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起きる手折れた花、強き意識、強大な闇の魔の手

「……」

 シェリルはただ静かに、庭の塀のそばに立てられた大きめの石の前に座り込んでいた。その瞳は、その石を映しているかどうかすらもわからない。

 この石は、母親代わりだったハンナと、親友のエリスを弔うための慰安碑のつもり。下にはエリスが永遠の眠りに就いている。

 埋没作業の最中も、シェリルは終始無言、無表情でいた。ショックが大きすぎたのか、今の彼女は感情というものが欠落しているようにも見える。

 その後ろ姿があまりにも痛々しく、哀愁を漂わせている。レンはその姿を窓越しに、哀しみの目で見つめていた。

「……ふぅ」

 レンの隣でため息を吐き、ルイスは奥へと消えていった。レンだけが一人、月明かりに照らされて立っている。

 シェリルは、石の前に座り込み、ハンナやエリスと一緒に過ごしてきた日々を思い返していた。辛いときは励ましてくれ、楽しいときは一緒に笑ってくれた二人。

 シェリルが純潔を奪われそうになった時、エリスは必死になって闘ってくれた。淋しい時は、いつも一緒にいてくれた。

 小さな頃、一人で泣いていたら、ハンナは優しく抱きしめてくれた。悪いことをしたときは、親身になって叱ってくれた。いつか、どうして私のお母さんとお父さんは死んだのかと聞いた時、ハンナは悲しそうな顔をして、シェリルを抱き締めた。二人で、泣いた。

「……ハンナさん……エリス……」

 二人の名前を呼ぶのは、もう何度目になるかわからない。涙は果てて、流れはしない。喉は潤され、声が枯れることもない。ただ、心だけが乾いていく。いつかはこの悲しみも乗り越えられるだろうが、そんな時間もない。

 心の中でハイドが語り掛けるが、彼女はどこ吹く風、とでも言うように反応しない。

 不意に背中に温かさを感じた。振り返らなくてもわかる、レンだ。

「レン、これから、どうすればいいかな……」

 聞いたって無駄なのはなんとなくわかっていた。でも聞かずにはいられなかった。彼の温もりに、必死にしがみつく。それに答えるように、彼もまた彼女を強く抱きしめる。壊れそうだから、壊れないよう、優しく強く。

 しばらくは静かな時間が流れた。世界には、風はなく、虫の鳴く声すらない。シェリルの嗚咽のみ、微かに耳に入る。二人の世界の、唯一の音。

「……わたし……私も、戦う」

 彼女は静かに口にした。言葉の一つ一つを噛み締めるように、ゆっくりと。

「ダメだ、危険だよ」

 彼女の耳元で彼は囁く。否定の意を持つその言葉には、不思議と肯定的に響いた。そしてシェリルは決意した。新たに手にした『ハイド』の力で、レン達と共に戦うことを。

 その決意は、決して親友や育ての親を失ったために、自暴自棄になったからではない。自分自身の中の、よくわからないけじめを着けるためだ。

 レンに抱かれるシェリルの目には、復讐や憎悪といった薄黒い闇の炎ではなく、使命感などからくる太陽のような煌めきを帯びた、オレンジの炎が灯っていた。彼女は今、守られるだけの存在から、傷つきながらも前へと進む強い存在となった。



「そぅら、来たぜ」

 全員が集まったシェリルの家の屋根の上、ンケドゥがそう言った。全員の視線の先に、屋根という屋根を、雀が飛ぶかのように跳んでくる蹴脚族。その全てがシェリルの家の周りに集まった。

「偉くなったもんだな、ンケドゥ」

 蹴脚族が一人、ンケドゥに声を掛けた。ンケドゥは満面の笑みを浮かべて返事にした。次の瞬間には、真顔に戻っていたが。

「いいかお前ら、やつら翼翔族なんかに敗けんじゃねぇぞ! ここが踏ん張り時だ! ここで敗けりゃ、蹴脚族の滅亡(さいご)だと思え!」

 ンケドゥの叫びに応えるように、一斉に喚声が上がった。そして、反対側の空が黒く染まり始めた。小さな点が無数に発生し、絵具で塗り潰すかのように染めていく。

 全員がそれぞれの決意を胸に固く結び、黒く染まっていく空を睨み付けていた。



 シェリル達は蹴脚族の兵士達と共に、敵の発生源、つまり空に見えている巨大な断層へと向かっていた。空を覆い尽くすほどの翼翔族は、その爪を牙を剥き出し襲い掛かってくる。しかしそこは歴戦の兵士達。無傷とはいかないまでも重傷を負うことなく返り討ちにしていく。

「この調子で行けば、案外楽勝かもな」

 ンケドゥが呟いた。戦局はこちらが優勢で、さらに、点々とだが小さな断層を開いてやってくる援軍もあとを断たない。しかし敵もまた、一向にその数を減らしてはいない。空を覆い尽くす黒はまだ、小さな粒を降らせながらも空を隠したままだ。零れる光は、翼翔族の皮膚に反射して赤黒い。

「……固まってたら結構まずいな。何チームかにわかれようぜ!」

 ンケドゥが唐突に叫んだ。確かに、これだけの数を相手にする際に固まっていたら、それぞれの戦闘能力が封じられてしまう。ンケドゥの指示に従い、それぞれ四、五人に分かれて解散した。

 シェリルは羽毛のような軽さのハイドを振り回し、襲いくる翼翔族を灰塵に返していく。その後方で相棒の銃の引き金をひっきりなしに引き続けるルイスがいる。前方には凄まじい破壊力で翼翔族を叩き潰していくレンがいる。

 彼らは誰よりも速く、一直線に断層へと向かっていった。たとえ何十匹もの下級翼翔族が襲い掛かっても、足止め程度にもならなかった。誰よりも速く、誰よりも強く、誰よりも真っ直ぐな三人。地面に降りてきた黒い塊を半分に分けるほどの勢いだ。

「……あれか」

 空の上で、スウィスが三人を見下ろしていた。三人の下に向かい、ゆっくりと降下していく。周りに上級翼翔族を七匹ほど従えて。

 一瞬、後ろから襲い掛かる翼翔族に対応するために振り向いたルイス。その瞬間背後から強い衝撃を受け、地面を二、三度転がり受け身をとった。

「クソッ、なんだ?!」

 起き上がり前をみた瞬間、背中に冷水を浴びたかのような倒錯を受けた。翼翔族の間に見えたのは、二、三匹に取り押さえられたレンと、シェリルの前に立つ大きな翼翔族の姿。

 視界はすぐに、下級翼翔族達によって遮られた。

「……退け、雑魚共がぁ!」

 愛銃を手当たり次第に、しかし正確に翼翔族の胸に向けて乱射した。


 シェリルは声が出なかった。目の前に立つ巨体から放たれる殺気によって、全身の筋肉すべてが行動を抑制されていた。こちらを睨む眼から視線を外すことができない。

「シェリルといったか? 我々の下へ来てもらう」

 スウィスが言い終わるのと同時に上級翼翔族が二匹、シェリルの体を取り押さえ、飛び立った。あまりの早さに、悲鳴を盛らしたのが上空にあがってからになった。

 はるか下のほうから、レンが吠えるのが聞こえた。下をみると、数多の翼翔族を薙ぎ倒しながら追跡してくるレンが見えたが、すぐに後ろに流れていった。シェリルは一人、断層へ向かって連れていかれている。

「……! 放して、放して!」

 思い出したように抵抗をしたが、腕は固定されて全く動かせず、足をばたつかせるのみだった。そのうち強い衝撃を受け、後頭部の痛みを感じながら、意識は深い闇へと沈んでいった。



「……ふっ」

 小さくため息をこぼし、レンのあとを追っうために飛び立とうとした瞬間、後方から地面の欠片が飛来した。直撃すれば頭蓋骨を粉砕するであろうその欠片を、丸太のように太く強靭な尻尾で粉砕する。面倒くさそうに振り返ると、ショートヘアの女性と黒コートの男が立っていて、その後方には白骨と化した翼翔族達が転がっていた。

 再び面倒くさそうにため息を吐くと、体をそちらに向けた。

「あなたけっこう悪そうだから、シェリルちゃんには近付けさせないわよ」

 人差し指を突き付け、スウィスを睨むカナエ。隣に立つルイスは銃口をスウィスの胸に向ける。殺気をその身に纏い、相手を睨み付ける二人。スウィスだけが、面倒くさそうな余裕の表情でいた。

 ルイスとカナエは、全身で相手の強さを感じようとしていたが、その無意味さを知ることとなった。探りを入れれば入れるほど、感じれば感じるほど相手の中へと飲み込まれていく。

 底無し。二人の出した結論だ。冷や汗が顎頬を伝い、顎から落ちる。全身が粟立ち、寒気がする。すべて恐怖からくるものだ。二人の様子が、スウィスの強さを物語っているようにも見える。

「力の差は歴然。それでも、向かってくるか?」

 スウィスは最後の警告、とでもいうように、一文字一文字に重みを持たせて言う。

「……愚問!」

 一発の銃声が、響いた。足止め程度になるだろう戦いの開戦の合図だった。

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