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強大な闇滅び、すべてが夢の跡、新たな時を歩む少女(終)

今回は少し長めです。後書きも見ていってください。

 あまりにも大きな椅子に、座すように取り巻く紫の霧。その霧とシェリルの間には、翼翔族は一匹もいない。霧に威圧され、その場から退いたのだ。

 シェリルは椅子を見上げながら、剣先を少し下に向けるように構え直す。このほうが、いつ相手が仕掛けてきてもう受けやすいことがわかっている。とはいっても所詮は素人。相手の動きが素早ければ反応できはしない。シェリルは自分の敗北を薄々イメージしていた。

 捕らわれ、血を啜られ、ゴミ屑かのように投げ捨てられる。

 そんな想像を打ち払うかのように、駆け出した。相手が仕掛けてきたら死ぬ。それならこちらから仕掛けたほうがいい。何もしないで待つよりは。

 距離がグンと縮む。ハイドの力で体が軽く、筋力も普段の数倍に引き伸ばされているので、それだけの速度が出た。

 あと少しで椅子に届くというところで足元が揺れた。咄嗟のことだったので、シェリルは反応出来ずに足がもつれ、派手に転がった。どうやら誰も予期していない出来事だったようで、シェリルの耳に届くほどの不安の声が、周りの翼翔族から聞こえてきた。

 しばらく続いた揺れが治まると、次には何かを引き裂くような音が響き渡り、一つのイレギュラーがその空間に侵入した。

「っはあ! ……はぁ……シェリ、ル……」

 彼女が呼ばれて振り返ると、そこには見覚えのある人物、いや、ヴァンパイアがいた。遠くからでもわかる、ツヤのない単純な深緑の髪。それは間違いなく……。

「レン!」

 心の片隅で常に微笑んでいて、意識せずに常に助けを求めていた人物が、そこにいた。彼女の顔に思わず笑みが浮かぶ。

 レンがシェリルの姿を確認すると、目の色を変えて走り始めた。それを阻もうとする下級の翼翔族達だったが、鬼が憑いたかのようなレンの気迫に圧され、まともに闘わないうちに次々と屍に変わっていった。

「大丈夫!? 怪我はない!? どこか痛いところとかない!?」

 その一言に、シェリルは思わず吹き出した。テレビドラマの母親のようなその言動がどうにも可笑しくて。とても今、返り血を浴びて赤黒く染まっている当人が言うような言葉ではなくて。

 笑う彼女を見て、レンは少しふてくされたが、椅子を目にした途端、戦慄した。椅子にまとわる霧が無意識に発する覇気を感じ取ったのだ。そのレンの顔を見て笑うのをやめ、改めて椅子を見上げるシェリル。

「茶番は終わりか?」

 嘲笑うように霧がそう発すると、レンが飛び出した。霧に向かって殴りかかろうとするが、近づいていくにつれ、その椅子がどれほど巨大か、嫌でも思い知らされていく。レンの拳が霧を掻いた時、レンは改めてその巨大な椅子を見上げた。三十メートルは軽く越すような巨大な椅子。レンはそれに目を奪われ、一瞬だけ油断した。突如霧が実体を持ち、巨木よりも太い足が現れた。

 シェリルが叫ぶよりも早く、その足はレンを蹴り上げる。反射で辛うじて両腕で防いだレンだったが、受けた衝撃は相当なものだった。真上に蹴り上げられ、その高さは椅子をも越えた。

「レーン!」

 シェリルは駆け出し、錐揉み状に落下するレンを受け止めようとしたが、間に合わなかった。鈍い音をたてて墜落したレンのもとに座り込み、レンを抱え起こす。

「レン! レン、しっかりして!」

 シェリルが呼び掛けると、レンはシェリルの顔をみた。墜落する瞬間、なんとか受け身をとる事ができた。それでもダメージは相当なもので、動けずに呻き声をあげている。

「……フッ。我が戦士達を退けるほどの力を持ってしても、我の前では赤子も同然だな」

 多少の揺れと重量感のある音を伴い、巨大な足が地面を踏みしめる。立ち上がったその者は、霧ではなくなっていた。巨大な図体は椅子をも軽く越えており、見る者に神話に登場する巨人を連想させる。

 翼翔族の特徴である翼と尻尾も、それ自体が既に次元の違いを見せ付ける。開けば五十メートルは下らない翼。映画の怪獣のように長く太い尻尾。もはや存在自体が馬鹿らしい。

 それを見上げたレンとシェリルは絶句していた。大方予想はしていたが、その予想を超える存在に。

「娘よ……おまえの力を見せてみろ」

 そう言われ、シェリルはチャンスだと思った。相手は防御の体勢もとらずに目の前でしゃがみこんでいる。それでも相当な大きさではあるが、ハイドの力があれば十分に届く。

 倒すなら、相手が自分の力を過信している今しかない!

 彼女は今一度ハイドを握り直す。手のひらにチクリとした痛みを感じた。握りすぎたために皮が軽く裂けたのだろう。

 精一杯力を溜めて、地を蹴った。普段ではあり得ないほど高く跳び、あれほど高くに見えていた胸が、すぐ目の前に壁のように存在している。

 このまま胸を貫ければ、いや、深く傷つけるだけでもハイドの光で倒せる。

 シェリルにはそんな確信すらあった。

 目論み通り、ハイドは易々と胸に突き刺さり、翼翔族を灰塵へと帰する光を放った。シェリルはあまりにもあっけなさすぎたため、思わずにやけてしまう。

 しかし、目の前の翼翔族は呻くだけで、一向に消えはしなかった。

「ほう……これがおまえの力か……。相当なものだな、グゥ……。この力があれば……」

 そしてシェリルの視界は、一瞬にして混沌と化し、治まった時には既にバルドの手に握られていた。ハイドもろとも、である。心の中にハイドの声が響く。


 そんな、馬鹿な!?


 その声を聞いた瞬間、シェリルの心は一気に闇に支配された。恐怖や絶望などの負の闇に。

「う……ぐ、あ……」

 もがいても、腕の一本すら動かすことができない。バルドがあと少し力を込めれば、シェリルは無惨に内容物を撒き散らし、原型を留めない肉塊と化すだろう。

 しかしバルドはそうはしなかった。何か他に考えがあるようだった。

「クク、ク……その剣が力の結晶か。手の平が焦がされるように痛い……」

 そうつぶやくと、バルドはシェリルをもう片方の手でつまみ上げ、彼女の手に握られている剣を奪い取ろうとした。取られまいと力を入れて強く握るシェリルだったがそれがかえって悪い結果を招いた。

 たとえるなら、走る車に引っ掛けたパールを強く握っていた感じ。バルドの引く力は尋常ではなく、柄を強く握っていたシェリルの両肩から、嫌な音が響いた。

「あがぁ!?」

 あまりの激痛に醜い叫びをあげるシェリル。腕からは力が抜け、だらりと垂れ下がる。すぐに意識が飛んだ。

 剣を奪ったバルドは、もはや用済みのシェリルを放した。そのシェリルを待っているのは、四十メートルの落下である。どれだけ強靭な肉体を持ってしても、死は免れない。

 気を失い、背面から落下する彼女を、レンはやっとの思いで空中で優しく受けとめた。着地の衝撃が肩にもかかり、その痛みでシェリルは目を覚ました。

「レ、ン……」

 肩の痛みを堪えながらの悲痛な声。レンの中に、今までにないほどの黒い塊が深く根を張っていった。

「ク、フフフ……ついに、ついに我の力が完全なものに……スウィス、スウィスよ、見るがいい! 完全となる我をぉ!」

 狂ったように叫んだバルドは、シェリルから奪ったハイドを胸に突き刺した。いや、ねじ込んだと言うほうが正しい。ハイドの小さな刃を、自らの胸に埋め込んでいく。痛みと狂喜の咆哮が、半開きの口から唾液と共に漏れだす。

 完全にハイドが埋没すると、胸の風穴が驚異的な早さで塞がった。

「これで我は、我は不死となり、聖の力を持って心の臓を貫かれても死にはしなくなった! 我は……世界の王となる! 永遠の王にぃ!」

 狂ったように笑うバルド。レンはその足元で、哀れむように見上げていた。その腕の中には、同じように哀れみの表情を浮かべたシェリルがいる。

 その二人に気が付いたバルドは、しゃがみこんだ。

「なぜ、そのような顔をする? 我が王になるのが、それほど絶望なのか? ふふはははは!」

 嘲笑うように声をあげて笑うバルド。しかしレンは表情を変えない。シェリルも同様に。それが気に食わないのか、二人のすぐ近くに拳を振り下ろすバルド。

「哀しむな、恐怖しろ! 絶望しろ! 貴様等にはもはや欠片の希望もありはしないのだぞ!?」

 バルドは、焦り始めた。二人が何か企んでいるのではないかと。そして冷静に考えた。


 いまさらこいつらになにができようか。邪魔なら、つぶせばいいのだ!


 そう考えつき、拳を高々と振り上げる。その動作は、何かを焦っていた。

 しかしレンは、ゆっくりと口を開いた。

「気が付かないのか……」

 その一言に、バルドのすべての動作が止まった。

「考えたら、わかるでしょ。おまえの行為は、自ら毒を取り込むのと同じなんだよ?」

 バルドは……後退った。

「あの光を浴びたおまえの仲間は、灰になるんだよ? 普通の死に方ではなく、ね」

 レンの言葉に押されるようにバルドは下がる。そして、焦る自分にやっと気が付く。しかし何故焦るのかはわからない。

「な、なにを言う! 我はそれに対する耐性を付けるために、我は密かに紫族を狩り、その生命に含まれる聖の力を取り込んできたんだ! いまさらその力で消えはしない!」

 何かを打ち払うかのように、バルドは叫んだ。空気を揺るがすその声には、余裕も覇気もない。

「じゃあ、それが悪かったんだな。自分の胸、見てみろよ」

 レンのその一言が、バルド自身の身に起きたことを悟らせた。もはやそこまでくると見なくてもわかるが、バルドは見ずにはいられない。

 自らの胸を見ると、穴が開いている。そこから白い光が漏れてきている。弱々しい光が。バルドは慌てて手でそれを塞ごうとしたが、光に手が触れた瞬間、皮膚が焼け肉が裂けた。

「ば……馬鹿なっ! こんな、はず……はずが……ないっ!」

 零れる光は徐々に強まり、それを必死に隠そうとするバルド。手を胸の前に何度も持っていき、胸の筋肉を寄せて穴を塞ごうとしていたが、気がつけば既に手には指がついてはいなかった。光を浴び、消滅してしまっていた。

 バルドはそれでもなお覆い隠そうと努力するが、腕は徐々に短くなり、光はどんどん強くなっていく。

「馬鹿なっ馬鹿なっ馬鹿なっ馬鹿なっ馬鹿なっ! こんなことが、こんなことが!」

「あるんだよ。いま、こうして」

 血を撒き散らしながら、幼児に退行したような行動をするバルドに、レンは冷酷に告げる。

「これは僕の予測だけど、おまえの体内に蓄められた聖の力が、シェリルの剣と融合した瞬間に爆発しちゃったんじゃないかな?」

 レンはそう言い放つと、後ろに振り返り、歩きだした。バルドはその背中に向かって、無い腕を突き伸ばした。

「た、助け、て……くれ……。スウィス、どこにいる……助けてくれ……」

 バルドは死の恐怖を前にして、精神も崩壊していた。知っている翼翔族の上級階級の者の名を口にしては、助けてくれと嘆願した。

 ある程度の距離を取ると、レンはバルドに振り返った。

「終わり、だね」

「……うん」

 シェリルが頷くと、バルドは悲痛な咆哮をあげ、内側からの光にゆっくりと呑まれていった。シェリルは光の中心にハイドの姿を確認した。剣ではなく、人型の。その瞬間、時が止まった。

『どうやら、お別れのようだの。短い間じゃったが、おまえを守ることができてよかったわい』

 その喋り方に似合わず、ハイドは好青年といった印象をうける青年だった。


 どうして、お別れなの?


 シェリルが尋ねると、ハイドは笑った。

『不死のこいつをあの世に直接送らなきゃならんからの。ワシも一緒に行かんとならんのじゃよ』


 そう……。さようなら、今までありがとう。


 シェリルがそう言うと、ハイドは笑って手を振った。ゆっくりとその姿が消えていき、それに応呼するようにバルドを呑み込んだ光も消滅していく。

 後には、巨大な椅子と、二人だけが残された。

「……終わり、だよね?」

 シェリルが尋ねる。レンはシェリルをゆっくりと床に下ろした。腕が動くたびにシェリルは顔をしかめる。

「うん、終わったよ」

 レンはシェリルの横に座った。

 おそらく数時間ほどだろう。二人は静かに遠くを見ていた。

「……ここから、出られないのかな?」

 シェリルがポツリと零すと、レンは遠くを見つめたまま、答える。

「うん……」

 沈黙は、気まずいものに変わった。しかし不思議と居心地は悪くない。

 またしばらく時間がすぎると、不意にレンがシェリルに覆い被さる。

「……シェリル」

 そのまま、二人は唇を重ねた。互いの唇を優しく撫でるように。

 唇を離すと、レンは優しく微笑んだ。

「たった一つだけ、あった。出る方法」

 レンがそう言うと、シェリルは驚いて目を見開いた。

「ここから、君を過去に飛ばせばいいんだ。僕と君の存在が交わった日に」

 彼の口から出た言葉は、シェリルには理解できなかった。レンは目を閉じ、額をシェリルの額に付ける。その瞬間、シェリルの頭にあの日の光景が蘇った。そう、レンと出会った、今から数日ほど前の日の光景が。

 すると、体が突然沈み始めた、驚いて起き上がろうとすると、レンに止められた。

「君の記憶を、この断層の床に流し込んだ。君はあの日の朝に落ちることになる」

「えっ?」

 理解はできなかった。だが、シェリルはレンの瞳に隠された感情を見抜いた。

「まさか、もう、合えないの?」

 レンは軽く頷いた。

「僕の記憶は、移さなかった。そうしたら、君は僕の存在しない世界で生きることになる。『ヴァンパイアに出会わない人生』を歩むことになるから、君の大切な人たちもみんな、死なない」

 レンは嬉しそうに、悲しそうにそう言った。シェリルは、「レンに出会わない人生なんて嫌だ」と反論しようとしたが、レンの行動によって遮られた。レンはシェリルの耳に、自分の口を近付けた。

「――――」

 彼女の耳元で、優しくささやいた。それを最後に、シェリルの視界は暗転し、意識は離れていった。


 レン、約束だよ……。


 ささやかれた言葉に、そう応えた。











 時計がけたましく鳴り響く。まだ正常に働かない頭は、とにかく時計を止めたかった。いつも時計のある位置に手を伸ばし、時計の頭にあるスイッチを叩く。

 時計はチンッと余韻短く鳴り終わり、彼女は重たい目を擦りながら起き上がる。


 眠い……体が重い……昨日は、何したんだっけ……?


 そう思い、記憶を掘り返す。確か、巨大な怪物がいて、殺されかけて……。


 そこまで思い出すと、残りの全てがフラッシュしたかのように思い出された。

 はっとしたシェリルは急いで布団から飛び出し、部屋を出、階段を駆け降りた。居間の扉を勢い良く開き、ある人物を探す。

「ど、どうしたのシェリルちゃん!? まさか泥棒とか強盗とかが入ってきたの!?」

 探していた人物は、扉を開けた瞬間に見つけた。大慌てで武器になりそうなものを手に取る。

「ぁ……」

 シェリルは泣きそうになったが、唇を噛み締めて我慢し、笑顔を作った。

「ううん、なんでもないよハンナさん」

 声が震えていたが、ハンナは慌てていて、そんな些細なことには気付かなかった。

「本当に? 本っ当に大丈夫?」

 ハンナはいつものように心配してくれている。シェリルは必死に堪えながら、布団片付けるの忘れてた、と言って部屋に急いで戻った。

 部屋に飛び込むと、布団に飛び付いた。

「……いぎでる……よかっ……ヒグ……エグッ……」

 笑顔で、泣いた。

 気持ちを落ち着かせ、赤くなった目に目薬を垂らして赤みを引かせ、何事もなかったかのように再び居間に戻った。

 朝食を食べ、顔を洗う。高鳴る鼓動が彼女を急かす。もう一人、もう一人も確認したい。

 いってきますと元気よく家を飛び出し、学校に行く道を走る。そして、いつも合流するY字路で、その人物を待った。

「おー、今日は珍しく早いじゃん!」

 待ち遠しかった声が聞こえた。そっちを振り返ると、見慣れているが懐かしい青いショートヘアーを揺らしながら駆けてくる少女がいた。

 少女はシェリルの元までくると、膝に手をついて、わざとらしく疲れた素振りをしてみせた。

「いやぁー、私の可愛いシェリルちゃんの姿が目に入ると、どうしても急いじゃうなー」

 はははっと笑い、シェリルの顔を覗くエリス。その目がみたのは、歓喜の表情で涙を流すシェリルの顔だった。

「シェリル、何、どうしたの? 笑いながら泣くなんて、まるで数年ぶりっ!?」

 言葉の途中で、突然シェリルが抱きついてきた。それほど無い胸に顔を擦り付けてくる。

「ちょ、シェリ……こんなとこで!」

 顔を赤らめながら、シェリルの肩を掴む。その時にエリスは、シェリルが泣いていることを知った。引き剥がそうとしていた手は、シェリルを優しく包んでいた。

「よーしよし、なんだかよくわかんないけど、泣きたきゃ存分に泣きなよー」

 優しく声をかけ、すすり泣くシェリルを、赤ん坊をあやすように抱き締めるエリス。このあとしばらくはその状態が続いた。



 学校で授業を受ける。ほんの最近までは退屈で仕方がなかった授業が、いやに新鮮に感じられた。教師の一言一句すら逃さずに聞き入っていた。

 昼食の後にはエリスと好きな俳優の話をしたり、からかいあったりした。あまりの嬉しさに何度も泣きそうになるものだから、エリスはシェリルを引きつれて、人が滅多にこない屋上で話し合った。シェリルが泣きたくなったら、エリスは胸を貸した。濡れることも気にせずに。

 シェリルが謝ると、「大丈夫大丈夫、洗えばいいからさっ!」と答えた。エリスとしては、急に泣き出すシェリルが心配だったが、彼女が言いたがらないので深くは追及しなかった。なぜなら、笑顔が昨日より輝いていたから。作り笑いじゃない、本当の笑いだったから。


 放課後、部活に向かうエリスに別れの言葉を言い、一人自宅に向かって歩いていく。

 進むにつれ、どんどん胸が高鳴っていくことを、シェリルは不思議に思った。


 なんだろう、なにか忘れてる気がする。


 もやもやとしたなにかがシェリルの中で膨らんでいった。それが期待だということに気が付いたのは、なんの変哲もない、どこにでもあるT字路が見えてきた時だった。

 シェリルは無意識に走りだしていた。T字路に近付くほどに期待が膨らんでいく。そして角に着いた時、期待は最高潮に達していた。

 胸の高鳴りを耳で感じながら、角から飛び出すように覗き込む。しかしそこには……サラリーマンや女性がいるばかりだった。

 シェリルの中の期待が、一気に喪失感に変わった。何か、とても大事なことが記憶から抜け落ちている。憶えていることは憶えている。

 翼のある怪物にハンナとエリスが殺され、とても嫌な女性に殺されかけ、猫背の男性に黒いコートの男性、自分の力のハイド、怪物の親玉。

 しかし、奇妙だった。何かが抜け落ちていた。自分は何もない空間に向かって話しかけたり、笑ったり、胸をときめかせたり、抱かれたり……。そこには“誰か”がいたはず。なのだが……。

 シェリルは頬に伝う感触を感じた。触れると、涙だった。気付かぬうちに泣いていた。わけもわからぬまま、とめどなく流れる涙を拭いながら、家へと向かって走った。

 家に飛び込むと、ハンナの言葉も無視して部屋に飛び込んだ。鍵を掛け、布団に潜り込み、泣いた。朝とは違う、悲しい顔で。



 しかしその夜、シェリルは一つだけ思い出した。誰が言ったのか、いつ言われたのかは全く分からない言葉を。



――必ず合いにいくから。君のもとに。絶対に。だから、待っててね――



 その言葉をふと思い出した瞬間、シェリルは不思議と幸福感に満たされた。そして何故か、その約束は果たされると、そう信じた。



 時間は絶えず進み続ける。彼女の中の時間は、今新しい時間を刻み始めた――






はい、これにて本編は終了です。次話からは、本編で語られなかったり説明が不足していたりわかりにくい部分を、シェリル、レン、ンケドゥ、ルイスのパートに分け、さらに彼らの過去、そしてエピローグを書いた短編を出して行きます。そして設定などを作者とキャラが話し合う場を。それらが終わると次からは、思いつきで書く短編などを掲載して行きます。まだまだこの作品にお付き合いください。本編読破、お疲れ様でした。

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