没落貴族の娘がいわくつきの公爵に嫁いだら
「大丈夫、なんとかするから!」
私はつとめて明るく言った。
根拠はない。でもこうでも言わないと家の中がサツバツすぎた。
私はローラ・グランシュヴァルツ。長い歴史をもつ名門、グランシュヴァルツ伯爵家の長女。
だけどこの家は没落した。三代にわたる事業の失敗で借金まみれ。今では名前だけ豪華な没落貴族。
そんなわが家に一通の手紙が届いたせいで、家族会議の真っ最中。
差出人は、リヒトタイナー公爵。
宛先は、私。
中身は――結婚の申し入れ。
ご丁寧にわが家へのご支援にも触れられている。
「あの、いわくつきのリヒトタイナー様ですわよ、お姉様!」
妹が私に考え直すように言う。
「ローラ、公爵家は裕福。これは、たいっへん、よいご縁だ。ぜひ前向きに」
私の両肩を掴んで真剣な目でいうお父さま。
目が血走っている。
「まったく、娘を売るような真似を! それでも伯爵家の当主ですか! なさけない」
お母さまはお父さまを引っぱたく。
リヒトタイナー公爵。
軍属が長く、コワモテ、冷酷無比、厳しい方という「いわくつき」で有名な方。
「ローラ、私もリヒトタイナー卿のうわさは知っております。戦場では恐れられすぎて敵を威嚇したら味方も逃げ出した、とか、お見合いした令嬢が会って三秒で泣き出した、とか、いろいろと」
お嫁さんのなり手がなかなか見つからないと、うわさで聞いてはいたけれど。
まさか、社交の場でほんの少しお話ししたことがあるだけの私に白羽の矢を立てるとは。
まあ、確かに私は話しても泣き出さなかったけど……。
「だから、貴女が決めなさい。家の犠牲になる必要はないわ」
うちが没落貧乏貴族なことは広く知られたこと。だから私も妹も、まともなご縁なんてこれまで一度もいただいたことがなかった。
少しくらい難しいお方でも、これはまたとないお話でもあるわけで。
「わかりました」
私は家族を見回す。
なにより、妹にはきちんとした流行のドレスを着せてやりたい。
私もずっと母のお古のドレスでやりくりしてきたけれど、さすがに古くさいもの。
「なんで私なのかわからないけど、私、このお話、お受けするわ!」
*
「ジラルド・リヒトタイナーである。よくぞ参った」
数日後。
お屋敷に出向くと、髭もじゃで大きな体のリヒトタイナー公爵が出迎えてくれた。
コワい顔してニコリともしない。前も思ったけど、うわさに違わぬ見た目。泣き出す子の気持ちもわかる。
「ローラ・グランシュヴァルツでございます。この度は婚姻のお申し出、誠にありがとうございます」
笑顔笑顔。
「それで……不躾ながら、なぜ私なのでしょう? リヒトタイナー公爵とは社交の場で一、二度言葉を交わしたきりと思いますが」
公爵は後ろを向いて、窓の外を見る。
「名門、グランシュヴァルツ家とわがリヒトタイナー家は古くからの付き合い。家が苦しいときは助け合うものだ」
うちの事情を知っていての人助け。
つまり、その代わりに私の身がほしいということ。それほど結婚相手に困っていたのだろうか。
契約結婚――そんなところだろうとは思っていた。
でも、よいのだ。家族が、妹が笑顔になれるなら。そこに愛がなかろうとも。
「さようですか、よいお話をありがとうございます」
「うむ。お前には離れの棟を与える。そこで好きに過ごせばよい」
やはり……私などは本邸には住まわせられないとおっしゃる。
しかたがない。受け入れる。
「かしこまりました、そちらで大人しくいたしますわ」
「実家のことは任せたまえ。悪いようにはせぬ」
やはり。その交換条件か。
*
俺は、ジラルド・リヒトタイナー。公爵だ。
早世した父母に代わり、二十五にして公爵家を継いだ。だから家にはいま家族はおらず、使用人たちと暮らしてきた。
「いわくつき」なんて言われ恐れられていることは知っている。見た目があまりその、可愛げがないことは自分でもわかっている。軍では人よりクマに近いと言われていた。
長いこと軍の男社会で揉まれていたし、もとより器用ではない。女性にどう振る舞えばよいかも今ひとつわからない。
そんな俺だが、先日社交の場で会った女性に一目惚れしてしまった。クラシカルなドレスがとても似合う可憐な女性。
勇気を出して一言二言会話してみたが、何を話せば良いのかわからず、すぐに引っ込んでしまった。
「爺や、あの方に結婚を申し込みたい。あれはどこのどなただ」
「は、グランシュヴァルツ伯爵家のご令嬢、ローラ様でございます」
ローラ、良い名だ。
しかし私のような者がいきなり恋心を伝えても気味悪がられるに違いない。
「爺や、グランシュヴァルツ家とわが家は旧知の間柄であったな。たしか、今は苦しい立場と聞いているが」
「さようでございますな。ご結婚の末にご支援申し上げればローラ様もお喜びになられるでしょう」
「そうか。あの方のためならばいくらでも支援しよう。その前提で日を選び申出を届けてくれたまえ」
「かしこまりました」
*
数日後。
なんと、俺のような者の申出を快く受けてくれるとは! 天にも昇る心地とはこのことか。
ローラ殿が家に来てくれた。おお、神よ、感謝します。
「それで、なぜ私なのでしょう」
ローラ殿が問う。
ああ、貴女に一目惚れしたから。寝ても覚めても貴女のことが頭から離れないから。などといきなりこのイカツイ顔で言えたものか。
目を見ると照れる。窓の方をみよう。
「名門、グランシュヴァルツ家とわがリヒトタイナー家は古くからの付き合い。家が苦しいときは助け合うものだ」
これだ、嘘ではない。愛を伝えるのはもう少しお近づきになってから。そうしよう。
そしてなんと! 貴女のためにわが家の半分、別棟全てを差し上げようと準備した。狭いと何かと不便だろうからな。
わが家の離れは新しく綺麗だ。しかも使用人と夜なべして壁紙も張り替え、掃除して、準備万端。古ぼけた本邸よりこちらこそ彼女に相応しいだろう。
「お前には離れの棟を与える。そこで好きに過ごせば良い」
「かしこまりました、そちらで大人しくいたしますわ」
もちろん貴女に気持ちよく過ごしてもらえるように心配ごとも取り除くぞ。
「実家のことは任せたまえ。悪いようにはせぬ」
ああ、喜んでくれるといいなあ。
*
こうして、私たちは入籍した。式はあとで計画する話となり、まず二人での生活に入ることとなった。
急ぐ理由でもあるのだろうか。体面が整えば、私との手順などどうでも良いのかもしれない。
両親は泣いて喜んでいた。妹は心配してくれた。でも大丈夫、私はがんばれる。
結婚初日のディナー。
私は粗相のないよう緊張しながらナイフとフォークを動かしていく。素晴らしいお料理の数々。でも味なんてわからない。
周り中、よく知らない使用人と旦那様に囲まれて、まるで見張られているみたいな気分。
この旦那様に、せめて愛想を尽かされないように生きてゆく。それが今日からの私のお仕事。
「式は、来月に盛大に行おう。貴族も、王族も呼ぼう」
結婚式は貴族としての力の見せ場。しかし、私の家は相応するようなお金は出せない。
「ああ、費用のことは気にするな。当然全てこちらで持つ。ご家族には参列いただくだけでよい」
「……ありがとうございます」
ぶざまな話。
まがりなりにも伯爵家ともあろうものが、何もできない。
何もできないのを知っていてそのような式を開くというのは、力の差を見せつけわが家のメンツをつぶすためだろうか。
ああ、ジラルド様はご存知ないのかもしれない。うちにはつぶすメンツもないってこと。
「はっはっは、愉快愉快」
高そうなワインをがぶ飲みするジラルド様。
これでもかと差を見せつけるのは、さぞ愉快なのでしょう。
*
俺はいてもたってもいられず、式よりも先に籍を入れようと提案した。今日から二人での生活が始まる。念願の、ローラとの生活だ。
結婚初日のディナー。
はりきって公爵家の総力をあげて最高のコースを用意させた。
用意は大変だったが、これも彼女のため。
口に合うとよいのだが。
「式は、来月に盛大に行おう。貴族も、王族も呼ぼう」
式は旦那の甲斐性。ここ十年の王国の結婚式で最も盛大な式を開こうと思う。
王太子殿下より派手にするとしかられてしまうかな、フフフ。
「ああ、費用のことは気にするな。当然全てこちらで持つ。ご家族には参列いただくだけでよい」
グランシュヴァルツ家が苦しいのは百も承知。気にしないでもらうためにきちんとここも伝えておく。心置きなく楽しんでもらいたい。
「……ありがとうございます」
「はっはっは、愉快愉快」
本当に愉快だ。ワインが進む進む。
こんなに美味い酒は初めてだ。
*
結婚初夜。
私は寝室でジラルド様を待っていた。
覚悟はしてきた。
でも、いつまで経ってもジラルド様はいらっしゃらなかった。
愛されていないとわかってはいた。
しかし、それでも興味くらいは持っていただいていると思っていた。
それも幻想だったみたいだ。
私は独り、眠れぬ夜を過ごした。
*
結婚初夜。
なのだが、ワインを飲みすぎて自室に一度戻ったら立てなくなってしまった。
こんな見た目なのに酒には強くない。浮かれて調子に乗りすぎた。
一生の不覚。
うう、気持ち悪い。
早くローラのもとにいかな……けれ……ば……。
*
「……おはよう」
「……おはようございます」
私は悲しいやら悔しいやらでほとんど眠れなかった。でももういい。割り切った。
ジラルド様はずいぶんよく寝られたようで。寝ぐせがぴょこんとハネている。
「昨日は申し訳なかった。俺としたことが……つい舞い上がって飲みすぎてしまった」
ジラルド様が頭を下げる。
「舞い上がって?」
一体何をおっしゃっているのやら。
寝不足のイライラもありつい声が荒くなる。
「ひとつだけ伺っておきたいですわ。私に何を望んで、どのような契約をされたいのでしょう」
キョトンとするジラルド様。
「契約?」
「初めからそうおっしゃっていたではありませんか。家同士が古い仲だから助け合うために結婚するのだと」
「あ、ああ、そのことか」
なんだか気まずそうなジラルド様。
「私だって子供ではありません。家を助けていただいて何の見返りも求められないなどとは思っておりませんわ。なんなりと、どうぞ」
「あれはだな……」
耳まで真っ赤になり、言葉を詰まらせるジラルド様。
怒らせてしまった……にしてはご様子がおかしい。
「好き……すぎたから……」
「えっ? なんですの?」
急にぼそぼそと喋るジラルド様。よく聞き取れなかった。
「……すまぬ、男らしくなかったな。正直に言う。貴女が好きすぎて素直に話せなかったのだ! こんな見た目の男に言い寄られたら困惑するだろうと思ってな。女々しいと笑いたくば笑いたまえ!」
「はあ」
唐突すぎて今度は私がキョトン。
「では離れに追いやったのはなぜ?」
「追いやったなど。離れの方が新しく綺麗だから貴女に相応しいと思ったのだ。望むなら本邸も全部差し上げても良い。ああ、使用人の部屋は必要だが」
「グランシュヴァルツ家に不釣り合いな結婚式を開こうというのは?」
「伝統ある伯爵家にそこまで不釣り合いかね? 確かに費用負担は難しかろうが、なにより貴女にふさわしい式をしたいだけだ」
「……昨夜、私の元を訪れもしなかったのは? 愛などない証拠かと思いましたが」
「……貴女と結婚できたことが嬉しすぎてワインを飲みすぎて潰れてしまったのだ。本当にすまぬ」
なにこの人、私のこと大好きじゃない。
逆にちょっと怖いんだけど。
「いえ、私の方こそいろいろと誤解をしていたかもしれません」
「俺はただ、一緒に楽しく幸せに暮らしたいのだ。それだけはわかってほしい」
さっきまであんなにイライラしていたのに、あまりのことに毒気が抜かれてしまった。
勝手に誤解した私も悪いけれど、なんて不器用な旦那様なのだろう。結婚できないはずだわ。
「こちらこそ、そういうことなら大歓迎ですわ」
なんとも磨きがいがありそうな旦那様。
「そうか、わかってもらえたなら嬉しい。全く、不慣れで申し訳ないが」
膝をつき、私に手を差し出すジラルド様。
「これに懲りず……改めて、私と共に歩んでほしい。ローラ」
あまりに不釣り合いで思わず苦笑いしてしまったけど、私はその手を取る。
「今日からが私たちの始まりですわね。よろしくお願いしますわ」
「ありがとう! 今日は頼んでおいた君のドレスが届く。君が前に着ていたようなクラシカルな雰囲気のものだ。気に入ってくれると嬉しいが」
うーん、また思い込みで。
そういうとこだぞ!
「……ありがとうございます。今度、一緒にお洋服を選びに行くのも楽しそうですわね」
私は、本日何度目かの苦笑いを浮かべた。
これが私と旦那様の、長い長いデコボコ道の始まりでありました。
お読みいただきありがとうございました。
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