休日 - 3
礼拝堂は、街の喧騒から切り離されたように静かだった。
扉を開けると、ひんやりとした空気と、かすかな香の匂いが広がる。
陽の光がステンドグラスを透かし、床に淡い色を落としていた。
「……いますね」
リオが小声で言う。
祭壇の前にセラは1人膝をつき、手を組んでいた。
背筋はまっすぐで、視線は伏せられている。
いつもの柔らかな笑顔はなく、ひどく真剣な横顔だった。
(……祈っているのか)
イリスは、足を止めた。
セラが“務め”として祈っている姿は、何度も見てきた。
だが、こうして邪魔をしない距離から眺めるのは、初めてだった。
静寂を破らぬよう、イリスは何も言わずに待った。
リオも、自然と一歩下がる。
やがて、セラが顔を上げた。
「あ……イリスさま!!」
少し驚いたように目を瞬かせ、それから、いつもの笑顔に戻る。
「お祈りの途中だったのに、すまない」
「いえ、大丈夫です!!」
イリスは、不器用に小さな袋を差し出した。
「街で焼き菓子を買った……セラに」
「えっ、私にですか?」
ぱっとセラの表情が明るくなる。
「わぁ……! ありがとうございます!!フィオも……一緒に食べたかったですけど」
その言葉に、空気がわずかに揺れた。
「……フィオは、まだ?」
セラは、一瞬だけ視線を落とし、それから首を横に振った。
「はい。あれから部屋に籠もったままで。きっと、時間が必要なんだと思います」
無理に笑う様子はなかった。
だが、どこか気を張っているのが分かる。
「ごめんなさいねぇ」
奥から、やわらかな声がした。
イリスが振り向くと、エリシアが湯気の立つポットを抱えて立っていた。
「せっかく来てくれたのに、フィオは顔も出さなくて。あの子、不器用でしょう?」
「いいえ」
イリスは即座に否定した。
「問題ないです」
エリシアは、少しだけ目を丸くし、それから微笑んだ。
「よかった。じゃあ……少し、お茶にしませんか?」
礼拝堂の奥。
小さな卓に、湯飲みが並べられる。
「隊長も、どうぞ」
「……失礼する」
イリスは腰を下ろし、湯気の向こうにセラを見る。
セラは、焼き菓子を手に取り、嬉しそうに眺めていた。
「祈りの後のお菓子って、特別なのよ。心が、落ち着くから」
「……そうか」
短く返しながら、イリスは茶を口に含む。
温かさが、胸の奥に染みていった。
「こうして、何も起きない時間も、大事ですよねぇ」
エリシアの言葉に、誰も否定しなかった。
噴水の音も、街のざわめきも、ここには届かない。
あるのは、湯気と、甘い匂いと、静かな会話だけ。
この時間が、長く続けばいい。
イリスは、そんなことを考えながら、湯飲みを置いた。




