ンケドゥの頭を人差し指で押し退けた。

「はい、終わりっ。これ以上はオレが危ないからな」

 残念そうな顔をするンケドゥに、そう笑いかけた。それに釣られてンケドゥも笑った。



 煌びやかにガス灯が照らす街を一望できる丘のうえの森林に、ンケドゥとカナンは寝転がり、空を見ていた。星が所狭しとひしめく天井は明かりをもたらし、薄暗い中でも草木の末端までよく見える。

「なあンケドゥ、おまえの親はやっぱ死んでるのか?」

 カナンが唐突に口を開いた。ンケドゥは空を見上げたまま、記憶の中のビジョンを視界に広げる。



――むせ返るような血の匂い。部屋一面に撒かれている赤い液体。肉塊がいくつも散乱していて、五体満足の死体など一つもありはしない。

 自分に覆い被さる、首のない母親代わりの女の死体を退け、血の池に這い出る。床を叩いた時の湿った音に反応するものはいない。この部屋にいた皆は、死んだ。

 なにがあったかは覚えていない。だが、何が起きたのかは予想できる。

「……」

 何者かの襲撃を受け、ここの者達は命を断たれたのだ。

「……」

 バンケティアドゥルは床の血を掬い、口に含んだ。

「……おい、しい……ママの血……」

 涙を流しながら、床に撒かれた血を貪った。自分を、ヴァンパイアである自分を我が子のように育ててくれた者の血を貪った。

 血が渇き、舐めとれなくなるまで啜り続けた――



「……親は、気が付いたらいなかった。オレを拾ってくれた人も、ずっと前に死んだ」

 感情も込めずに淡々と言う。悲しいことには悲しい。しかし涙が出るほどじゃない。いや、涙は枯れている。ンケドゥは自分に多少の嫌気が差した。

「そっか」

 カナンは特に悪びれた様子もなく小さく漏らす。

 しばらく二人は星を眺めていたが、飽きて眠ってしまった。眠るといっても、ほとんど目を瞑っただけに等しいのだが。



 小鳥のさえずりに目を覚ました。ンケドゥはゆっくりと瞼を押し上げ、カナンの寝ていたほうに目を向ける。

 どうせまた……。そんな予感が頭にあったが、その予想はあっさりと裏切られる。静かに寝息を立てて、その人はそこにいた。それも、少し手を伸ばせば届くような距離に。

「……」

 あまりに近く、ンケドゥは少し驚き、緊張した。彼女の綺麗な顔がすぐ近くにあるのだ。しばらく水浴びをしていないのか、髪はいくつかの束になってべたついていて、目を凝らせば顔に泥や血が付いているのが分かる。

 ンケドゥはもったいないなと思った。彼女の魅力が、そのことによって少し削がれていると思ったからだ。

 ンケドゥはなんとなく、彼女の頭に手を伸ばした。なるべく静かに、気取(けど)られないように。

 指先に髪が触れた。感触はなかった。その刹那に手首を掴まれたからだ。心臓が大きく飛び跳ね、視界が一瞬揺れる。

「……なんか用か?」

 カナンはぶっきらぼうにそう言うと、目を開けた。ンケドゥは耳元で響く鼓動を感じながら、なんでもないと言って平静を装ってみせた。

 カナンはンケドゥをしばらく見つめたあと、自分の髪を撫でる。

「……水浴び、すっかなぁ……」

 そう呟くと、ンケドゥの手を解放して立ち上がった。一つ伸びをして、間接を鳴らす。

「ん〜あ〜! ……ん? おまえも来るか?」

 見つめるンケドゥに悪戯っぽく笑いかける。ンケドゥは頷きたい気持ちを羞恥心で押さえ込み、首を横に振る。



 街が見える丘から、近くも遠くもない距離に、小さな湖がある。カナンはそこに水浴びにと来た。なんだかんだ言っていたが、結局ンケドゥもついてくることになった。

 湖に着くなりカナンは着ているものを脱ぎ始めた。ンケドゥはあわてて目を反らし、少し距離を置いた。

「なんだ、恥ずかしいのか? 見たって別に減るもんじゃあるめぇし、んな気にすることなんかねぇだろ」

 裸体を見られることをなんとも思っていない様子のカナンは、ンケドゥに見せ付けるかのように、腰に手を当て仁王立ちしている。

 ンケドゥは心中激しく葛藤しながら、結局は後ろを向いて座り込んでしまった。カナンはからかうように笑うと、湖へと飛び込んだ。湖は見た目によらず深度はあるようだ。水柱を立て、水中に姿を消すカナン。少ししてから浮上し、体を擦り始める。

 彼女が潜っている間に、ンケドゥはどこかへといなくなっていた。

 照れたのか。カナンはそう考え、笑った。しかし……。



 ンケドゥは一人、森の中を駆けていた。

 運がない。照れ隠しに森林に飛び込んだ矢先、ハンターにばったりと出くわしてしまった。利き腕である左腕は半分ほど引き裂かれ、激痛をともなってなんとかぶらさがっている。

 ハンターが咄嗟に使った得物は、動物などを解体する時に使う鉈のようなもので鉄製だったため、左腕の切断までには至らなかったが相当なダメージは負った。事実左手はまったく機能せず、肌も青白くなってきている。

 今にも千切れそうな左腕を、右手で必死に押さえながら追跡者から逃げる。逃げるのは得意分野だったが、ここまでの大怪我を負っての逃走は初めてだった。思考が二転三転と、混沌としたループが発生していて、まったく纏まる様子が無い。

 とにかく早く、遠くへ。焦る一方の頭は、その短文だけをはっきりとさせていた。どう逃げる、どう撒く。そんなものは二の次三の次であるように。

 左腕を木の枝にぶつけた。まったく不意の出来事。その衝撃は傷口を強く叩く。普段なら気にも止めないだろうその出来事が、今は傷を抉り叫びを上げさせる。バランスを崩し地に倒れ落ちる。その衝撃はもはや、呼吸や思考などを簡単に吹き飛ばすほどのものだった。

 うずくまって必死に痛みを和らげていると、ハンターが追い付いてきた。

「追い付いたぞ、ヴァンパイア! おまえの首には賞金が懸かってる。恨みはないが、死んでくれ」

 死が、目の前に立っていた。剣を雄々しく振り上げるハンターを見上げて、ンケドゥは真っ白な頭で考えるという、矛盾した境地に立った。

 不意に、母親の代わりをしてくれていた女性を思い出した。

 餓死しかけていたところを、手料理と鶏の血と自らの血で助けてくれた時を。

 同じ村の子供達に『ヴァンパイア!』と罵られ、石を投げられ、棒切れで殴られて泣いていた時、優しい言葉で慰めてくれた時を。

 やられた仕返しに相手を殴り帰った時に、『力は守る時以外に振るってはいけない』とこっぴどく叱られた時を。

 首のない死体となり、自分を庇うように重なっていた母親を。

 ゆっくりと、だが刹那の内に映像が流れる。瞳に焼き付けてきた記憶がよぎっていく。そして最後に浮かんだのが、カナンの顔だった。


 死にたく、ないっ!


 振り下ろされる剣を、片手だけで倒立をして躱し、足を横に薙ぎ相手の顎を蹴る。ハンターはぐるりと半回転して、剣と共に地に伏した。

 ンケドゥはすかさず上にのしかかり、犬歯を剥き出し首筋に突き立てた。思考すらまともになっていなかったハンターは、何が起きたのか理解する前に絶命していた。

 首筋から口を離すと、ンケドゥは左腕の激痛により、屍の隣に転がった。激しい動きにより、裂け目がさらに広がったようだった。出血も激しく、いよいよもって意識に(もや)がかかり始めた。激痛を感じても、不思議と藻掻く気が起きなくなってきた。

 そこからの記憶はまるで夢のようにぼんやりとしている。カナンが駆け付けてきて自分を仰向けにし、左腕の傷になにかをしている。必死な形相で顔を覗き込んで何かを叫んでいる。抱き上げられ、どこかに運ばれている。

 そこで、すべての感覚が途切れた。




 目を覚ますと、辺りは朝靄が掛かり、気温は益々低くなっていた。一つ身震いをして半身を起こそうとすると、腹に重圧を感じた。首を軽く起こして確認すると、ざっくばらんに短くされた深緑の髪ときれいな顔があった。

 ンケドゥは左手でその髪を撫でようとしたが、鈍痛を感じて左腕を動かすのをやめた。ああそういえばと、気を失う前を思い出して、右手をカナンの髪に伸ばす。触れた瞬間に止められるだろうという予想を立てていたが、意外にもそれを裏切られた。

 髪に触れて、一撫、二撫。しかし目を覚まさずに寝息を立てている。もしやと思って、軽く肩を揺すってみたが、反応がない。その事実に、ンケドゥは妙に支配感を覚え、髪に触れる。

 あまり滑りはよくはないが、触り心地はよかった。指に絡ませたり、束を巻いてみたり、軽く掴んでみたり。とにかく触り、弄っていた。指を髪に滑らせる度に気持ちが高ぶっていく。彼女が服を脱ぎ始めた時に感じた興奮に似たものが、胸を支配していく。

 鼓動が早まる。呼吸が浅くなる。

「……何をしてんだ?」

 彼女は急に目を覚まし、口を開く。胸に杭を打たれたかのような衝撃を感じ、急いで手を離す。

「いや、待て。今のはあんまり悪い気はしない。よければもう少し続けてもいいぞ?」

 意地悪く、優しく微笑むカナン。ンケドゥはその言葉に甘んじ、右手を再び髪に滑らせる。目を閉じ、意識でンケドゥの手を感じるカナン。二人を包む空気が、温かく、柔らかくなっていく。



「一緒に旅、しないか?」

 カナンが突如、そう切り出した。

 沈んでいく真っ赤な太陽。地平線に片足を踏み入れたとき、カナンが呟くように切り出したのだった。驚いた様子でンケドゥは彼女に振り返る。

「……いいの?」

 質問にはなっていたが、ンケドゥの応えはイエスだ。カナンはンケドゥと目を合わせてほほ笑み、座っている現在地から飛び降りた。十メートルほど落下した後、草原に足音を立てて着地する。遥か頭上にいるンケドゥを見上げ、叫んだ。

「誘っといてノーってのは反則だろ?」

 満面の笑みで愚問に答えてくれた。ンケドゥは飛び上がりたい気持ちになった。

「そうと決まりゃあ、街にダッシュだ! 野宿より宿に入ったほうがゆっくり眠れるからな!」

 そう言うと、カナンはコートをなびかせて走りだした。ンケドゥも木から飛び降り、その背中を追い掛けた。


短編と言っておきながら、続きます、ええ。

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