私の仕事は、死者で虹をかけること。
雲の上にも、もうひとつの世界があります。大地に生きる生命にとっては信じがたい話かもしれませんが。
雲上の世界に生きる私の役割は、魂の昇華です。地上で命を落とした魂は、空に昇り、雲上の世界にやってきます。そこから、私たちが魂を特殊な泡で包み、天国へ飛ばすのです。
天国へ飛んでゆく魂が描く景色を、地上の人間は、虹と呼ぶそうです。
「あなたは……天女……ですか?」
「地上では私たちのような存在をそのように認識している人が一定数いるようですね。その解釈で構いません。」
今日もまた、地上から魂が飛んできました。1日のうちに雲上に昇る魂の数は、数え切れません。しかし、無論私たちも大勢で対応しています。結果として一人当たりに対応する魂の数は、あまり多くありません。
「私はこれから、どうなるのですか?」
「はい。私の手によってあなたの魂は特殊な泡に包まれ、天国へ飛んで行きます。その過程で、あなた方が言うところの、虹ができます。」
「へぇ、そうなんですか。私は無事に天国へ行けるんですね。」
「ええ。心配いりません。」
「それはよかった。まぁ生前から人様に迷惑はかけないように、とやってきましたからなぁ。」
「そうなんですね。」
「ええ。私は……俗世の言葉でいうところの資産家というやつでしてね? まぁ他の多くの方より豊かな生活を送ってきましたよ。しかし、私は自分だけのことを考えて生きているような浅ましい資産家たちとは違います。恵まれたものは、貧しいものに融通する。私は、自分の資産で恵まれない方々を多く支援しましてね? はは、富める者はやはりギバーにならねば! そういった私の姿勢を神様がみてくださってということでしょう! いやぁよかったよかった。」
「満足なさっているようで何よりです。」
おそらくですが目の前の方は、自己顕示欲が高い方なのでしょう。今会ったばかりの私に対してここまで雄弁に語られるとは。まぁ私としては、確認の手間が省けて結構なことですが。
「素晴らしい善行です。きっとあなたは、美しい虹をかけられることでしょう。」
「おお、生前の行いで虹の美しさが変わるのですか!いやぁそれはよかった!死後も私の人生にケチがつくようなことがなくてよかったですよ。あ、もう死んでるのだから人生とは言わないでしょうかね?」
魂の彼は豪快に笑います。自己顕示欲の高い彼のことですから、それはそれは嬉しい話でしょう。虹としても多くの人に讃えられるわけですから。意味があるかは知りませんが。
「では、魂を天へ。あなたの命が、素敵な虹をかけますように。」
彼の魂を掌で包み込みます。じきに彼は泡となり、雲上の世界のそのまた上、天国へ旅立っていかれました。
彼の善行は、俗世でいうところの偽善だったのかもしれません。いわゆる、利他心からではなく、自分を尊大に見せるための善行、というやつです。まぁ私から見れば動機なんてどちらでも同じことです。結果として彼は世界に善を残したのですから。その事実は、彼がかけた美しい虹が物語ることでしょう。きっと、教科書通りの七色の虹を、かけるはずです。
……どうやら、また新たな人間の魂がやってくるようです。周りを見ていても、今日は、随分と多く魂が昇ってくるようです。
「これは……なんだ……? 雲の上の国……なのか?」
「初めまして。その認識で構いません。あなたはこれから私の手によりこれよりさらに上の世界、天国へと飛ばされます。」
「天国、ねえ。お姉さん、俺は天国に行けんのかい。」
「ええ、そのようです。」
「……はっ、そうかい。」
目の前にいらっしゃる魂の方は、先ほどのご老人に比べて随分と荒っぽい話し方をされます。
「その前に、あなたの生前の経歴を確認させていただきます。」
「へぇ、こんなとこでも生き方は審査されんのかい。」
「小山田五郎さん、日本人の方なんですね。それで……金融事業に関わるお仕事をされていた。」
「……まぁな。」
「金融事業、といっても、俗世の基準に当てはめたところの、あまりクリーンな仕事ではなかったようですね。」
「……だったらなんだっていうんだよ。」
「いえ、別に。具体的には、どのような?」
「取り立てだよ。借金の取り立て。借金こさえて首が回らなくなったやつらを、俺が締め上げんのよ。」
「なるほど。」
「まぁ、俺んとこは違法業者だったからよ、金利も高かった。うちで借りるようなやつなんて、ほぼ全員返すアテなんてないやつばっかりだからな。俺の仕事も荒っぽくなる。……まぁ、人に誇れる仕事じゃあねぇなぁ。」
「先ほど天国に行けることに少し驚いていらっしゃったのは、そういう背景からでしょうかね。」
「あぁ。人に誇れる仕事じゃない、なんてさっき言ったけどよ、もう言ってしまえば悪いことして生きてたんだよ。違法金融業者の鉄砲玉なんて、はっきり言って悪だろうよ。債務者はもちろん、俺の取り立ての様子を見てた債権者だって、俺のことを悪魔を見るような目で見てきた。」
「そうでしたか。」
「でもしょうがねぇだろ!! 俺はこれしか生き方がなかったんだ。器用な人間でもねぇし、頭がいいわけでもない。暴力しか、なかったんだ俺には。」
「はたしてどうでしょう。私に人間界のことはよくわかりませんが、何人かあなたが原因で命を絶った方もいたようですね。」
「……しらねぇよ。」
「別に悪いとは言ってませんよ。」
「そもそも、うちみたいなとこで借りる奴が悪いじゃないか、そうだろ。わかってんだ、うちが悪徳業者だってことは。でもその上で、うちの金利にも同意した上で借りてんだ、自分からな。そのくせに被害者ぶる、俺を悪者みたいな目で見る。なんなんだ、なんなんだよ。」
「自業自得とおっしゃりたいのですね。」
「……そうだ。しかし、そんな俺だからどうせ行き先は地獄だと思ってたよ。」
「あなたがこれから行くのは天国です。その道程で、あなたの魂は空に虹をかけることになります。」
「空に、虹を……?」
「はい。あなたの魂が天国へ向かう際に描く曲線が、地上のみなさんが空を見上げて視認する、虹になります。」
「……そうかい、虹、ねぇ。」
「どうかされましたか。」
「いや、知り合いに好きな奴がいてね。」
「そうですか。先ほど申し上げたあなたが原因で亡くなられた方々も、素敵な虹をかけて旅立たれました。」
「……。」
「虹の美しさは、生前の行いで決まります。良い行いは、美しい虹につながると言われています。」
「……そうか。じゃあ俺が描く虹は、灰色かもな。」
「推測はご自由に。結局、地上から見上げた方の視界に映るものが全てです。しかし別に何色でも構わないのではないですか。もうあなたは亡くなっていて、これから天国へ向かうのですから、あなたの虹が灰色だったことを知る人とは会いません。笑われたりもしません。冷たい目で見られたりも、しませんよ。」
「……そうかもな。」
男性は、煮え切らない声を漏らします。
「……俺は、悪者だよな。」
「さぁ、私は俗世で生きた経験がありませんから、あなた方の世界における善悪の判断に自信はありません。しかし、この雲の上から眺めていても、完全な善人は、いないように思います。完全な悪人も然りです。」
「慰めかい?」
「私に魂となった方々を気遣う理由はありません。……そういえば、あなたの記録には、本来の業務外で一人の少女を匿い、自らの取り分を削って食費に充てていたという記載があります。これは組織への裏切り行為ではないでしょうか。」
「……そうだな。」
「まぁその善悪すら、私にはどうでもいいことです。では、そろそろ。」
「あぁ。こんな俺でも受け入れてくれる天国ってのは……寛容だな。」
話しているうちに、心なしか男性の声が少し落ち着いて感じられました。
彼の魂が泡で包まれます。そして、果てしない天へ。
「あなたの命が……素敵な虹をかけますように。」
「美香、あんた何ぼーっとしてんの、1限遅れるよ?」
「あぁ……ごめん。」
「それにしてもさ、すっごい怖い顔してたよ。あんたってたまにその顔するよね。」
「はは……多分昔のことを思い出してた時だと思うよ。」
「……スッキリ忘れられないものなの? あんな親のことなんて気にせず、あんたはこれからのこと考えればいいじゃん。」
「……うん。そうしたいんだけどね、トラウマ……なのかなやっぱ。ふとした折に思い出しちゃうんだ。私を捨てた父のことも、他の男に溺れて借金作った母のことも。そして他の人たちが私を力で抑えつけてきた、あの日々の光景も。そう簡単には、ね。忘れられない。」
「……聞いてるだけで気分悪いわー……。なんかさ、つくづく思うけどあんたよく普通の世界に戻れたよね。聞けば聞くほど今のあんたの姿が信じられなくって。あ、気を悪くしたらごめんだけど……。」
「……掬い上げてくれた人がいたのよ。」
「へぇ、良い人がいたんだ。素敵な出会いがあったんだね。」
「良い人……なのかな。返済に困った母さんと対峙してる時のあの人は怖くて……とても良い人には思えなかったけど……でも、借金まみれの家から私を連れ出して、あったかいご飯をくれた。新しい家族が見つかるまで面倒も見てくれた。良い人かはわかんないけど……私にとっては恩人かも。」
視線を上げる。見渡す空に、思いを馳せて……
「あっ、ほら!見て!上!上!」
「美香、どうしたの急に……。上って……あれ、なんか不吉な色の……」
「そう?そんなことないよ。ほら。
なんて、綺麗な虹……。」
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