十四話 鍛練と事件
遼一と優子の二人は久々に鍛錬を行うために例の地下施設に移動した。鍛錬と言っても模擬戦をやるのだ。
「さて、じゃあ久々に本気でやろうかしら?」にこにこと本気でやるような雰囲気を出さないまま言った。
「……手加減してください」深々と頭を下げながら言った。
「うふふ、さあ?それはあなた次第よ?」微笑みながら言っているがどこか楽しそうだ。
覚悟を決めるしかないようだな。遼一はそう言いながら双剣を構えた。
「魔法は何でも使っていいわよ。こっちも全力でやるから」優子も双剣を構えながら言った。
「もちろんですよ。じゃないとこっちが本気で死にますから」
「じゃあ、始め!」
その合図とともに遼一は優子に肉薄した。優子は難なく止めると微笑みながら呟いた。
「――ライジング」
その言葉がつむがれた瞬間に遼一の鳩尾に衝撃が走った。遼一は肺の空気を強制的に出されながら壁にぶち当たった。
「ごっほ!げほっ!」遼一はむせ返るような咳をしながら立ち上がろうとした瞬間、顔の左に衝撃を受けた。そのまま流れるように左へ二、三回バウンドしながら転がった。仰向けになって倒れているところを優子に腹を踏まれた。ミシミシっと嫌な音がして遼一は思わず苦悶の声を出した。
「最初に相手に近づいて魔法を出させないようにしたのは偉かったわ。でも近づきすぎて視認できないような魔法を出されたら対処できないでしょ?ダメだったら下がるようにしなさいって言ったはずだけど?」いまだに遼一の腹から足を退かさずに更に力を強める。
彼女の出したライジングと言う魔法は雷系統の魔法で、瞬間的に自分の身体能力をあげるものだ。先程、優子は思いっきり遼一を殴って吹っ飛ばしたのだ。
「ぐうあっつっ!」苦悶の表情で苦しそうな声を出す。
優子は満足そうな笑みを浮かべながら遼一を蹴飛ばした。しかし、遼一は壁にぶち当たることなく姿が消えた。
優子はその場から動かず振り返った瞬間、遼一の剣と交差した。バチッと火花が散って遼一が優子の死角を狙い続けた。優子はいまだにその場から動かず双剣で全て捌ききっていた。
「--ブラスト」遼一がそう呟いた瞬間剣から衝撃波が生まれた。しかし、優子は臆することもなく一振りで掻き消した。
その余波を受けて遼一の額からツーと血が流れていた。するといきなり優子の姿が消えた瞬間に遼一が吹き飛ばされた。そして、そのまま壁に激突した。
「相手の目の前で治療を開始するなんてどういう了見かしら?たとえ血が目に入っても相手が隙を見せない限り治してはいけないわ」
「…はい」遼一はそう言いながら無傷の状態で優子の目の前に姿を現した。
遼一は双剣から双銃に切り替えてエネルギー弾を周りにばら撒いた。
「ライトニング」
バッチッと遼一の銃から雷が手元のエネルギー弾に向かって放たれた瞬間に雷が回りにあるエネルギー弾に広がった。
優子は雷を避けるために上に飛び上がった瞬間、周りにあったエネルギー弾が一斉に優子に向かった。優子は全身を雷のバリアを張って耐えていた。
遼一はそれだけでは終わらず、銃を連続して使ってエネルギー弾をばら撒いて優子に向かわせていた。
「バリアアタック!」優子がそう言った瞬間、優子が張っていたバリアが膨れ上がってはじけた。その衝撃で遼一が放ったエネルギー弾が消し飛んだ。
遼一はすぐに片手剣と片手銃に切り替えた。片手銃で牽制しつつ剣で攻撃するヒットアンドアウェイに切り替えた。
「ファイアブラスト」遼一の銃から放たれた炎の渦の塊が連続して優子を襲った。
優子の双剣は青色に輝きだして炎の渦の塊を相殺していた。
「ファイアインパクト」大きい炎の衝撃波がいまだに炎の渦の塊を相殺している優子に向かった。
「ウォーターインパクト」遼一が放った炎の衝撃波より小さい水の衝撃波が向かっていった。水は炎とぶつかったが消えることなく炎の衝撃波を突き破って遼一に向かっていった。
「ウィンドアタック」風の渦が水の衝撃波に当たった瞬間、逸らされて遼一に当たらずに地面に当たった。地面は亀裂が入って威力の高さを物語っていた。
「―――アブソリュート」ガチャンッと遼一のMWから音がして剣が輝きだした。さらに剣は緑色に染まった。
アブソリュートというのはMWを一時的に限界まで上げるものだ。これにより限界までエネルギーが供給されて魔法の効率を上げていく。
しかし、弱点としては連続して使うとすぐにエネルギー切れを起こすところだ。使いどころが重要になってくる。
「トルネード!」遼一は双剣を優子に向かって振った。ビリビリッと大気が震えるような衝撃が走りながら優子に暴風が迫る。
遼一はそれで攻撃をやめることはなく次々と魔法を繰り出していく、マグマのような炎や近づくだけで全身凍りそうな氷を連続して優子の四方から攻撃する。
優子は踊るようにしながら遼一が放った魔法を着実に削って無効化していた。すると急に優子の周りが歪みだした。遼一は魔法の攻撃をやめて様子を見た。すると遼一の魔法が一瞬にして消えた。
「はぁ?」思わずぽかんとしながら遼一はその様子を見ていた。ありえない現象が目の前に起こったのだ。驚かないはずも無い。魔法が一瞬にして消えたのだ。
しかし、急に鳩尾に来る衝撃で目が覚めた。遼一は苦悶の表情を浮けべながら速度操作で移動しようとした瞬間違和感が訪れた。
なんで魔粒子が操作できないんだ!?遼一は内心焦りながら優子との距離をとった。
「あらあらその様子じゃ、お得意の【加速】も出来ないみたいね?」意味深な笑みを浮かべながら遼一を見つめた。
「…まさか霊力結界ですか」遼一は驚愕の表情で優子を見つめた。
「その通りよ」微笑みながらそう答えた。
霊力結界とはその名の通り、霊粒子を用いた結界だ。本来は霊力を高めるために使うものだ。その結果内になると魔粒子と霊粒子くっ付いて魔霊子になる。魔霊子は魔力と霊力の両方に反応するが、遼一は霊力が無く、霊粒子分の演算が出来ないため、魔霊子で魔法が使えない。
速度操作による移動、【加速】は回復魔法を常に展開しながら、一瞬だけ移動をする。それは人間の体では瞬時加速は負担がかかるからだ。一瞬だけと言うのも演算の一つは感情を抑えているので一瞬だけしか使えないと言うのがある。無論、加速時には他の魔法は使えることが無いため加速による初撃は自動的に物理攻撃となる。しかし回復魔法が使えないとなると加速は危険だ。体の負担が大きすぎる。
「この部屋全体をですか?」
「当たり前よ。その代わり物理攻撃しか出来なくなったけど」
微笑みながら言っているが普通は何も出来ないはずだけどな…内心で遼一はそう思った。
専門の霊能者でも200m規模の結界を張るには十人体制で行われないと出来ないし、また物理攻撃も出来る余裕も無いはずだ。
たとえ十人体制で行ったとしても時間制限があるだろう。しかし、優子の様子から時間制限と言うものは存在しないだろう。
…もう人間と定義していいのかさえ分からん。遼一は優子をじっと見つめながらそう思った。
―――それでも、俺のほうが化け物だな…人のことは言えないか。自嘲気味にそう思いながら剣を構えた。
先手必勝!遼一はそう思いながら優子に踏み出した。優子は一瞬動きを止めながら右に移動した。しかし、また不自然に動きを止めた瞬間に遼一の剣と交えた。
優子は遼一の右腕を狙おうとしたがまた不自然に動きを止めた。その瞬間を狙って遼一は優子の左腕を狙ったが距離をとられて遼一は空ぶった。
その隙に優子は詰め寄って攻撃しようとしたがまた不自然に動きが止まった。そして次の瞬間優子は目に留まらぬ速さで不規則に縦横無尽に動き出した。
遼一のそれに合わせるように優子と剣を交えたりしながら動いた。
ズキンッと急に遼一の頭に痛みが響いた。
「くっ!」遼一はそれでも能力を使おうとしたがいつの間にか首に剣が当てられていた。
「チェックメイトよ」真剣な表情をしながらそう告げた。
遼一と優子は地下室から出て、リビングに向かっていたが遼一の足はおぼつかなかった。リビングについてからソファに遼一は座り込んだ。
「馬鹿ね~。そこまでしてまで勝ちたかったの?」遼一に氷の入った袋を渡しながら言った。
「すみません」遼一はそれを受け取りながら頭に当てた。
遼一は速度操作の使いすぎによる脳の酷使で頭痛を引き起こした。そのため脳を冷やすため氷を額に当てていた。
「横になっていなさい。ふらふらしているわよ」
「…すみません」遼一は言われるがままに横になった。
「まあ、でもあの作戦は悪くなかったわ。相手の動きを制限して攻撃するのはね。でも、縦横無尽に動かれたら、ベクトル操作できないあなたがあれをやるのは得策ではないわよ?」
「そうですね」
遼一の能力はあくまで速度操作だ。速さと言うものには普通向きが存在する。前に行こうとするなら前の向き後ろに行こうとするなら後ろの向きというものが存在するのだ。
しかし遼一はあくまで速さ(スカラー)しか操れないのだ。なので動きをとめるにしても動いた瞬間にしか対応が出来ないのだ。全体を止めようにしても演算の量がたりない。
「ベクトルが操れたらどれだけ楽になるか自分がよく分かってますよ」
「はいはい、拗ねない拗ねない」優子は微笑みながら遼一の頭を撫でた。
「…拗ねてませんよ」ふーっと息を吐きながらそう言った。
「そう言えばこの後家に帰るの?」
「ええ、今日はこのまま帰るつもりですよ。仕事も無いですし」
「そう、そしたらここで夕食食べていかない?」
「…いいんですか?」
「いいわよ。たまには人と一緒というのもいいから」少し寂しそうな表情で言った。
「…そしたらお願いします」そう言って起き上がって頭を下げた。
「ええ、まかされたわ」笑顔でそう言いながら台所に消えていった。
遼一はソファに寝転がりながら先程の優子の言葉を思い出していた。
―――たまには人と一緒というのもいいから。
優子さんはそう言えば男の人と付き合ったとか家族のこととか聞いたこと無いな…。現在最強の一角を担っている優子に近づこうと考える人がいないんだろうか…。
それとも日本最大の抑止力と言われている女性がそういう浮ついた話はまずいと考えているのだろうか…。それは分からないがそう言ったものがない。まあ、まったく興味なさそうだよな自分の恋愛に関しては…。遼一はそう結論付けてソファから立ち上がって台所に向かった。
「優子さん手伝いますよ」遼一は腕まくりをしながらそう言った。
「いいわよ。座っていて構わないわ。まだ厳しいでしょ?」
「大丈夫ですよ。それに自分はこれでも料理は出来ますから。知ってますよね?」
「ふふふっ、そうねじゃあ、野菜切ってもらえる?」
「分かりました」遼一はそう言って包丁を取り出した。
優子はその姿をわが子を見るような優しい瞳で見ていた。
「今日はありがとうございました」遼一はそう言って頭を下げた。
「いえ、こちらこそありがとう。久々に楽しい食事ができたわ」微笑みながらそう言った。
「その…また呼んで下さい。そしたらまたここで夕食食べてもいいですか?」
優子はきょとんとした後、すぐに微笑みながら遼一を見た。
「もちろんよ。こちらこそいいの?」
「はい、もちろんです。今度は自分だけじゃなくて家族も呼んで来ます」
「ええ、楽しみにしているわ」
「それじゃあ、失礼します」
「ええ、帰りは気をつけるのよ」
「はい」遼一はそう言って玄関を出た。
あたりは完全に暗闇に落ちて街には明かりが灯りイルミネーションが輝いている頃、人目がつかず、薄暗い路地裏で事件があった。
「くそっ!冗談じゃねえぞ!」一人の魔法委員会の制服をきた男性が路地裏を走っていた。
その後ろから何者かが追ってきていてその差がだんだんと迫ってきていた。
「こちらP-3地点!現在例の奴に追われている応援を頼む!一人やられた!」逃げ回りながら耳につけている通信機にそう叫んだ。
『こちら本部、位置を把握した。現在応援を向かわせた。すまないが五分はかかる。それまでは耐えてくれ』
「…ダメだ!それじゃあいくらなんでも遅すぎる!」
『無理だ。こちらも全速力でBランク魔法師を向かわせている。最低でもそのくらいはかかる。こちらで誘導するので指示に従ってくれ』
「くそったれがっ!」そう言いながら路地を曲がり続けるが相手はどんどん追いついてくる。
クソッ!何で俺がこんな目に遭わなきゃなんねぇんだよ!男はそう思いながら走り続けた。
最近、例の黒ずくめが現れてから、見回りのため二人一組で周辺地域を回っていた。ランクが高い人達が現れた周辺を、ランクが低い人達が関連性がないところを探していた。
この男のランクはC、ランクは高ランクに入るが、男はCランクの中でも実力は低いほうのため関連性の高い周辺地域とは少し離れていた。
もう一人の相方も同じくらいの実力だがすぐにやられた。不意打ちではない。目の前から堂々と攻撃してきたのだ。幸い相方はたいしたケガも無く気絶しただけだったが、男は恐怖に震えてその場から逃げ出した。見えなかったのだ。何をされたのか分からなかったのだ。仲間をおいて逃げたのは情けないことだったが、それ以上に彼の心の中は恐怖に支配されていた。
やばいやばいやばい!追いつかれる!わからねえ攻撃をどう避ければいいんだよ!くそっ!もうやるしかねえのか!?男は逃げながら片手銃を取り出した。スタンモードではなく殺傷モードに切り替えて相手の隙を窺がっていた。
「くそったれがああぁぁぁぁ!!」男は振り返りながら銃を構えたが後ろには誰もいなかった。
「なっ!―――がっ!」振り返ろうとしたその時、後ろから衝撃を受けて男はそのまま前に倒れこんでそのまま地面にうつぶせになった。
数分後、男は気絶された状態で発見されたがそこには誰もいなかったと報告された。
補足ですが、加速は魔法と加速の演算を使うので三つ使うとこになります。なので一瞬しか使えないのです。
明日は20時に投稿します。