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煮えたぎる憎悪、相討つ仇、支配者の声

 一陣の風が吹く。恐怖や憎悪の叫び声がいやに強く耳に響くが、それは二人からはだいぶ離れた地点から聞こえてくるものだ。彼ら二人の付近には、無数の骸が転がっているだけだからだ。二人の間を、一陣の風が吹き抜けた。

 ンケドゥとスウィスは同時に跳んだ。二人を結ぶ線の中心で、二人は一瞬だけ衝突した。一瞬ではあったが、二人はそれぞれ三発放っていた。互いの攻撃の衝撃で後方に吹き飛ぶ。発生した二つの土煙、その片方が横に破裂した。ンケドゥがスウィスに向かって再び跳んだのだ。

 しかし、手応えはない。スウィスはそこにはいなかった。

「やる、な。だがその程度で私を倒せるとでも?」

 その声は、ゆっくりと立ち上がったンケドゥの後ろから聞こえた。話し方に見下すかのような丁重さがなくなり、代わりに本気の力が籠もっている。ンケドゥはゆっくりと振り返り、拳を握って骨を鳴らした。

「まさか。まだ準備運動だぜ、こっちは。そっちこそ、この程度で勝ったと……」

 瞬間、ンケドゥの姿が霞み、スウィスの体が後ろにあとずさる。

「……思うなよ?」

 スウィスの立っていた地点で、拳を前に突き出す格好でンケドゥが呟いた。

 面白い。スウィスもまたそう呟き、腹部を押さえていた拳を垂れ下げる。次には、両者とも肉眼では追いきれない攻防を繰り広げる。一進一退、微かにスウィス寄り。地面は蹴られる度に削り取られ、石は粉砕し、砂は粒子の大きさ関係なしに砂煙となる。

 スウィスは飛ばされることはなかったが、ンケドゥは向かう度に四方に弾かれている。ここにきてやっと、その力量の差が出始めたようにも見える。

「クソ……がぁ!」

 普段のンケドゥからは想像もできないほどの気迫と憎悪の込められた叫び。狂気とも取れるその叫びに共鳴するように、戦闘スタイルも崩れてきている。普段なら空いた所を的確に狙ってたたき込むが、今は闇雲に連打しているだけだ。逆に空所を突かれ、ダメージを蓄積している。

 何度目、何十度目になるかわからない地面との衝突に、いよいよ膝をつき始めるンケドゥ。その顔には憎悪と焦燥感が入り交じり、傷を負ったケモノそのものだった。瞳には理知的な輝きはなく、代わりに破壊衝動を具現化したようなギラつきが見て取れる。

「……そろそろ終わりにしましょうか」

 スウィスはゆっくり体勢を立て直し、冷静に言った。目の前の敵からは、最初のような脅威が感じられなくなったからだ。

 再び飛び掛かろうとするンケドゥに対し、受け流す体勢を取り構えるスウィス。その時、ンケドゥの口の端が僅かに上がった。刹那、ンケドゥの腕が、今度は確かにスウィスの胸に突き刺さる。

「……なに!?」

 しかし、あと寸分というところで心臓には届きはしなかった。スウィスが辛うじて突進を止めたからだ。右腕を右手で掴まれ、ンケドゥは咄嗟に左手も出したが、それも左手に止められる。

 しばらく力を込めて押し込もうとしたが、小さく舌打ちをしたあと、力を入れるのを止めた。

 最後の手を封じられると言うことは、負けに直結している。ンケドゥは自分の敗北を悟ったのだった。

「ふむ……戦闘方法を単純化して相手の油断を誘い、その油断を突くとは……見事。しかし詰めが甘かったな」

 見下すかのように言い放つスウィス。恨めしげに見上げるンケドゥ。今再び比べるとその身長差はすごいものだ。ゆうに三メートルはあるかもしれない。もしくは、それ以上。腕を掴まれているンケドゥが、地面から二、三メートル持ち上げられている。

 スウィスはンケドゥの腕を自分の胸から引き抜くと、その両腕をンケドゥの頭上で一まとめにして左手で持つ。そして、右手を腰に添えた。

「さらばだ、勇猛な蹴脚族の戦士よ」

 矛のように指を延ばした手を一気に、ンケドゥの胸目がけて突き出す。瞬間に強い衝撃を受ける。

「がふっ! この世界の、言葉で、『窮鼠猫を噛む』て……言うんだ、よ」

 蹴脚族の名の由来は、翼を捨て、己の脚で飛び回ると言うことから来ていると、ヴァンパイア達の間では伝えられている。スウィスとて忘れていたわけではない。ただ、油断していたのだ、確約たる勝利の前に。

 ンケドゥの胸にはスウィスの太い腕が、スウィスの胸にはしなやかなンケドゥの脚が、それぞれ突き刺さっている。互いの身体はゆっくりと、ほぼ同時に地面に沈む。

「み……ごと……だ」

 スウィスはそれだけ発すると、目を見開いたまま胸の傷口から腐食していき、十秒足らずで白骨をさらした。

 ンケドゥは、腐食が始まるも気力でその腐食と生命を繋ぎ止め、這いずるように移動している。

「ハァ……かカ、ガ……ガナ゛エ……」

 這いずるように進む先には、頭を失ったカナエの亡骸がある。腐食は緩慢ではあるが、徐々に身体を蝕んでいく。すでに肋骨は露出し、臓器は地面に道筋を作り出しては腐食し消滅していく。心の臓はとうの昔に消え去っている。

 いよいよ肺も身体という器から零し、呼吸はおろか声も発せなくなったとき、その赤紫色の手が、カナエの手に触れた。皮膚の剥げ落ちていくその手は、しっかりと彼女の手を握った。


 さよなら、またすぐ会おう。俺の短い間の恋人さん。


 彼の顔は原型を止めてはいなかったが、確かに優しく笑っていた。すべての身が消失したのは、ほんの数秒後だった。

 風が一陣だけ、二人を優しく包んだ。




 彼女が目を覚ますと、辺りは薄暗かった。血の匂いがし、胸に重りを置かれたかのような気持ち悪さに見舞われた。

 シェリルの意識が次第にはっきりしてきた。改めて辺りを見回すと、四方八方を翼の生えた化け物に取り囲まれていた。「美味そうだ。美味そうだ」とささやきながら、彼女を取り囲んでいる。急に怖くなり、ハイドをその手に召喚する。すると周りのヴァンパイア達は恐れの言葉を口々に、後ろに引き下がる。それを観察した後、立ち上がったシェリルに、背筋に冷水を浴びせるかのような声色の声が浴びせられる。

「待っていたぞ、シャングの小娘よ」

 シェリルはゆっくりと振り返る。すると、その視界にビルのような大きさの椅子が、紫色の霧を纏って存在していた。それを直視した瞬間、あまりの覇気に呼吸すら苦しくなり、先程までは湿りすら無かった顔に、冷や汗が一筋落ちていく。

 魂を直接握られたかのような圧迫感を与えるほど、その霧を纏った椅子の存在は凄まじいものだったのだ。心の中で、愛しい人物の名前が響く。


 お母さん、お父さん、ハンナさん、エリス……レン。私を守って……。


 ハイドが心の中で囁く。最後まで闘おうと。シェリルは今一度その手に握った唯一の武器を握り直し、目の前の椅子を睨み付ける。



 最後の戦いが、始まる。

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